永遠の星月夜

 数百体に分けられた分身、彼らは普段街中に配置され情報収集や監視活動に与えられている。また彼らは死亡したとしても本体へと得られた情報はフィードバックされ、全ての分身に対して情報は共有される。だがこの時、突然分身の一つが消滅した。記憶の継承はない。当然彼らは動く、消滅した場所へと。そこは人通りのない繁華街の奥地。不気味にスーツ姿の男たちが集まっていた。

 空間操術により別空間へと繋がれた痕跡を見つける。我々が作り上げた技術、まず考えるのは分身が何者かに力を与え何かを画策したということだ。その答えはこの空間に入り込めば分かることだろう。そう考え異空間への扉を開こうとした時、声がした。

 「あー待って待って、それは駄目だよ。やりすぎだって。」

 それは見覚えがあった。伊集院と同じクラスの───である。

 「何度も彼を助けるのは違うかなと思ったんだけど、そんなことしたら大ニュースになってこちらにも被害来ちゃうだろ。」

 不愉快なものだった。この場に似つかわしくない軽い口調で話を続ける。分身の数体が術を放った。いくつもの槍が空中に現れそれをめった刺しにする。

 「誰かは分からないが次からは空気を読みたまえ。次があればだが。」

 気を取り直し空間を開こうとするが突然吐き気を催した。思わず倒れ吐き出す。吐き気が収まらない。何かが胃の中からどんどん溢れ出てくる。吐瀉物を見るとそれは……生き物のようなものだった。なぜ生き物と思ったかという人間の目玉がついていたからだ、ようなものと言ったのは……人間の形をしておらず、植物のような……深海生物という表現が妥当ともいえる、奇妙なフォルムをしているからだ。周りを見ると皆、吐いている。そして、先程串刺しにしたはずのそれが、無傷で嘔吐に苦しみひれ伏す我々の中に、一人で立っている。

 「き、さ……ま……何をした?」

 それは無言で胸元を見せた。これが答えだと言わんばかりに。胸元には刻印があった。それはつまり……亡霊、作り物ではなく本物の刻印、恩恵と呼ばれるもの……。

 「は……は、お前だったのか……!まさかお前が……!見つけたぞ、ようやく!お前だったのだな……!!」

 分身の一人が自害を図る。早く本体にこのことを伝えなくてはならない。ナイフを首筋に当てて喉を掻っ切る……はずだったのに腕が別の生き物に変わっていた。ある分身は舌を噛み切ろうとする。だが噛み切れない、自分の舌が動きだし蠢いている、まるで蛆虫のように。ある分身は頭を地面に叩きつける、だが打撃音はまったくしない、ぺちゃぺちゃとまるで柔らかいものを叩きつけているような音だ、自分の首に触れると、まるでそれは軟体動物のように柔らかくなっていた。阿鼻叫喚だった。死にたくても死ねない、倒そうにも倒せない。そして段々と自分の肉体が別のなにかへと変質しだす。分身の一人が笑いだした、精神が壊れ発狂したのだ、それに伝染するように分身たちはみな我を失った。それは黙ってそれを眺めて立っていた。

 「うーん、駄目だな。あいつみたいに速攻で殺せるような能力が欲しいよ。これじゃあ趣味の悪い拷問狂いみたいじゃんか。」

 そしてその場は静まる。分身たちは全員生きたまま別の生き物へと変容し、そして動かなくなった。声帯すら別のものになり、喋ることもできなくなったのだ。

 「これKBFを真似たのか、パクりじゃんか。ここで出迎えると好感度が上がるだろうけど、うーん高橋さんも一緒かぁ。ホントうざいなぁあの女、まぁ仕方ない手助けして終わろうか。」

 それはノックするように空間を叩くと空間にヒビが入った。悔しいのでサプライズプレゼントを残す。そしてこの場を立ち去る。奇妙な生き物たちは更に変容を続け、あるものはキノコとなって胞子となり霧散し、あるものは昆虫となって闇へと消える。最後には何もなかったかのように、人気のない暗がりが残った。


