像な僕

えのき


 僕は背景だ。


 僕にはこれといった特技もなく、学力も凡人で、コミュニケーション能力なんて皆無と言っていい。走るのだけが少し早くて、五十メートルは七・三秒。とはいえ、足が人より少し早いからって目立ったりしない。そんなのは小学生までだ。


 中学校では、教室の隅で静かに眠り込んでいた。周りががやがやと話したりしている中、僕は教室にあるオブジェクト。楽しくお喋りしている人達が、この空間を牛耳っているように見えていた。


 だから、僕は高校から必死で自分を飾り立てた。少しでも目立とうと、喋り方も変えて、髪も流行りのものにする。そうすると、僕の周りが少しずつ賑やかになった。ようやく、僕は教室の背景から抜け出せたのだ。


「今日何するよ? あそこの店で服買うか?」


「いや、腹減ったからマック行こうぜー」


「……そうだな」


 眠るだけの像だった僕が、今では友達と呼べる人達とがやがや騒いでいた。帰りにはマクドナルドに寄って、みんなで食べる。


「どうしたよ?」と隣にいた友人が話しかけてくる。ぼくはただ「なんでもねーよ」と答えた。


 何だろう。心が全く喜んでいない。


 話しかけてきた彼は、ふーんと相槌を打った後、前の友人たちに話しかけにいく。僕はうなずいたり、軽くツッコんだりするだけで、今日は特に何もしなかった。


             *****


 休日にみんなで遊びに行くことになった。

 

 アトラクションに乗って、ご飯を食べ、休憩がてらベンチでゲームをする。そんな感じで、休日は過ぎて行った。


 帰り際、みんなでトイレに行って、僕は腹痛がしたので個室に入る。そこから出た時には、既にみんなはいなくて、僕も急いでトイレから飛び出しが、前にも誰もいない。僕は電話をかけた。


「あ、わりー。気付かなかった。今からそっち戻るわ。ほんとごめんな」


 友人は少し焦ったように謝りながら、通話を切る。

 

 今まで心に引っかかっていたものが、するすると落ちて行った。ああ、そうか。抜け出せていたと思い込んでいたのか。


 やっぱり僕は背景だった。

 

 高校になって変わったのは、背景の種類。教室の背景から、友人たちの背景になっただけだったのだ。


 その日から、僕は自覚しながら友人たちの背景を続けた。


             *****


 学年が一つ移動し、クラス替えというものがあった。背景としての僕が、少しだけ変わる。


 今までの友人たちとは、クラスが離れてしまった。今度はどこの背景になろうか考えていたところ、隣の女子が僕に話しかけてきた。去年も同じ教室にいた子だ。


「ねぇ、君。今日の放課後空いてる?」


「うん、まあ」


 僕が曖昧に返すと、「じゃあ、五時に北口に来て」と言われた。言い終わった後、すぐにこちらを見ていた女子たちの方へと駆けていく。


「いくら健のことが気になってるからって、あいつに頼らなくてもいいんじゃない?」


 その子に向かって、真ん中の女子がそう言った。やはりそうか。でも、背景の僕に頼るのは当然のことであって、正攻法と言える。


 一応時間通りにそこに行くと、案の定あの子がいる。僕は「どうしたの?」と尋ねると、


「私、君のことがずっと気になってたの。だから、付き合ってくれないかな?」


「……は?」


 決めていた返す言葉が全ておじゃんになった。それどころか、状況を理解するのに時間がかかる。少し経ってから、「でも、君は健のことが好きなんじゃないの?」と聞くと、彼女は「それ、嘘だから」と頬をかきながら答えた。


 そうか。この子は僕を見てくれているのか。


 ようやく、動かない像からキャラクターになれたんだ。もう僕の答えは決まっていた。


「僕でよければ、よろしくお願いします」


 背景に溶け込んでいた僕を引っ張り出してくれた君のために、僕は君だけの像になろう。

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像な僕 えのき @enokinok0

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