軋む心、揺れる眼差し
カラオケルームに案内される。このカラオケ店はセルフサービスで飲み物は勿論、食事も自分で取りに行く方式なので事前に飲み物も忘れてはならない。室内はカラオケらしく薄暗く、若干狭い。
「カラオケに行こうって言ったのはお前なんだし、お前から歌えよ。」
高橋は伊集院にマイクを手渡そうとするが、伊集院は受け取ろうとしなかった。
「なんで歌わないといけないのよ、バカなの?」
「よし、お前が喧嘩を売りたいのは分かった。ちょっと外に出ろ。」
青筋を立てて立ち上がる高橋を必死に食い止める。しかし伊集院も本当にいい加減に刺激を与えるようなことを言わないで欲しい。そんなことを思っていると伊集院は突然笑い出した。あまりにも清々しく笑うものだから高橋は気が抜けたかのように呆然としている。しばらく笑い続けた伊集院は笑い疲れたのか息を切らしつつ、ようやく声を整える。
「ふぅ、あぁ、こんなに笑ったのは初めてだわ。本当に素敵な気分。ここならあいつの耳には届かないんだもの、思いっきり私を曝け出せる、なんて素敵な場所なの!」
伊集院は話を続けた。何故か無線機のあいつに俺たちのことが知られていないということを。そしてそれは恐らくここでの話はあいつに聞かれないのだと推測したようだ。
「ふ、ふふふ……でもそうね、分からなくもないわ。防音室にダミーの監視カメラ、セルフサービス……まさかケダモノどもが盛り合うようなところが私にとって安息の地になるなんて。」
盛り合うってどういうことだよと高橋は食いかかる。伊集院はそれに対して悪戯っぽく笑い、あなたたちも知っていて利用していなかったの?と含みを持たせる言い方ではっきりとしない。
「ともかく、あいつを倒すための一歩ができたということなのよ。こんなに素晴らしいことはないでしょう?」
そして伊集院はノートを取り出した。あいつを倒すための作戦会議をするというのだ。だが俺たちは亡霊に手一杯なわけで伊集院の言うあいつは優先順位が落ちる。亡霊のことは説明するわけにはいかないので、それを省き協力はしないことをやんわりと伝えた。途端に伊集院は取り乱した。
「な、なんでよ……!わたしが助けを求めているのよ!普通美少女の助けには応えるのが男というものでしょう……!」
「いや……だって俺たち……なぁ……?」
亡霊のことは説明できない。アイコンタクトで高橋と夢野を見る。意図を理解したのか二人とも頷いた。それを見た伊集院は身体を震わせて更に取り乱した。
「な、な、なんなのよ!なんであんた達、目で会話してるの!いつの間にそ、そ、そんな関係だったの!?わ、わかったわ……そういうことね……このケダモノで卑怯者……ッ!」
何を思ったが突然、伊集院は服を脱いで、俺に迫りだした。狭い空間を器用に動き、俺は逃げ場を失い追い詰められる。
「こうして欲しかったんでしょう?あくまで自分の意思で身体を捧げた体にして、良いわあなたのその姑息で卑怯で薄汚い策略に乗ってあげるわ、でも私の身体を汚しても心までウゴッ!」
後ろから高橋が赤面しながら伊集院の首根っこを掴み引っ張る。伊集院は汚いうめき声をあげてテーブルに額をぶつけた。
「お前、何やってんだこのバカ!つーか盛り合うってそういうことかよ!?」
「な、なにするのよこの不良!邪魔しないでよ!わかったわ、あいつの寵愛を受けるのは私だけだとかいう嫉妬心ね!ふざけないでよ、わたしは泣く泣く身体を醜いケダモノに捧げた悲劇のヒロイ、んごっ!」
最後まで言う前に更に一発、高橋が顔を真っ赤にして伊集院を殴りつけた。更に追撃をかけようとアタッチメントまで展開しだす。店が壊される前に俺は全力で高橋を引き止めた。
「離せ境野!こいつは殺す!絶対に殺す!!」
暴れまわる高橋を羽交い締めにしていると、伊集院が立ち上がった。片手にはナイフを握っている。
「ふ、ふふ……境野はわたしの味方みたいね、そりゃああんたみたいな不良とわたしみたいな美少女、天秤にかけるまでもないじゃない。」
「お前もいい加減にしろ!」
ナイフを手に当てようとするその瞬間俺は手のひらを伊集院に向けて衝撃波を放つ。衝撃波は伊集院の胸部に直撃し吹き飛ぶ。ナイフが手から離れ部屋に転がり落ちた。
「ちょっと何なのよ、これ。」
伊集院が気が付いたときには両手が縛られ身動きがとれない状態にされていた。変な行動をとらないために仕方ない処置だ。
「どうしてよ!何でもするからわたしに協力してよ!や、やっぱりわたしの身体は夢野みたいに魅力的じゃないから駄目なの……。」
伊集院は夢野を睨みつけた。夢野がビクッと反応する。
「いや、その夢野の身体は関係ないし、そういう関係じゃないからな伊集院?」
俺は真っ向から否定するも、伊集院は普段から抱き合ってるくせに今更何言っているのよとヒステリックに叫ぶ。それはまぁ……確かにそうなんだが、そうではないと必死に説いた。今までの俺たちのやりとりを思い出してほしいと。伊集院の考える下衆な関係に見えたのか、俺がそんな表情をしていたのかと真摯に訴えた。
「確かに……あれだけ夢野に胸を押し付けられたりしてるのに、鼻の下ひとつ伸ばしてなかった……そうか……そうなのね、分かったわ。」
ようやく理解してくれたようだ。これで冷静に話し合いができる。
「あなたマニア趣味なのね!わたしのような未成熟な体格の女性が好みの!」
「マジか境野!?」
