眠る真相

きりんのにゃーすけ

眠る真相

 教室に入るとクラスのみんながザワザワしていた。


「開かないね」

かぎどこー?」

「昨日は開いてたよね?」

 みんなは、どうやら困っている様子だった。さわぎの中心には卒業の記念に埋める予定のタイムカプセルがあった。


「おはよー、蒼真そうまくん。あれ、その指どうしたの?」

 勇樹ゆうきくんは、僕の右手の人差し指の絆創膏ばんそうこうに気付いて、心配そうな表情を浮かべている。


「おはよー、勇樹くん。これ、いつの間にか怪我けがしてたんだ」


「そうなんだ、痛そうだね」


「もう血も出てないから大丈夫だよ。ねえ、みんなザワザワしてるけど、どうしたの?」


「タイムカプセルが開かないんだって」


「あれ? タイムカプセルと一緒に鍵もあったよね?」

 

「その鍵が見当たらないんだって」


「えーっ!」


 タイムカプセルに入れる予定の"夢"や"10年後の自分へ"は、昨日先生から考えておくよう言われたばかりで、みんなこれから書き始める。それなのに鍵が閉まっているのはどうしてだろう。


 昨日か今日に見た夢をふと思い出した。

「そういえば……」


「どうしたの?」

 小さくつぶやいたつもりだったが、勇樹くんに聞こえてしまっていた。

 

「昨日だったかな、今日だったかな、誰かがタイムカプセルに鍵をかける夢を見た気がする」


「すごい! それってもしかしたら、予知夢よちむってやつじゃない?」

 勇樹くんは、とても興奮こうふんしてみんなに聞こえるくらいの大きな声を出した。


「今の声、勇樹くん?」

「なにー?」

「何かあったの?」

 タイムカプセルに夢中だったみんなが、勇樹くんの大きな声にびっくりして、一斉いっせいにこちらを見た。


「みんな聞いてよ! 蒼真くんが鍵の場所を知ってるって!」

 勇樹くんは楽しそうに、また大きな声を出した。鍵の場所を知ってるとは言っていないのに、知ってることにされてしまった。


「蒼真くん、鍵がどこにあるか知ってるの?」


「知ってるって言うか、夢で見たんだよ」


「夢?」

 

「うん、誰かがタイムカプセルを閉めて、そのあと鍵をどこかに置いた夢を見ただけなんだよ」


「ね、予知夢みたいじゃない?」

 勇樹くんはまだ盛り上がっていた。


占い師うらないしみたい!」

探偵たんていみたいじゃない?」

「探偵、かっこいいね!」

予知夢よちむ探偵たんてい!」

「なにそれ、かっこいい!」

 勇樹くんだけでなく、みんなも盛り上がって話がとても大きくなってしまった。かっこいいなんてあまり言われないから、恥ずかしくも嬉しい気持ちになった。


「予知夢探偵の蒼真くん、鍵はどこにあるの?」

 勇樹くんが聞いてきた。


「え、あー……。それはまだ思い出してないんだ、ごめん」


「じゃあ、夢に出てきた誰かって誰のこと?」


「それもごめん、思い出せてないんだ……」

 僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。はっきりと思い出せれば解決かいけつできるかも知れないのに。


「なんだぁ、結局けっきょく、何もわかんないままじゃん」

 どこからかあきれた様な声が聞こえてきた。


「……そうだね、ろくに覚えていない夢の話なんかしてごめん」


「蒼真くんは悪くないよ! 僕が一人で盛り上がっちゃったから……ごめんね」

 そうだそうだ、と思いながらもかばってくれた勇樹くんがとても心強かった。


「ううん、勇樹くんは悪くないよ。もしかしたら思い出せるかもしれないから、夢の中の誰かの行動をトレースしてみる!」


「トレース?」


「うん、なぞる……って意味らしい、テレビでやってた!」


「探偵っぽくて、かっこいい!」


「へへ、じゃあ、トレースしていくね」

 教卓きょうたくにあるタイムカプセルに近づき、夢で見たように錠をかける振りをした。そこから先を思い出そうと目を閉じた。


「……見えた!」


「見えたって?」

「わかったってことかな?」

「本当にー?」


 みんなが思い思いに言葉を発している中、僕は思い出したことを忘れないうちに


「夢の中の人は、鍵を持ったまま、教室の後ろのロッカーの方に歩いて行った」

 僕はそれを辿たどるように、後ろのロッカー前まで歩いた。


「そのあと、ロッカーの横にあるフックに鍵を掛けた」

 ロッカーの横を見ると、鍵の掛かっていないフックだけがあった。


「鍵、ないね」

「フックはあるけど」

「予知夢探偵は偽物にせものだったか」

「ふりだしに戻ったね」

 みんな残念ざんねんそうだったり、あきれたりして好き勝手言っている。


「みんな待って、まだ続きがあるよ。掛けた鍵が指に引っかかって飛んで、そこの水槽すいそうに入った」


 みんなは僕が指をさした水槽を、るように見ている。

「どこにあるの?」

「本当にある?」

「どれどれ?」

 

