寝室
ぼくの知人に古美術商をしている坂道さんという人がいる。
30過ぎても彼はのような生き方をしている半引きこもりな人だ。
店内は相変わらず歩きにくいほど商品で混雑している。片付ける必要はないのだろうか、テレビの特集番組で『ゴミ屋敷』を放送しているがまさにこのような有様だ。
ゴミ屋敷といってもすべてがゴミではなく多くは骨董品の類だ。一応は美術品など保管場所に指定されるなど一応は価値ある物も眠っているそうだ。
素人目に見ても価値なんてなさそうなガラクタで店が埋め尽くされていて正直不気味だ。品数だけはやたらと豊富なので、大繁盛とまではいかないものの、食べて行くには困らない程度に客はいるそうだ。
だけど、その品揃えのなかにいくら探しても見つからないものがある。その日のうちに購入したばかりのものが一晩で消えてしまうというものだ。坂道さんに問い合わせても生返事で交わされるだけで詳しくは聞けていない。
そんな気になっているある日のこと、坂道さんはある物を見せてくれた。
坂道さんはレジスターの下から直径15センチほどの箱を取り出してぼくの前に置いた。
箱の表面にはエナメル細工でできた小さなバラがたくさんついていて宝石箱のような見た目をしていた。
「箱?」
「箱やないよ。寝室やね」
坂道さんは人差し指で箱の側面を小さく2回たたいた。
「失礼します」
箱に向かってそう言ってから静かにふたを開けた。
箱の内側は赤い布が垂れ下がっていた。見るからに赤い布でそれを隠すようにソレはあった。
丸みを帯びた長方形の白い物体。すべすべした表面を見るに石こうでできているようだった。
箱の中は左右の側面にそれぞれ一つ、底に二つ、上に一つ、嵌めこむ穴のようなものがあった。
もっとよく見ようと覗き込んだ瞬間、強烈な吐き気を催(もよお)した。
次いで首筋に激しい痛みが走り、ぼくは椅子から転げ落ちた。
痛みは右手、左手にも現れた。斧で何回も叩きつけられるかのようだ。だけど目を凝らしてみてもそのようなものは見えない。というか店の中にはぼくと坂道さん以外だれもいない。いないはずなのに誰かにやられているみたいだった。
そうしているうちに両足も痛み出し、立つことはできなくなった。
痛みでのたうち回るぼくを尻目に坂道さんは箱の中へ向けて小さく呟き、静かに蓋を閉めた。
痛みは急に消えた。床に転がったまま呆然とするぼくに坂道さんはため息混じりに言った。
「君がじろじろ見るから、客やと思ったみたいやね。ちゃんと言うといたから、もう大丈夫やよ」
「……なんなんですか、いまのは……」
首をさすりながら椅子に腰かける。
「彼女はウチ(店のこと)が気に入っているから出て行きたくないん」
「彼女?」
坂道さんは箱を大事そうに布で包み込み、レジスターの下へと元の場所に戻した。
「そう、嫉妬深くて執念深くて、おまけに自分にパーツがないのを気にしているから新しいものを仕入れてもすぐに自分のものにしてしまうから、ウチじゃもう扱わんことにしとるねん」
「それってつまり……」
ぼくは姿見を見た。首にべったりと赤く塗られたものが見え、背筋がぞっと凍えた。
救急箱から傷薬と包帯を取り出した坂道さんは思い出したように言った。
「彼女が君のことが気に入ったって」
即座に断ったのは言うまでもない。
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