嵐の狩人、響き渡る角笛

 昼下がりの喫茶チェーン店、多くの人で賑わい雑談に花を咲かせている。軽井沢詩は一人、友達も連れずそんな中、一人でテーブル席を占領していた。待ち合わせのためである。しばらくすると長髪で昭和から抜け出してきたようなファッションの男がやってきた。臥榻心火がとうしんか。おめおめとサドウを見捨てて逃げ出した戦闘員だ。

 「おー軽井沢氏、待たせたでござる。いや拙者このようなはいからな場所、慣れていなくて候。」

 「それで、なんなんすか、一々こんなところに呼びつけて。」

 突然の連絡だった。今日、この店で話し合いをするとか何とか。それにしたって普通の喫茶店で芸のないことだ。せめてとびきり高いものでも頼んで元を少しでも取ろうと努力しよう。

 「いやー拙者も急な呼び出しで大変だったでござるぞ?と、噂をすれば影でごさる。こっちで候!候!!」

 シンカは大声で手を振り人を呼んでいる。周囲の視線が集まる。本当に恥ずかしい。私は顔を伏せてなるべく、顔を覚えられないように振る舞った。でないとこの店、二度と使えない……!

 「元気そうだな臥榻、それに軽井沢。佐道の件は残念だった。奴の性格だ、恐らく一人で戦うことに拘ったのだろう?普通の相手ならそれで良かったのだが……此度の亡霊は上手のようだな。」

 老年だが芯の通った声、それは齢80近い老人とは思えなかった。軽井沢は顔を上げる。あぁ、まさか……そんな、この方がこんなところに来るなんて……!

 「まずは報告を聞こうか軽井沢、手短に頼むぞ?」

 それはワイルドハントのリーダー、ヴォーダン・ニコラウスであった。

 「ふむ……学校でも亡霊が現れたがそれを境野という少年が倒したと……?素晴らしい!将来有望ではないか。」

 軽井沢の報告を聞きヴォーダンは上機嫌になる。ワイルドハントの目的は亡霊の討伐、故にその数が減ることは大変喜ばしいことだ。

 「お、お言葉ですがヴォーダン様……サドウは亡霊にやられたというのに、方やただの学生に亡霊を倒されて何も感じないのですか……?」

 軽井沢は疑念を抱いていた。サドウはワイルドハントの持つ最高戦力ではないのか。だというのに簡単にやられて、こんな体たらくで亡霊を倒せるというのか。私は恐る恐る聞いたのだ。確認しなくてはならないと。だがそんな心配を知ってか知らずか、二人は私の言葉を聞いて笑った。

 「あぁ、失礼したでござる。いや軽井沢氏。お主の気持ちはもっともでござるな。拙者がもしお主と同じ立場ならそう考えたでござろう。だがこうは考えないでござらんか?"サドウ殿ほどの実力者を倒す程の強さを持つ亡霊"がこの街にいると。」

 サドウのことについて全然知らない私と違い、二人はその実力を十分に知っている。またサドウは亡霊を単独で倒した戦果がいくつもあるのだ。だからヴォーダンは信頼して派遣したし、シンカはサドウの我儘を聞いて一人任せたのだ。無論、結果論で言えば傍にいるべきだったが。

 「うむ、だから俺が来た。サドウは間違いなく亡霊の幹部クラスにやられたのだろう。ふふ、この年になって腕がなる。」

 そしてヴォーダンは胸ポケットから紙束を取り出す。それは赤黒く禍々しい色をしていた。かつてヴィシャが高橋に使った呪符、その原典である。そして紙束は螺旋状に舞い上がり、店内にいる人たち全員に埋め込まれる。突然の行動に軽井沢は狼狽し「ちょっ!」と衝動的に口走る。ヴォーダンは不敵に笑う。

 「何を狼狽えている軽井沢。これは戦争だ、俺たちと亡霊のな。」

 ヴォーダンは不敵に笑う。軽井沢は身震いした。この瞬間、概ね50人程度の兵隊が出来上がる。一人一人が亡霊に多少劣るとはいえ、恩恵に匹敵する能力を有した勇士たち。それはまさに亡霊を狩り尽くす嵐の狩人、ワイルドハントである。



 まず分かりきっていたことだが、対抗戦が終わりしばらくして騒ぎになった。B組の半数が死亡、1名が行方不明なのだ。学校も流石にこれは事態を重く見て、暫くの間、アタッチメントに関する授業は中止。原因と再発防止のために調査をするようだ。しかも問題なのが死亡及び行方不明になった生徒の大半が学年上位にいた者たち。B組は対抗戦最下位というレッテルだけではなく、学年で突出して平均レベルの低いクラスに落ちてしまったのだ。これでは学校行事にも支障が出ると判断され、クラス替えの予定があるとかなんとか。

