高速道路の怪物、真夜中の来訪者

 「離せ!離してくれ!あいつを追いかけないと!!」

 警官に取り押さえられ身動きがとれない。何故か力も使えず、抵抗ができない。早くヴィシャを止めないと皆が……焦る気持ちが高まり、何も出来ない今の自分が何よりも苛立たしく感じた。

 「そこまでよ、その男を離しなさい。」

 女性の声だ。振り向くとそこにはユーシーが立っていた。警官たちは彼女の登場に一瞬戸惑ったが、すぐに職務に戻り、お決まりの言葉でユーシーをこの場から立ち去らせようとする。ユーシーはそんな警官の態度に露骨に苛立ちを見せて、何か指示をした。要領を得ない警官はユーシーの指示を無視するが、苛立ちが頂点に達したのか怒鳴り散らすと、たじたじになり無線機で連絡を取り始めた。しばらくの会話のあと、警官は態度を一変してユーシーにペコペコと頭を下げ、俺の拘束を解いた。

 「まったく、何事かと思ってきてみたら、なにこれ?あなた何をしたの?」

 地面に這いつくばる俺を見下し、俺に対し冷淡に状況説明を求めてきた。俺は焦る気持ちを抑えユーシーに簡潔に説明をした。ヴィシャと名乗る男のことを、その男は伊集院や高橋に手を出しており、亡霊の恩恵のようなものを使っていたこと。

 「ふぅん、亡霊かどうかは知らないけど確かに気配が残っているわね、これは私達の同業者でもあるみたい、立ちなさい。亡霊絡みなら私の出番よ。」

 ユーシーに連れられて俺は店を出た。そして店の外のバイクに乗るように指示される。俺はユーシーの後ろに乗った。そしてバイクは急加速し、ヴィシャの後を追いかける。

 「なにこれ、あなた以外にヴィシャと戦っている人がいるの?」

 道路は大惨事となっていた。至る所に道路標識、看板……様々なものが崩れ落ちて大渋滞となっている。それは明らかに意図的に破壊されたもので、鮮やかな切断面が物語っていた。

 「分からない……でもこれなら追いつける!」

 ユーシーは道路上に転がる障害物を華麗に避けて加速していく。法定速度は完全に無視して駆け抜けていった。いつもどおりのチャイナドレスだというのに、器用に大型バイクを操作するその姿は恐らく他者からは映画の撮影にしか見えないだろう。

 「なんだ……あれ……。」

 高速道路のインターチェンジが見えた。そこは今までのものよりも遥かに酷い惨状だった。警官が多数いる。建物は完全に崩れており通行できない。そして……あまりにも非日常な光景であったので脳が理解を拒んだ。ヴィシャの大量の死体が山となって、瓦礫を乗り越えるように積まれていた。ユーシーはあれがヴィシャ?と問う。俺はそれに返事をするとユーシーは更にバイクを加速させた。まさかあの死体の山を乗り越えるつもりなのか。

 「マジかよマジか!?」

 「もっと遠慮しないでしがみつきなさい!!振り落とされても放っとくわよ!!」

 その言葉に俺は情けなくユーシーにしがみつく力を入れた。車体は大きく揺れるが減速は一切しない、更に更に加速させ俺たちは飛んだ。バイクごと。そして着地する。強い衝撃が入ったがバイクは無事だ。そのまま高速道路へと入っていった。

 「増殖系のアタッチメントね、少し手こずるかも。」

 増殖系のアタッチメントとは文字通り自分の肉体を増やすものだという。類似のアタッチメントの持ち主とは他にも出会ったことがあるが、総じて面倒であったという。だがこれほどまでに増殖するのは珍しい、まして自分自身をこんな使い方するなどと。常軌を逸しており、マトモな精神状態ではないとユーシーは分析する。だからこそ、亡霊であるという確信が強まった。

 高速道路を走り続けて奇妙なことに気がつく。道路にまるで獣の爪痕のようなものが刻み込まれている。途中、停車していた車も見かけ、叩き潰されたあとや穴が空いていた。それは明らかにヴィシャの能力ではなかった。

