Layer Throw -織り重ねたシュートフォーム-

蒼井どんぐり

1

 国城翔太くにしろしょうたは自宅の庭にあるバスケットコートに立っていた。小さなハーフコート。目線の先には透明なガラス。彼はグラス型のデバイスをかけている。その視界には、幽霊のような半透明の学生姿の人が写っていた。


 若々しい姿のその幽霊が綺麗なフォームでフリースローを決める。その姿を見て、トレースするように翔太はシュートを放った。最近仕事にかかり気味で、一日中机に齧り付いていた体は、理想とは程遠い動きをした。歪な弧を描いたボールはリングにかすりもせずに、無慈悲にバックボードに跳ね返される。

 コートの外に転がっていくボールを、翔太はため息をつきながら追いかけた。


「やっぱりだいぶ訛ってたよ」


 早朝の光が照らすコートからリビングに戻りながら、翔太はかけていたグラス型のデバイスを外しながら言う。


「だってもう何年振り? 最近、運動もまともにしていなかったじゃない?」


 リビングの奥のキッチンスペースから、翔太の妻、みさきが苦笑しながら返す。彼女は朝ごはんのプレートを両手に持ちながら、テーブルの方に向かってきた。


「別に上手にできなくたっていいんだから。気にしないでもいいのよ」

「いや、うん。それはそうかもしれないけど……」


 翔太は岬からプレートを受け取り、テーブルに並べる。


「おはよー」


 そんな話をしていると、息子の航輝こうきが起きてきた。航輝はもう小学3年生だ。


「おはよう。早いじゃない。ほら朝ごはん、ちょうどできたところ」

「うん。なんかうるさいなと思って」


 そう言い、航輝が目を擦りながらテーブルについた。

 その言葉を聞いてドキッとしたが、大丈夫。あの練習は航輝にはバレてないみたいだ、と翔太は胸を撫で下ろした。


 朝食はスクランブルエッグとソーセージ、プチトマトのサラダ。それにパン。いつも通りの食卓を囲んでいると、航輝が目が覚めたかのように声を上げた。


「で、やっぱ教えてくれる気になった?! バブケッ!」


 ソーセージを頬張りながら、航輝が輝いた目で翔太を見据える。


「こら、食べながら喋らない。あと、お父さんだって忙しいって言ってたでしょ」


 苦笑いで返答ができない翔太に変わって、岬が助け舟を出した。


「ちぇー、わかったよ。でも早く、みんな上手くなってるから」

「ああ、わかってるって。来週からちゃんと教えてあげるから」


 拗ねてしまった航輝に言い訳をする様に翔太は慰めた。


 朝食を済ませ、元気に学校へと向かった航輝を見送り、リビングへと戻ると、岬がテーブルの食器を片付けていた。手伝うように一緒にそのお皿を片付ける。


「仕事、大詰めなんでしょ? 忙しいのに、色々任せてしまってごめんね」

「いいって。それこそ、運度不足を解消するいい機会でもあるしさ」


 翔太は昨日のことを思い返す。


 学校から帰ってきた航輝から「運動会でバスケをやることになった!」と聞いた時は、おお、懐かしいなと言う思いと、やはり似ているんだな、という気持ちが込み上げてきた。

 ただし、問題はその後のお願いだった。


「お父さんってバスケ部だったんでしょ? バスケ教えてよ!」


 その一言聞いて、翔太はとても困った。岬の方を見ても、なんて言おうか迷っているようだ。確かにバスケ部だったが、もう何年もやってはいない。そんな自分に今更上手く教えることなどできるのか。

 とはいえ、いい機会でもある。


「うーん、よし、お父さんが教えてあげよう。でも少し待ってくれるか? ちょっと最近仕事が忙しくて……。 来週とかにしような」


 そうして、その場ではうまく誤魔化して猶予を得たが、つい来週と言ってしまった。時間はあまりない。そうして今日から始めたのが、「学生時代のデータ」との練習だった。


 次の日の朝。

 翔太は、また早朝4時に目を覚まし、昨日と同じくまだ暗い自宅のコートに立った。頭にかけているグラス型のデバイスの電源を入れると、目の前に、


「––– Memory Folder –––」


 と文字が表示される。グラス型のいわゆるARデバイスは翔太が大学生の頃から徐々に普及が進んでいた。

 スマートフォンでも使えたアプリケーションとも互換性もあるデバイスだ。だからこそ、このデバイスには "学生時代から撮りためた" のデータがたくさん残っている。あの何度も練習した日々。


「高2、フリースローの練習」


 そう声で翔太が呼びかけると、グラス型の面に映るコートの周囲にいくつかの学生時代のデータが立体映像として映し出される。それは全て、フリースローの動きをひたすらに繰り返していた。昔の頃のままの姿を見て、翔太はとても懐かしさを感じる。

 翔太がそのうちの一つの映像に手で触れると、他の姿は消えた。


 高校時代からバスケを始めた時の翔太は、同時にこの技術に魅せられていた。

 だからこそ、この技術、AR(拡張現実)を使って「シュートフォームの確認やトレース」をする。そんな新しい練習方法を先んじて実践して、周りのバスケ仲間に何度も勧めたりしたものだ。

 そうして、毎日のように練習の様子を撮影して保存していたことを思い出す。その毎日のデータが今、このデバイスに立体映像としてたくさん残っている。今の仕事をしているきっかけも、この時の経験が原点だ。


 グラス越しに浮かぶその姿は、フリースローのシュートを何度も繰り返すように再生されている。


 この頃は、ともかく愚直に反復練習して、同じような動きでも何度もデータを撮影したっけ、なんて思い返しながら目の前のデータのに重なるよう形で、構え、シュートを放つ。

 だが、ボールはリングに届かず、その手前に悲しく落ちていった。


「まあ、まだまだすぐには、届かないよな」


 なんとか、来週には約束を果たせるレベルにはシュートを決めれるようにならないと。

 翔太は自分に発破を掛けるように心に誓った。

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