手をのばしたその先に
闇に潜む者たち、隠された顔
「本日、高速道路にてインターチェンジが何者かに破壊され───また高速道路でも謎の傷跡が残っており、一名事故により亡くなり───警察は───。」
応接室でテレビを見ていた。ここは慈善家として名高い伊集院の豪邸である。トロフィーやら賞状やら盾から勲章やらが飾られている。元々資産家だったこともあるのか、親の遺産を使い更に名声を高めたといったところか。彼の家族写真も立てかけられている。応接室にそんなものを置くなと言いたいが、彼の父親もまた著名人、応接室に置くことで名声を誇示する役割も果たしているのだ。テレビニュースは更に事故により亡くなったものの氏名を公表した。ヴィシャ・アズール……。
「マジかよ、あいつ死んでんじゃん。」
彼は確か亡霊を探し回っていた者たちの一人だ。目障りではあるが脅威にはならないと思っていたので始末を命じた記憶はない。ということは他に敵を作ったのだろう。
応接室の扉が開いて「すまない待たせた。」と伊集院が入ってくる。伊集院弦、伊集院家の長男であり、当主である。
「ゲン、ニュース見てみろよ、ヴィシャの奴、死んだらしいぞ。」
テレビを指差し、先程のニュースのことを教えてあげた。確か彼はヴィシャに脅されていたような気がする。
「ヴィシャ……?そんな知り合いいたかな。」
「おいおい、ゲンの弱みを握って脅してたじゃないか!あぁ……ゲンじゃなくて妹の方だっけ脅されてたの。」
ゲンは持ってきたコーヒーを来訪者の前に置いて、自分の分のコーヒーに砂糖とミルクを入れながら少し思案する。
「……そうなの?初めて知った。」
そういえばある日を境に妹の態度がとても悪くなった気がする。そうか脅されていたのか。来訪者はそれを聞いて笑った。自分の妹の異変くらい気づいてやれよと茶化される。
「あれはもう高校生、反抗期だと思ってた。兄離れする良い時期かなと思い成長に感嘆していたのだがなぁ。」
そして何事も無かったかのようにコーヒーを口にする。コーヒーは使用人ではなく自分で淹れる。拘りというのは何かしら持つほうが良い。全て人任せにすると豊かな生活は得られない。今日も良い出来である。
「それよりも君はいつまで学校に通うんだ?いい加減、組織の長として実務に集中したまえ。」
来訪者は我々の長として君臨している。だというのに呑気に学校に通っているのだから度し難い。確か妹と同じ学校に通っているとは聞いているが……。
「分かっていないな、学生というのは貴重な時間なんだ。大切にしたいんだよ。というか君の妹と同じ学校に通ってるんだから、他に聞くことあるでしょ、妹は学校でどんな感じ?とかさぁ。」
「ん?君はあれが我々の脅威になりうると思っているのか?確かにレベルは高い方だが、話にならんよ。」
噛み合わない会話に来訪者はため息をついた。どんな感じ?ってのは単に学生生活を満喫しているかとかそういう意味合いで……何か企んでいるのか?という意味合いではない。ゲンは実利しか考えていない。妹のことも恐らく家族ではなくただの同居人程度しか考えていないのだ。これ以上は平行線と考え、話題を戻す。
「しかし弱みをバラされていたら不味かったんじゃないの?この豪華な家だって、名声から得られたものじゃん。それを手放してもいいの?」
「弱みというのは大方孤児院のことだろう?問題ない。その顧客にはマスコミ関係者、政治家、官僚、大企業経営者がいる。弱みといえば弱みだが公表されたところで彼らが必死になって隠し通すさ。それに……。」
伊集院弦は左腕を来訪者に見せつけた。