 「……ひょっとするとヴィシャよりも危険な相手がいるかもね。」

 増殖系のアタッチメントは総じて戦闘能力は高くない。ヴィシャに限って言うなら私や仁と同じ何らかの術を収めているので並みよりは強いだろうが……それはこの杜撰な術痕から仁どころか自分にも劣ることが明白であった。だがこの爪痕の持ち主……感覚からして時速100km近い速度でヴィシャを追いかけている。恐らく生身でだ。そしてこのえげつない戦闘痕は確実に戦闘に特化したアタッチメントの持ち主である。もしも自分と敵対する相手だったら……そう考えていると突然爆発音がした。遠くで黒煙が立ち上っている。察した。ヴィシャはこの謎の追跡者に始末されたのだ。

 「なんだこれ……なにが起こったんだ?」

 俺は事態を把握しきれなかった。あのヴィシャが、数十分前まで俺の前で不気味な態度をとっていたあの男が、今は無惨に車の中で燃えている。それは人の姿を保っていなかった。全身の骨はぐしゃぐしゃとなっており、おそらく状況から察するに交通事故にあったのだろう。車体を真っ二つにされ、そのまま遮音壁に衝突したのだ。

 ユーシーは事故現場に近づき舌打ちをした。

 「だから増殖系は面倒なのよ、こいつも例には漏れずね。」

 その言葉に俺は嫌な予感がした。俺の予感はすぐに現実へとなる。

 「ヴィシャはまだ生きているわ。遠くでね。」

 これも本体ではなかったというのか。俺は愕然とした。どうやってこの男を捕まえたらいい?どうすれば尻尾をつかめるというのだ。そんな様子を見てユーシーはクスリと笑う。

 「わたしと一緒で良かったわね。こいつ相当焦っていたみたい、痕跡が残っているわ。本体意識を飛ばしたのね……場所は……中々いいところに住んでるじゃない。」

 ユーシーが探り当てた、その居場所は街の高層マンションの最上階だった。ユーシーは「行くわよ」とバイクに跨る。当然とばかりに俺も後ろに乗った。謎の追跡者を撒いて安心しているようだが、次は俺たちの出番だ。確実に始末してやる。加速するバイク、風を感じながら俺はそう決意した。


 ここから見る夜景が好きだった。人々の活動の証、あの光一つ一つに人生があり、そして消耗している。街の中心に建設された富裕層向けタワーマンション、その最上階にヴィシャはいた。いつもなら優雅にお気に入りのワインを飲みながら、この夜景を堪能し、余韻に浸るのだが、その日は違った。

 「………ッ!!は、は………はぁはぁ………!!」

 サムライボーイに襲われ死を覚悟する直前、意思をこのスペアに飛ばし何とか生還した。こんなことは亡霊に襲われて以来だった。まさかあのサムライボーイは亡霊だったのか……?最初から最後まで手心を加えられていた。最初は殺人の覚悟がない童貞と高をくくってきたが、それはただの思い違い。最初から最後まで殺しにかかってきていた。ただし、それはサムライソードによるものではなく、あくまで別のもので……。

 「くそっ……!なんなんだあいつは……!!」

 予想外の戦力に苛立ちを隠せない。伊集院の報告にあのようなものはいなかった。何より最後まで手心を加えられた事実が腹立たしい。奴は私を殺そうと思えば、あのサムライソードで簡単に私の胴体を切り離せていただろう。それこそこうして意識を飛ばす暇もなく。そういうやり方も亡霊を彷彿させる。ワインを一気に飲み干す。気分が落ち着いた。

 「ふぅ……だが私の勝ちだ。彼は結局私を殺せなかった。はははっ、いずれ亡霊と同じように彼も始末しようではないか。」

 夜景を見て、一人で勝利宣言をする。都市の夜景は本当に素晴らしい、この街で惨めに生きているものたちを見下ろすのは優越感が感極まり無い。ソファに座りガラス張りの壁越しに夜景を見つめた。今日は散々だったが、なに私はこうして勝った。これからも勝ち続けるのだ。そしてグラスにワインをもう一杯注ぎ、誰もいない夜空に乾杯……した筈だったのに夜空に何かが見えた。あれはバイクだ。バイクがこちらに向かってきている。意味がわからない。理解が追いつく前に、バイクはガラスを突き破り、私の安息の地へと土足で踏み込んできたのだ。

 「……人の部屋にお邪魔する時はノックをしないといけないと教わらなかったのかな?」

 そこには境野と……チャイナドレスの女性がいた。なんとしつこい奴だ、謎の女まで引き連れて、一体私をどうしたいというのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る