「あーっ、水槽の中に鍵があった!」

 水槽を見ていたうちの一人、幸人ゆきとくんが嬉しそうな声でさけんだ。良かったと思う気持ちと、自分でも信じられないおどろきが同時にいた。


「本当だ」

「すごい!」

「予知夢探偵は本物だった!」

「蒼真くん、かっこいい!」

 さっきの残念そうな声と違い、みんなの声がとても明るい。れくさいけど、うれしい。


「蒼真くんすごい! 鍵見つかってよかった!」


「ありがとう、勇樹くん!」

 自分の事のようにとても嬉しそうにしている勇樹くんを見て、僕もすごく嬉しくなった。


「鍵、取れたよ、蒼真くん。タイムカプセル開けよう!」

 幸人くんが水槽から拾った鍵を僕に渡してきた。


「ありがとう、でもどうして僕に?」


「蒼真くんが見つけたんだから、蒼真くんに開けてもらうのが良いかなって!」


「そうだね」

「早く早く」

「何か入ってるのかな?」

 みんなの視線しせん期待きたいが僕に集まって来た。今まで経験けいけんしたことのない高揚感こうようかんおぼえた。


「わかった! じゃあ、開けるよ!」

 錠に鍵を差し込んで回すとカチャっと小さな音がった。ワクワクしながら、タイムカプセルのふたをゆっくり開く。


「あれ、何も入ってない……」


「えー、何もないの?」

「誰かのいたずらだったのかな」

「なーんだつまんない」

 みんなも期待外きたいはずれだったようで、がっかりしている。


「でも誰がやったんだろうね」

「うん、それ気になるね」

「やった人、手挙てあげてー!」

「予知夢探偵さん、誰がやったのかわからない?」


 もし、誰がやったのかまで解ってしまったら、僕の見た夢が原因で、友達がイヤな思いをしてしまうかもしれない、そんなのはダメだ。

「うーん、さっきから思い出そうとしても思い出せないんだ、ごめん。鍵が見つかったから解決ってことじゃダメかな?」


「思い出せないなら仕方ないね」

「鍵は見つかったもんね」

「蒼真くんすごかったね!」

「そろそろ朝のホームルームの時間だよ」

 みんなは、タイムカプセルの周りから、りに自分の席へと戻っていった。


 誰もイヤな思いをせずに済んで良かった、と胸をで下ろして自分の席に着こうとしたその時だった。バタバタバタと、ものすごいはやさで廊下ろうかを走る音が聞こえた。


「今日もだね」

かけるくんだよね」

「少し早く出てくればあんなに走らなくて済むのにね」


 音の正体は朝の名物、翔くんの遅刻ちこくギリギリダッシュだ。走る音が鳴りやむと同時に、いきおい良く教室の扉がガラガラバンッと開いた。


「おっはよー! 間に合った、セーフセーフ!」


「おはよう、翔くん。今日は少し余裕よゆうがあったね、5分前だよ!」


「おはよう、蒼真くん。はーぁ、苦しい。あ、そうだ、指は大丈夫だった?」

 翔くんはおでこの汗をぬぐいながら、僕の指を心配してくれた。


「指の怪我……これのこと?」

 右手の人差し指を突き出して、聞き返した。蒼真くんがどうして指の怪我のことを知っているのだろう。


「そうそう、血が出てたから心配だったんだ」


「これどこで怪我したか全然、記憶がないんだよね」


「えぇ……? ザリガニにはさまれてたじゃん」


「ザリガニに?」

 いつ、どうしてザリガニに指を挟まれたのか、全く思い出せない。


「やっぱり寝ぼけてたんだね。水槽に手を入れてたのは覚えてる?」


「全然覚えてない……いつ?」


「放課後、僕が忘れ物取りに教室に戻った時だよ!」


「放課後かー、ありがとう翔くん」

 どうして、僕が水槽に手を……。

 ああ、そうか……全てつながった。


 僕の推理すいりはこうだ。

 僕は一昨日、大好きな漫画雑誌まんがざっしを買って読みふけっていた。あまりにも楽しくて集中して読んでいたら、いつも寝る時間より一時間も過ぎていて、寝不足気味ねぶそくぎみになってしまった。

 しかも、昨日の午前中は、プールがあって友達と散々はしゃいでつかれていた。その上、お昼は大好きなカレーライスでおかわりもして、お腹はパンパン。おかげで午後の国語の時間は眠くて眠くて、船をがないように必死だった。

 国語の授業が終わり、帰りのホームルームの時間になったくらいから、保健室できず消毒しょうどくをしてもらったその間……僕の記憶はない。

 正確には、その間の行動を、夢に見ていたつもりになっていた。


 タイムカプセルに鍵をして、ロッカーの横のフックに掛け、それを誤って水槽に落とし、その鍵を取ろうとした。その指を、水槽の中のザリガニが挟んだ。

 犯人は、寝ぼけた僕だった!!


 ああ……、予知夢探偵とか言われて、調子に乗ってしまった。恥ずかしい、恥ずかしい!

 早くみんなに言った方がいいのかな、どうしたらいいのかな。


 悩んでいると、教室の扉がガラガラと開いて先生が入って来た。朝のホームルームが始まったけど、誰もタイムカプセルの事を先生に言わなかった。

 これからはプールがある前の日にはちゃんと早寝をして、給食が大好きなカレーライスでも程々にしておこう。

 そして、この事は"10年後の自分へ"に書いて、タイムカプセルから手紙を取り出した時、みんなに話そう。

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眠る真相 きりんのにゃーすけ @kirin_no_nyaasuke

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