何故そうなるのか。そして高橋も一緒になってこちらに疑念の目を向けないでくれ。俺の嘆きを知らずに伊集院は勝ち誇ったかのように得意げな顔になった。
「ふふ……なるほど……?つまり私のような美少女に相手されるのが恥ずかしくてついつい奥手になってしまうと……分からなくもないわ。あぁごめんなさい。思春期の男子の気持ちを全然考えないでこんな罪深いことをしてしまった私が悪いわ……いきなり押し倒すなんて刺激が強すぎるもの。」
俺はため息をついて天井を見上げた。話が通じない。一体俺は伊集院と何を話せば会話が成立するのだろう。このまま黙っていては高橋や夢野にロリコン認定されてしまう。というか今も首根っこを掴まれて嘘だよな?と高橋に詰め寄られている。後ろで勝ち誇った顔でニヤついてる伊集院が普通にいらつく。
「あ、あの……境野さんはそんな趣味の人じゃないです……。」
突然、思いもよらぬ言葉に俺たちは振り向いた。夢野であった。
「ふふ、嫉妬はよしなさい夢野……所詮あなたは当て馬……私という名のサラブレッドのために用意された代役でしかないのよ。」
「境野さんは、ここ最近色々なことがあって疲れているだけです……伊集院さんが思ってるような人じゃないです……だからこれ以上いじめるのは、や……やめてください……。」
あんたが境野の何を知っているのよと強気に夢野に詰め寄る伊集院。夢野は口ごもり、はっきりとしない。ただ違います、違います、という言葉だけは何度もはっきりと伝えていた。俺は頭を冷やした。今するべきことは何か。亡霊のことは大事だが、手がかりがない今、伊集院に協力しながら足取りをつかむというのも可能ではないか。まずは話だけでも聞くべきではないか。そして何より、ロリコン扱いされようが、今更この二人が真に受けるはずがない。夢野は勿論、高橋だって嘘であることを前提に俺に確認をしていたではないか。伊集院の言葉に惑わされてはいけない。冷静に対応するべきだ。
「分かったよ伊集院、その無線機のあいつについて話を聞くから」
伊集院は得意げに席についた。俺は夢野に近寄り伊集院に聞こえないようにこっそりと感謝を伝えた。夢野は少し照れたようにはにかんだ。突然ガラスの割れる音がした。驚いて音のした方向を見つめると高橋のグラスが割れていた。
「あ……わりぃ。ちょっとグラス変えてくる。」
高橋は部屋から出ていった。
伊集院は高橋がいなくなったのをまったく気にもとめず説明をはじめた。無線機のあいつといつ関係をもったか。とあることで脅迫されているということ。そして無線機のあいつに総合能力試験のことを話したら俺に興味を持ったこと。
「いや待て、何でそれ最初に言わなかったんだ?それ俺もやばいじゃんか。」
今までの話を聞くに、その無線機のあいつに興味を持たれてもろくなことにはなりそうにない。伊集院は「ここじゃないとあいつに聞かれるんだから仕方ないじゃない」と流石に申し訳無さそうに答えた。俺は思い直した。ここで伊集院を責め立てるのは意味がない、しかしそれでは次に無線機のあいつがやりそうなことは何だ?仲間がくるといっていた。仲間とは一体誰なのか。サキと同じ日に学校に来た人間……誰だ。サキと一緒に登校したとき、違和感を感じたこと……思い出せ。何があった?
ドアが開いた。高橋がグラスをもって帰ってきたのだ。
「それで話せよ伊集院、なんなんだよ。」
伊集院は高橋がいない間に全て話をしたことを伝える。高橋は不機嫌になったが当たり前である。俺は今の課題を高橋に伝えた。無線機のあいつに狙われる可能性があると。
「……ふぅん、それじゃあ他人事じゃなくなったわけだ。境野はどう思ってんだ?その無線機に会いたいのか?」
会いたいか会いたくないかというと……会いたい気持ちのほうが大きい。伊集院には悪いが、高い情報収集能力を持っているのなら、亡霊のことも知っているかもしれないからだ。
会いたいかもしれないと答えると何故か伊集院が嬉しそうに答えた。
「わたしのためにあいつを倒してくれるのね!」
まぁ状況次第ではそうなるかもしれないが……。約束はできない。敢えてそれは口にしないが。
カラオケルームでの密談も終え精算をする。伊集院はこのあと用事(無線機のあいつへの定時報告のことである。)があるのでお別れねと言って帰っていった。日も暮れ始めているし俺たちも帰ることとし、帰路へと向かった。
「……なぁ高橋、お前の家こっちだっけ?」
夢野と別れたあと俺たちは二人で歩いていた。家に向かっているはずなのだが高橋が離れない。
「実は二人で寄りたいところがあるんだ、遅くなるかもしれないけど良いか?」
珍しくしおらしい態度で高橋は俺にお願いをしてきた。きっととても大事なことなのだろう。俺はスマホで少し遅くなるかもと母さんに伝えて、高橋についていった。
二人で繁華街を歩いていた。日は暮れてネオンライトが灯り柄の悪そうな者たちが彷徨い出す。一体どこに連れて行く気なのだろう。この先は風俗街へと続く。学生服で歩くには危険な場所だ。俺は高橋に声をかけようとすると突然、腕を絡めだす。
「あたしとこういうところを歩くのが……いやか?」
何だこれ。何が起きているのだ。心臓の脈拍は上がり、困惑した気持ちのまま風俗街の奥へと連れて行かれた。
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