「我々、亡霊としても必要なものだ、何よりも君がそんな事態になる前に潰すのだろう?」
浮かび上がる刻印、恩恵と呼ばれるもの。それは亡霊である証明であった。来訪者はニヤリと笑う。確かにそれはそうなんだがなと。
朝、登校すると伊集院が真っ先に駆け寄ってきた。まるで犬みたいだ。
「お、おはよう伊集院……朝から元気だな……。」
伊集院の目は充血しており瞳孔は開きとろんとしており、そして息が荒い。寝不足であるのが明らかに分かる。
「こ、これが元気にならないわけないじゃない!見たわよ昨夜の出来事……ふ、ふひひ……ヴィシャとか言ったっけ?ようやくあいつがいなくなったのだから!」
興奮を隠しきれない様子で伊集院は昨夜のことを語りだした。そういえば伊集院のアタッチメントで監視していたのだった。昨夜のことは高橋や夢野にも伝えているらしく、ひとまずは安心ということだ。
「と、とりあえず祝勝よ……放課後カラオケに……。」
ふらりと身体のバランスを崩す。俺は思わず抱きかかえ、大丈夫かと問いかけると伊集院は吐息を立てて寝ていた。伝えたいことだけ伝えて緊張の糸が切れたのか、ぐっすりと眠っている。俺は保健室に連れていき、伊集院を寝かしつけてあげた。彼女の悪夢は終わったのだ。今は穏やかな安息を、そしてこれからの穏やかな日常に戻ってもらいたいものだ。
「今日から体育は予告したとおりクラス対抗戦に向けてのものになるので、各自準備するように。」
橋下先生は最後にそれを告げると教室から立ち去っていった。時間割を見ると体育の割合が多い。何かあったのかと考え込んでいると無限谷が肩に手を回して寄りかかってきた。
「今日はよろしくよレニー、東郷を倒した実力を見せちゃってよ。」
そう言って友人のもとへと戻っていった。
「ふふ……いよいよ、この時が来たんだな。境野!俺たちの友情パワーを見せてやろうじゃないか。」
珍しく磯上に絡まれる。友情というほど絡んだ覚えがない。磯上の話によるとクラス対抗戦に備えてまた班別に分かれてそれぞれ授業をするということらしい。とは言っても体育の授業は男女別である。なので俺たちは自分と磯上、剣の三人というわけだ。しかし東郷がいなくなったから1班が不利ではないか?という疑問がある。
「1班のメンバーは鬼龍と放生だろ?心配する方が失礼ってレベルじゃん。」
そんなものなのかと、特にそれ以上は言及しなかった。前々から鬼龍という男の話を聞いている。クラス対抗戦でも無限谷と並んで警戒されているとか。今回は味方なわけだし細かいことを気にするのはやめよう。
こうして体育の時間になり俺たちはバスで移動する。移動先は山、演習場は人工の山だそうだ。そして体育教師の説明が始まった。今回は基礎訓練であるためアタッチメントの使用を禁止し、山頂に登るということだ。登山ルートはそれぞれ班別に分かれて移動するものだ。アタッチメントでの戦いを期待していた生徒たちは当然ブーイングの嵐だった。そして俺たちは登り続ける、この山道を……。
山道を登り始めてから三十分ほど経った。ナビは磯上が立候補したので任せている。脚は痛み、呼吸は荒い。ハァハァと息を荒くしながら登っているというのに、磯上も剣も平気な顔で先を進んでいた。
「い、磯上……今、どのへんなんだ……?」
磯上は地図を確認する。
「もう少しで目的地だぞ、がんばれ!」
あと少し……!磯上のその言葉に勇気づけられ、俺は気力を振り絞る。やがて先を進む磯上がとあるポイントで止まった。剣も同じ位置で止まり、適当なところに座り込んでいる。目的地か……!俺は最後の力を出して駆け出す。つ、着いた!!