 ───いつまで続くのだろう。高橋にずっと抱きしめられている。

 「あの……そろそろいいですか……?」

 胸元に顔を埋めて抱きしめ続ける高橋に解放の許可を求める。

 「いやだ、まだこうしたい。」

 断られた。ただその間、周りを見て状況を理解した。まず端的に言うと出口が見つからない。あのときと同じだ。ナイ神父が作り出した空間……仁の助けであの時は脱出できたが、今回はどうしたら良いのか分からない。あの時の感覚を思い出して……と言いたいのだが全然感覚が掴めない。そしてもう一つ、ナイ神父の空間と違い景色こそは歪であるがあの背筋が凍る空気のようなものが無かった。あるのはただ一面の一面な世界、俺たち以外の生命一つ感じない。

 「このままずっとこの世界で二人きりなのか……?」

 その言葉に高橋はようやく反応し顔をあげた。

 「え……二人ずっと一緒に……?」

 高橋は頬を染めてこちらを見つめた。密着しているせいなのか、心音が高鳴っているのが聞こえる。それともこれは俺の心音か。

 「ゔぉえぇぇぇぇぇ!!あー畜生……飲みすぎた……お、なんだなんだいつからここはカップルのたまり場になったんだおおん?」

 いきなり酔っ払いのおっさんが現れた。吐瀉物を垂らしながら俺に近寄る。

 「部長~飲み過ぎですってぇ、あれぇ、学生さんカップルがこんなところでなにしてんのぉ、わたしの若い頃はもっとねぇ……。」

 更に酔っ払いのおっさん(部下)が登場する。何が起きたのかと周りをよく見回すと、ひび割れのようなものがあった。そしてその先は繁華街につながっており、そこから続々と酔っ払いが入ってきていたのだ。

 ようやく事態を把握した俺は高橋に帰れるぞ!と喜びを分かち合う……はずだったのだが、高橋は顔を真っ赤にして震えていた。そして俺を突き飛ばして走り去っていった。俺は高橋を追いかける。高橋はアタッチメントなしでも素で足が早くあっという間に引き離された。仕方ないので俺は力を使って加速した。蹴り飛ばしたアスファルトの路面が砕ける。そして高橋を捕まえた。離せと暴れまわる高橋を押さえつけて何とか落ち着かせる。

 「うぅ……境野お前……一人にさせてくれよぉ……。」

 手で顔を覆いながら高橋は弱気な発言をした。そういえば涙で化粧が落ちていたのを思い出した。確かにそれなのに無理に顔を合わせるのはよくない。周囲を見るとそこは街から離れた公園だった。ベンチがある。俺たちはお互いに顔を合わせずベンチに座ることにした。

 「高橋、さっきのことだが……。」

 高橋がビクンと跳ねる。そして何かを言いたげにつぶやいていた。言いたいことは分かる。

 「何者かに操られていたんだろ?普段の高橋とあの時の高橋を見れば分かるよ。正気じゃなかったから。それとも何か事情があったとか?話してくれよ。」

 しばらくの間沈黙が続いた。だが高橋は語りだした。スーツの男と出会ったこと、そして俺ではない何者かが俺の身体に入ってきて事情を説明したこと。俺の身体に入ってきた何者かについては少し分からないが、少なくとも高橋の話だと敵ではないように思える。しかし、スーツの男、無線機の男と同一であろうそいつは……もう無関係ではない、そう感じた。伊集院を脅迫し、俺を始末するために周りの人間を巻き込むそのやり方……決して許されない。

 「……ごめんな。」

 高橋は謝罪した。操られていたとはいえ自分を殺そうとしたこと。それは謝っても許されるものではないと。高橋は微かに震えていた。きっと罪の重さに耐えきれないのだろう。

 「気にしてない……って言っても納得しないんだろうな。」

 首を絞められたのを覚えている。だが悪いのはスーツの男であって高橋ではない。俺も悪いとは思っていない。だが高橋自身が人を殺めたという罪の重さに耐えられないのだ。

 「じゃあさ、罪悪感を感じてるなら、罰を受ければそれで納得するのか?」

 高橋はしばらく沈黙し俯いた。

 「ふざけるなよ、罪悪感なんて感じる必要がないのに、最初からずっと善意で動いてくれたのに、その結果巻き込まれ、自分の意に反し俺を傷つけたとしても非難などするものか。俺をそんな目で見ていたのか?」

