High Speed Blade-Chaser

 剣は半ば無理やり誘われて『遊び』に付き合っていた。『遊び』とは街の中をまわって興味もないおもちゃ売り場を巡るだけだ。正直苦痛ではあるがこれも精神鍛錬だと思えば苦ではない。

 「それで近々クラス対抗戦が始まってまた俺たち6班が集まるわけだよ!前回の快進撃を再現するためにも俺たちの仲も深めるべきだと思うんだよね!」

 鼻息を荒くしているのは磯上。僕と同じ低レベルの落ちこぼれ……6班だ。確かレベルは4だと聞いている。幼稚園児並みだ。7の僕が言えた義理ではないが。

 「なぁ剣よ~何か喋ってくれよ、俺は境野とも仲良くしたいしお前とも仲良くしたいんだよ。同じ班の仲間、やっぱり普段からの関係が大事じゃんか。」

 「僕はクラス対抗戦の結果に興味はない。」

 磯上に冷たくそう言い放つ。成績など馬鹿らしい。何の意味にもならないし、それで周囲にどう見られようが関係ない。成績という上辺でしか人を測れない人間などこちらこそごめんである。

 「あれ?あいつ境野じゃね?一緒にいんのは誰だ?兄かな?」

 境野……彼の奮闘に僕も感化されてこの間の試験ではつい戦ってしまった。だが、ああいうのは今回限りだ。次はない。磯上は僕を無理やり引っ張り喫茶店へと連れ込んだ。この男はさっきから明らかに嫌がっている僕を無視している。鋼のメンタルは見習うべきかもしれない。

 「何か真剣な顔してんなぁ、何話してんだろ。」

 「出歯亀はよくないぞ。」

 僕は注文したミックスジュースを口にした。甘くて美味しい。当然だがここの会計は磯上にやらせるつもりだ。無理やり連れ込んで金がないなどとは言わないだろう。

 「あ、財布忘れた。」

 もしここが喫茶店でなければ僕はこの男をはっ倒していただろう。だがこれも忍耐の修行と思えば苦ではない。だが財布は痛い。それはどうにもならない問題だ。

 「おねぇさん、ケーキセット頼める?あとドリンクはこれで、え?別料金になる?じゃあ分けて。」

 「君は少しは遠慮しろ!!」

 メニューで磯上をぶっ叩いた。不満げに磯上は僕と同じミックスジュースを頼んだ。

 「いてぇなぁ、ちょっとしたジョークじゃん。」

 僕が止めなければ、店員は君の注文を真に受けて調理に入り、君の注文通りの商品がここに届くのだが、一体どのタイミングで冗談と言うつもりだったのかと思ったが口にしない。ここでこの男のペースに飲まれてはいけない。

 「キャアアア!!」

 ガタガタっと音がして、突然叫び声が聞こえた。辺りを見回すと境野が立っている。そして目の前には男が倒れているようだった。殴ったのか?境野が?

 「なにしてんだよ境野……カルシウム足りてないんじゃないか?今度うちのワカメ分けてあげようか。」

 そういうと磯上はジュースの中にワカメをはやしていた。マジで食欲なくなるからやめてほしい。というか飲み物で遊ぶな。しばらくすると警察が来て境野は取り押さえられる。なにか様子がおかしい、僕は耳を澄ませる。

 「どうやって君の友人を守るつもりなんだい?」

 その瞬間、境野は叫んだ。なるほどそういうことか。だが境野をここで助ける義理はない。ないのだが……勝ち誇るように立ち去っていく男が酷く不愉快で僕は、彼を追いかけることにした。

 「なんなんだよあれ……ってあれ、剣?どこにいった?トイレかな?」

 一人残された磯上は不思議そうにあたりを見回す。その後、彼は食い逃げ疑惑をかけられて土下座することになるとは露にも思わず……。


 ヴィシャは車に乗り込んだ。境野との交渉が決裂しただけではなく、お気に入りの本まで失ってしまった。最悪の結果で非常に残念である。だが彼は前向きだった。友好的関係を結べないなら脅迫をすればいいと。手始めに彼と仲良くなっていた伊集院を始末しようと考える。生きたまま四肢をバラバラにし、その様子をビデオで撮影しよう。そして次は残りの二人……大人しそうな娘が良いだろう。あの娘をとりあえず薬漬けにでもして自我を破壊しようか。殺すのはまずは一人、立場を分からせて脅しの材料として手元に一つ残し、もう一つは自由にさせる。あまり追い詰めると脅迫にならず逆上してしまう可能性がある。まったくこんなことになって本当に残念だと思った。彼なら私の友人になってくれると思ったのに。