 「クラス替えとか言ってるけど、実質各クラス、レベル上位の人たちがB組に移籍するみたいなもんっしょ?はぁ……折角仲良くそりゃあねぇじゃん。」

 当然、このことには不平不満を持つものが多かった。無限谷のように単純に人間関係が崩れるのが嫌なもの、あるいは自分のクラスが弱体化することが嫌なもの。その理由は多種多様に渡る。

 「まぁ6班は関係ないだろうな。」

 「そうですね、むしろ平均下げてる側ですし。」

 「何なら俺たち学年最下位の問題児集団だもんな。」

 俺たちはハハハと笑いながら談笑していた。

 「あ、あんたたち、そこは悔しさとか出しなさいよ……!そんな根性だから負け犬なんじゃないの……!?」

 まさに正論である。俺たちのレベルは合計しても他クラスの中間層以下……いや、そういえば高橋がいた。

 高橋を見ると珍しく伏し目がちだった。彼女は普通に高レベルだったのを忘れていたのだ。そもそもレベル詐欺のコトネ、レベル無視の剣が規格外過ぎて今の今まで意識してなかったのだ。

 「あ……う……大丈夫ですよ高橋様……私たちこれまでもグラウンド破壊したり問題起こしてばかりですから、問題児を分けたりしないと思います……。」

 夢野は高橋を慰めようとしているが、あまり効果が無いのか返事はするものの、そわそわとした様子は収まらなかった。

 橋下先生が教室に入ってくる。会議を終えていよいよ新しいクラスが発表されるというのだ。プリントが配られ皆に緊張が走る。だが蓋を開けてみると、その変更内容はむしろB組から一部上位成績層がC組に移籍してきて、C組からは鬼龍と中間レベル層がB組に移動するといったものだった。皆の反応は多種多様で騒ぐものもいれば安堵するものと様々である。結局のところ、学校としては鬼龍の存在がクラス平均を歪めている原因なわけで、著しく平均の落ちたB組に鬼龍を持っていけばまたバランスが戻るということなのだ。言うならば今まで総合力が低いC組だったのがB組に変わるだけだ。横目で高橋を見ると安堵した表情で、だがしかしプリントを入念に確かめるようにずっと見つめていた。

 「おぉつまり!次からは鬼龍と戦えるということだな!!これは俄然気合が入るぞ!!」

 しかしながら、クラスの賑わいは陽炎の空気の読めない一言でクラス全体の雰囲気がどんよりと落ちた。

 「あぁ……そういうことだよな……どうすんだよこれ……。」

 「お、俺、B組移籍組でよかった……。」

 「次あるのって球技大会だよな、鬼龍の相手は殺されるんじゃないか?」

 などなど絶望的な感想が大多数を占めて、陽炎みたいに前向きな奴は陽炎しかいなかった。無限谷ですら「また鬼龍ちゃんと戦うのね……。」と苦笑いをしている。実際対抗戦は鬼龍一人でメインベースを守り抜いたのだから、その脅威は十分に知っているし、あれが攻撃に移ったら確かにどうなるのか俺も分からない。きっと他の生徒と同じように、いざ当事者になると同じ感想を抱くようになるのだろう……。

 放課後は6班の存続記念にパーティーでもやろうと磯上から提案をされたが、別の日にお願いした。対抗戦であったことを一応報告する必要があるからだ。とは言っても夢野とコトネは一緒にいたので、実質的に高橋に報告するだけなのだが。

 「それじゃあ、亡霊はもう学校にはいないってことか?やったじゃねぇか。」

 俺の話を聞くと、高橋は自分のことのように喜んでくれた。だが懸念はあるのだ。そもそもあの女生徒は剣の話だと、既に別の"悪意ある何者か"によって半分始末されていたようなものなのだ。ではその悪意ある何者とは何なのか?剣は答えなかった。俺が言い淀んでるのを高橋は察したのか、俺の額をつついた。

 「何を考えてるのか知らねぇけどさ、あたしは好きで今まで付き合ってたんだから、気にする必要なんてねぇよ。そんなこと気にするなんて"らしくない"んじゃねぇか?」

 いつか俺が言った言葉だった。まったくそのとおりなのかもしれない。今まで散々助けてもらって、今更になって突き放すようなことは逆に失礼だった。俺は剣の話も高橋に説明した。

 「えぇ……あたし虫は苦手なんだけど……そんなきもいの相手にするの……まじか……。」

 「やっぱり聞かなかったことにする?」

 「は、はぁぁ!?聞いたし!虫とか上等じゃねぇか!そ、それにもうそいつはいないんだよな……?」 

 まぁ相手が虫だと決まった話ではないんだけど。強がりながらも少し不安がっている高橋が微笑ましかった。悪意ある何者……亡霊と違いその影すら分からないが、もう一つの懸念として亡霊の一人がやられたことにより、他の亡霊が動く可能性もあることだ。そしてワイルドハント……。亡霊が一人いなくなったからといって安堵する余裕はないだろうと、俺は思ったのだ。そしてその予感は的中する。ワイルドハントと亡霊の戦争、それに巻き込まれていくことになるのだから。

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