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練習を始めて三日。
翔太が放つシュートは、徐々にゴールを捉えるようになってきていた。
半透明に映される、立体映像のフォームの動き。
腰をかがめ、添えた手に置かれたボールが空中で弧を描くまで。その一連の流れは水の流れのように淀みがない。
それに重なるように翔太は立ち、自分の体でもその流れを再現をする。記憶には焼き付いていても、体には染み付いていないその動き。流れだけはなんとかトレースできるよう、体は戻ってきたようだ。ただ、それでもボールは正確にはリングの中を通ってくれないようだった。
「お疲れ様」
岬が庭に出てきて、タオルを渡してくれる。
「ありがとう」
タオルを受け取って、リビングへと戻りながら汗を拭く。
「で、運動不足は解消できそう?」
「まあ、ぼちぼちかな」
「別にそんな切り詰めなくてもいいんじゃない? ちょっとは不恰好でも……」
「そんなことも言えないさ」
朝食を終えた後、2階のデスクの椅子を周り、翔太は朝かけていたデバイスをそのまま使う。目の前には、朝見ていたシュートフォームの姿は現れない。代わりに現れるのは数字とグラフ。翔太の会社で開発している、ARアプリケーションのユーザー数の推移の資料だった。
「すまん、遅れた」
「いえいえ。大丈夫です。では早速……」
そうして、目の前の広い空間に表示された、拡張現実の資料の中を歩いて、見て回る。
「創業してから10年、やっとここまできましたね」
「ああ、ここまで使ってくれている人がいるとはな」
翔太と話している相手、
二人で大学卒業とともに立ち上げた会社は、今となっては社員が100人程度まで大きくなっている。創業期は過ぎ、今も成長を続けている。スポーツ練習に特化した、立体映像を蓄積、分析するサービスを展開するベンチャー企業だ。
朝の練習で使っているアプリケーションも、ベースは会社で開発しているアプリを翔太自身が改変したアプリだ。昔の撮りためたデータをこちらに移植して、再生して使っている。
「では以上かな。とりあえず、今月はこのまま新機能の開発に集中して……」
ミーティングの終わり、そう言いかけた翔太はついあくびをしてしまった。
「なんか、翔太さん、今週すごい眠そうですけど? 夜更かしですか?」
「いや、逆。早起き。ちょっと朝、運動を始めたんだ。バスケの練習をさ。息子に言われて」
「翔太さん、バスケずっとやってましたもんね。あ、奥さんもバスケ部じゃなかったでしたっけ?」
「そういえば、お前は知ってるんだったな」
妻の岬。彼女と出会ったのも高校時代。彼女もバスケ部だった。
シュートが下手でいつも監督から指摘されていた翔太は、部活が終わった後も、夜遅くまで体育館で練習することが多かった。その翔太と同じように、近くで別のゴールに向かい、ずっとシュートの練習を欠かさなかった彼女。
体育館で一緒に過ごした時間は、自然と二人の仲を近づけていった。
とはいえ、彼女は翔太とは違って下手で居残り練習していたのではない。ストイックなだけだ。彼女は高校では、部活のエースの選手だった。自分とは違うその姿、いつでも試合の最前線にいる彼女。
その姿に励まされてか、翔太も毎日欠かさず練習をしていた。
「では、また定例は来週のこの時間に。少し直近のアップデートの方で問題があったみたいで明日あたりに開発チームのメンバーから相談があるかも、とのことです。少し見てやってください」
「わかった」
「明日からまた忙しくなると思うので、今日はこの辺で切り上げてください。お子さんもいるでしょうし」
「ああ、すまないな。ありがとう」
ミーティングを終え、本日の重要な仕事はこれで終わりかと、翔太は視界の右上に表示された時間を確認した。まだ17時ちょっと過ぎ。食事まで少し時間が空いている。航輝も今日は塾に行っているので、もう少し帰りも遅いだろう。
それであれば、少しでも練習をしておこう、と翔太はそのままデバイスをかけたまま、一階へと降りていった。
「大学1年 6月22日 1on1」
そう言って表示されたのは、昨日までのデータと少し違い、二人の透明な姿だ。ディフェンスを想定したシュートの練習とその動き。岬と二人、誰もいなくなった大学構内のコートで、確かスマートフォンを三脚に設置して、撮影したような気がする。
半透明なオフェンスが、半透明なディフェンスを掻い潜る。
フェイントを織り交ぜた動きで、おりかえし、ディフェンスの右へと抜ける。ディフェンスの体制が立て直される前に打たれたシュートはリングを正確に捉え、ゴールに収まった。
そのまま、立体映像のデータは同じ動きを繰り返す。そのデータを見て、翔太はオフェンス側の映像に自分自身を重ね、構える。今見た動きを思い出すように、同じように目の前の半透明なディフェンスの右へと折り返す。
が、どうにも体がついていかなく、一歩データより動きが遅れてしまった。
そのまま追いかけるようにシュートの動きに入るが、焦ってしまったためか、ゴールを捉えることはできない。ボールは不自然な軌道を描き、バックボードの横を抜けていってしまった。
「中々、再現するのは難しいな……」
そうして、また再生が開始され、止まった記憶のように繰り返すデータを見て思う。
今思うと、あまり上手とは言えなかったバスケを大学まで続けられたのは、彼女のおかげでもあったのかもしれない、と翔太は思い返した。
だからこそ、航輝には不恰好なバスケは教えられない。
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