 「これからどこに行くんです?」

 「そうだね、とりあえず伊集院を拉致しようと思う。彼女はもうおもちゃとして飽きてしまったからね。最期に壊れるまで激しく動いてもらうよ。」

 ヴィシャは車を運転する。平然と何事もなく。後ろに侵入者がいることに何の気兼ねもなく。

 「それは困るかな、一応彼女は同じ班なんです、磯上の奴もうるさそうだ。」

 「はっはっ、許してくれよ。私だって悲しいんだぞ?」

 信号待ちだ。まったくこれだから都市は困る。老後は田舎で落ち着いてのびのびと暮らすのもいいかな。信号が変わる。アクセルを踏むが動かない。

 「どうしてこんなことをするのかな?私の車を壊すなんて、まだローン終わってないんだよ?」

 アクセルの駆動系が切断されている。どういった手段を用いたのか、踏んでもなんの感触もない。仕方ないので術を使い車に応急処置を施す。刃物が横から突き出た。これは日本刀だ。

 「おぉ、これはサムライブレードか!?美しいね、私は日本の文化が大好きなんだ。君はひょっとしてサムライボーイかい?それともニンジャかな?」

 車が真っ二つになった。ああさようなら私の愛車、憎むべきはあのサムライを憎んでくれ。私は最後まで君を愛していたよ。そして道路に投げ出される。私の前にサムライブレードが突きつけられる。それは美しく芸術品のようだった。

 「この国はサムライブレードを携行するのは犯罪だと聞いたのだけど、君は例外なのかな?」

 サムライボーイは近づく私に容赦なくサムライブレードを叩きつけた。腕だ。ものすごく痛い。

 「まず最初に伝えます。僕は貴方を斬りません。ですが傷つけないとは言いません。投降し、企みをやめてもらえないですか?」

 「斬らない?サムライボーイ、それは不殺の誓いという奴かな。おかしいな、私の知るサムライはもっと勇猛で果敢だったが!」

 術を展開する。催眠術である。彼には殺人鬼にでもなってもらおう。そう思った瞬間、信じられないことが起きた。展開した術式が切断された。不可視の術式だが、術師の私には分かる。理屈は分からないが術式が切断され、サムライボーイには届かなかった。

 「わぉ……これが東洋の神秘というやつかな。」

 別の術を発動する。次は数多の槍を出現させるものだ。その全てがサムライボーイの身体を貫……く前に全て切り落とされる。ではこれはどうだと実銃を取り出した。完全な物理攻撃である。しかし馬鹿には出来ない、音速を超える実弾を切り落とすことは不可能だ。発射される実弾、射撃の腕には自信がある。しっかり胴体を狙った。だというのに金属音がして外れた。その切っ先は見えなかった。切り落としたのだ、音速を超える速度の実弾を……このサムライボーイは……。

 「うつくしい……。」

 私はそう言って近くでクラクションを鳴らす男を殺害し車を奪い逃走する。予想外に面白いおもちゃと出会えた。どう壊すのが良いか楽しみである。ミラーを見るとサムライボーイは追いかけてくる。時速60km、町中ではこれが限界だ。だがそれでも十分な速度の筈なのに、何故かサムライボーイはついてきている。アタッチメントだろうか?早く走れる?サムライボーイの足元を見るが普通の靴だった。肉体強化系であると察する。それが時速60kmで走れるようになるかは疑問だが。しかし一つ確信めいたことはある。この速度で追いつかれないということは時速60km前後が限界なのだろう。私は高速道路へと向かい一気に突き放すことにした。だがそれを許すはずがなかった。

 突然標識板が目の前に倒れてきた。よく見ると刃物で切られたような後がある。───サムライボーイは後方にいる。伏兵がいるのか、辺りを見回すがらしき人物はいない。ヴィシャはハンドルを切って躱す。更に標識、看板、様々なものが目の前に障害物の如く落ちてくる。どれも全て切られた後があった。何が起きているのだ。たまたまミラーを見た時、信じられぬものを見た。サムライボーイが空でサムライブレードを振ると、同時に目の前のものが切断され障害物として落ちてきたのだ。つまりあの位置から、物体を切断し私の逃走を妨害しているのだ。

