犬
ぼくがその犬に気づいたのは店へと続く坂道を上っていると時だった。
ぼくの奇妙な知人――古美術商を営む坂道さんの店は、その名の通り坂の途中にある。店名も同じ。
傾斜が緩やかだとはいえ、距離は結構なもの。
その長い道のりを犬は最初から最後までずっとついてきていた。
犬とぼくの距離は大体3メートルほど。ソーシャルディスタンスに気にかけてくれている。
だけど犬はなぜぼくの後を着いてきているのか分からなかった。この道を通るたびにどこかともなく現れては着いてくる。近所の人に話しかけてもそんな犬は見たこともないという。ますます分からない。気配だけはちゃんといるのに。
ぼくは特に急ぐこともなくだらだらと坂道を上り続けていた。
犬は大人しくソーシャルディスタンスを開けてついてきている。
途中で一度だけ犬が唸るように鳴いた。その瞬間、背筋が凍るほどの寒気を感じたが、ぼくは振り向かなかった。
店内では坂道さんがにやにやと笑いながらレジスターに肘をついて座っていた。
「なにもなかったみたいやね?」
ぼくは適当なところに座りながら答えた。
「当たり前ですよ。アイツは悪い者やないのですから」
「その根拠は?」
「ぼくが昔飼っていた犬なんですから」
坂道さんはとぼけた顔でぼくを見た。
「……どういうこと?」
「一昨日死んだから、坂の上の霊園に引き取ってもらったんですよ」
坂さんは頷いた。
「確かに、アレが出だしたのは一昨日の夜やからやけど……おかしいな、ここらへんに霊園なんてないはずやけど」
「はい?」
「大体、坂の上は西洋館があるやろ」
そういえばそうだった。この町の坂は多くが山の手の西洋館に通じている。この坂だってそうだ。大事な観光地でもあるあそこに霊園なんてあるはずもない。
「君、騙されたんやね」
坂道さんは哀れむように言った。
それ以来、坂を上るたびに犬は静かにぼくの後ろをついてくる。
頭をなでることはできないが、バカな飼い主にはその資格がないのだろう。
この一件から、ぼくは坂道さんを頻繁に訪れるようになった。
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