「おぉ、境野そんな慌てなくてもいいのに。いや気持ちは分かるけどね。ともかく到着したな、俺たちの理想郷へ。」
そこは丘の上のようになっており、見晴らしが良い。演習場を見渡すことが出来て、展望スポットだ。そして磯上は指をさす。あれを見ろと言わんとばかりに。俺はそれに従って指先を見る。なんだあれ……運動場のようなところに女子たちがいる?男女別とは聞いたが授業内容も違うのか。どういうことだと磯上に問いかけると磯上は爽やかな声で答える。
「ここからだと女子たちの授業風景がよく見えるのだ!素晴らしいだろう!」
「それは分かったんだが、目的地は……?」
「ん?ここだが。」
磯上はマップ上のポイントを指差す。ちなみに今どこにいるんだと問いかけると、逆方向の位置だった。つまりこいつは女子の体育を覗きたいがために俺たちをこんなところまで案内したのだ。
「磯上!おま……お前……!ふざけ……!!」
俺は疲れきった身体を無理やり動かして抗議しようとするが、剣に止められる。何故だ、剣も俺と同じ被害者ではないか。止める理由がどこにあるというのだ。
「鍛錬になれば僕はそれで構わないです。過ぎたことは仕方がない。」
俺は膝を落とした。こうなっては仕方ない。今ここで可能な限り休んで体力を休まなくては。磯上が双眼鏡を渡してきた。二つある。
「俺たちは友達だろ……?安心しろ、ちゃんと全員分あるさ。」
笑顔でガッツポーズを決める磯上が無性に腹が立った。
「この双眼鏡性能いいな……というかこんな倍率高くて視野が広いの初めて見た。」
俺たち三人は寝転がって双眼鏡を通して景色を見ていた。磯上の双眼鏡は非常によく見え、それでいて視野が広い。肉眼とほぼ変わらないのだ。こんなものを持っている磯上に軽く引いた。
「お、セキレイ……この双眼鏡良いですね。まるで間近にいるみたいだ。」
剣は鳥を探して見ている。磯上は……興奮した様子で女子たちの風景を見ていた。
「見ろよ境野、女子たちの体操服の汗ばむ姿を……普段と違う姿が新鮮でいいじゃないか!」
「お前、そういう趣味があったのか……?」
「えー、境野喜ぶと思って用意したんだけど気に入らないの?」
お前は俺をどんな目で見ているんだ……とはいえ興味が無いわけではないので、双眼鏡を女子たちへ移して見る。こうして見ると全然授業内容が違う。彼女たちがしているのは陸上競技というか……普通の体育の授業というか。おっ、高橋と夢野もいる。見かけどおり夢野は鈍臭く、高橋がフォローしているような感じだ。その先に伊集院もいた。あれから目を覚まして体育の時間には合流したのだろう。
「何か普通の授業なんだな、何で俺たちだけ山に登らされてるんだ?」
「そもそも次から男女合同になるんだってよ、ますます意味が分からないけど、俺は察したね。」
どういうことだ?磯上の方を振り向いて俺は疑問を口にすると磯上は答えた。
「高橋さんを何班に移籍させるかテストしてるんだよあれ、ほら見ろあの女教師、高橋さんが何かするとき露骨に何かメモしてるだろ。」
移籍……磯上の話だとそもそも高橋が6班にいるのは嫌がらせだったので、今回のクラス対抗戦を機会に適切な班に移籍させようとしてる噂があるというのだ。それは高橋だけの問題ではなく当然高橋が入った班からは自動的に下位の班に繰り下がり……そして誰かが落ちこぼれである6班に行くのだ。そういう目線で再度見直すと、なるほど確かに高橋、伊集院、夢野以外の女子たちは緊張感でピリピリしているような空気がする。
ピピピッというアラームがなった。剣がスマホを取り出し、時間だと伝える。これ以上ここにいると時間超過となって目的地に辿り着くのが難しくなるらしい。
「えーまだ見たいのに、汗ばむ女子の姿を脳裏に焼き付けたいよなぁ境野?」
俺に振らないでくれ。磯上は名残惜しそうに双眼鏡を回収してカバンに収めた。
「まぁ僕が境野を背負って移動すれば、まだ時間に余裕はできるけど、ずるはよくないからね。」
さらりととんでもないことを言いのける剣は涼しい顔をして目的地へと向かっていった。剣の予定通り時間に若干余裕を残して目的地に到着した。山登りが終わった。次からは男女合同……磯上の推測が正しければ別の人が6班に入ってくる。仲良くやれたら良いなと思いながらも高橋がいなくなるのは名残惜しさを感じた。
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