 「はは……はははははは!!!」

 心底愉快だった。何とも涙ぐましい努力じゃないか。そこまでして逃げられたくないのだな。だが残念だ、もう目の前には高速の入り口が。

 「は────。」

 閉口した。激しい金属音、それはまるで獣の鳴き声、金属の怪物、高速前の入り口が悲鳴を上げるように音を立てて、崩れていった。何重もの斬撃。今までのはただの時間稼ぎ、全てはここで完全に止めるため……。

 だがヴィシャはアクセルを踏み抜いた。ヴィシャはアタッチメントを解放する。彼のアタッチメントは自分の分身を作ること。その数は実に無限。時間が許す限り彼は自分の分身を無限に作り出せるのだ。そして作り上げる。人で作り上げた坂を。崩れた道を乗り越える、新たなる道を。

 「さらばサムライボーイ!!君とのチェイスは楽しかった!!!」

 ヴィシャは勝利を確信し高速道路を駆け抜けていった。


 高速道路を駆けるヴィシャは興奮を隠しきれなかった。久しぶりに楽しい時間を過ごした。あのサムライボーイ……どう痛めつけてやろうか。もう彼の頭には伊集院のことなどすっぽり抜けていた。楽しい時間をくれた彼にはお礼をしなくては。亡霊のように。

 車のラジオを付ける。適当な歌謡曲を流し、気分を切り替える。音楽は大事だ、こんな高速道路で何も聞かないでただ走るのは退屈でしょうがないからな。大音量で音楽を流す。だからだろう、ついそこまで剣が、サムライボーイが接近していることに気が付かなかったのは。

 「ガコンッ!!」

 突然の金属音に思わず驚く。何が起きたのだ。ラジオを切る。耳を澄ますとその金属音はリズミカルに鳴っていた。ガコンッ!ガコンッ!!ガコンッ!!!そしてその音は大きくなってきている。何かが近づいてきている……?バックミラーを見るとヴィシャは唖然とした。こんな感情は知らない。何故"そこまで"する。"そこまで"できる。それはまるで巨大な爪をもつ獣……いや獣ではない確かに人だ。異常な動きをする人であることは間違いない。高速道路を行き交う車を踏み台として私の方へと向かってきているのだ。ガコンッ!ガコンッ!!あの音は踏み台にしている車の音だ。サムライブレードを起点にして走行中の車に突き刺し移動しているのだ。更に驚くべきは突き刺している車である。反対車線、つまりこちらに向かってくる車を飛び移っているのだ。あれなら、この車がどれだけ加速し他の車を追い越しても……いずれは追いつく……いや馬鹿な!理屈上の話でそれは人間業ではない!!

 無言でアクセルを踏んだ。わけが分からない。あんなものを私は知らなかった。そもそも彼とは初対面だ。初対面の彼にあんなに迫られるいわれはない。なぜ見ず知らずの他人にあんなことができる?突き刺している車など顔すら知らぬ他人だろう?板金屋の修理は大変なんだぞ?あんなことを平然とやるのは狂人以外の何者でもない。

 音が鳴り止まない。むしろ音の鳴るリズムは更に短くなる。酷くうるさく頭が割れそうだ。ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ!不愉快な金属音がもうずっと頭の中に響き渡る。そして飛び切り大きな音を立てて、音は止んだ。

 「ふぅ……。」

 撒いた。時速150km、これに生身でついてくるなどただのファンタジーだ。気を取り直してラジオのスイッチを入れ直そうとすると、車体が真っ二つに分かれた。

 「あっ。」

 切断された車体は制御を失い、二つに分かれた車体は離れていく。そして金切り音がした。切断された車体が道路を削る音だ。そして限界を迎えたその車体は完全に分割し、慣性の法則に従って左右に分かれ吹き飛び、遮音壁に衝突して漏れたガソリンに火花が引火し大爆発を起こした。車体は燃え上がる。当然中にいたヴィシャは巻き込まれ全身複雑骨折、及び重度の火傷……死亡したのだった。

 「やりすぎた……。」

 それを遠巻きで眺める。切断した時点でまずいと思い既に退避したのだ。黒煙が立ち上るその事故現場を見ながら剣はそう呟いて立ち去った。

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