 「ち、違う!そんなんじゃない!!」

 高橋は立ち上がり俺を見つめた。ようやく目が合った。

 「だったら良いじゃないか、今日のことはお互い忘れよう。いつまでも気にするなんてらしくないだろ?俺はこれからも高橋と一緒にいたい。」

 俺は微笑みながらそう答えた。高橋はまた隣に座り足を組んで一息つく。

 「何か良いように言いくるめられた気がするぜ……。」

 言葉こそは不満げだが高橋はいつもの調子でそう呟く。

 「でもさ、あたしは今日のことは忘れないから。」

 「はぁ?何でだよ。ろくな思い出がないだろ。良いように操られてさ。」

 「……知らねーよ馬鹿。」

 高橋は軽く微笑みながら、理不尽に罵る。それからしばらく沈黙がまた続いた。だが気まずさはない。空を眺めると夜空が広がり、月が輝いていた。俺たちはしばらくの間、二人で夜の公園を照らす月を眺めた。月明かりは世界を覆うヴェールのように俺たちを照らし、まるでこの世界に二人きりであるように思わせる。だがその世界には且つて見た醜悪なものは何一つなかった。


 ───時は遡り、学校の物置室、もうクラスメイトの多くは帰り部活に精を出すものくらいしかいない。そこに伊集院はいた。境野たちと別れて定時連絡のために戻ってきたのだ。

 「なに……ッ!?」

 「ひっ!な、なんなんのよ突然……ほ、報告に不満があるの……。」

 突然、無線機の男が驚嘆の声をあげる。普段どおりの報告をしたのに何が気に入らないのか。

 「馬鹿な……私が……何があった……?」

 伊集院は察した。早速、境野がやってくれたのだと!我ながら自分の魅力が恐ろしい。私の虜となった境野は私からの甘い誘惑、ご褒美を得るためにこうも早くにこいつの正体に近づきそして恐らくは……口角がつり上がる。私と初めて戦った時と同じようにきっと凄く酷い目に合わせたにちがいない。いけない、声が漏れそうだ。ここはカラオケルームではない。企みがバレては駄目だ。必死に笑いをこらえる。

 「ど、どうしたのかしら……?報告に不満でも……?」

 「……いやない。少し早いが報告はもう良い、少し用事ができた。」

 焦るように無線機の男は回線を切った。(やったぁ~~~~!!)伊集院は気取られないように心の中でガッツポーズを決める。涎が垂れてきた。本当に期待以上の働きをしてくれた境野には感謝をしなくてはならない。だが少し思い詰める。そういえば境野は変態趣味だった。これだけのことをしたのだ、きっと自分は明日、とんでもないことを要求……。

 生唾を飲み込んだ。帰りに伊集院は念のため薬局に寄る。あぁ自由のためとはいえ不潔なケダモノの毒牙にかかることになるなんて……妄想は加速し悶々とした夜を過ごしたのだった。


 ───男は複雑な心境であったのは事実だった。最早伊集院などどうでもいい。先程、自分の分身の多くが消滅、そして情報が流れてこないということは一瞬にしてやられたということだ。このような芸当が出来るのは自分と同じく陰陽か修験道かあるいはバテレン?ともかく術師の類か、超強力なアタッチメント……そして亡霊の仕業か。

 分身の行動を洗うが消滅した数が多すぎて特定できない。では手詰まり……ではあるのだがこれだけ大きなことをしたということは犯人の推察が可能だ。即ち手を下したのは亡霊である。そして消滅した分身はみな、伊集院のいる街に派遣していたものたちだ。亡霊は伊集院のいる街にいる。

 「とうとう尻尾を掴んだぞ、ああ……これまで長かった。」

 ここから先は化かし合いだ。どちらが先に相手の正体を見つけるか。だがそういう勝負ならこちらの方が一日の長がある。男は全ての分身を解放してこの街へと集中させる。全ては亡霊を見つけ出し、目的を果たすために。

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