勇者さま……私の声が聴こえますか?
新巻へもん
旅立ち
「……さん。聞こえますか。私は今直接あなたの心に語りかけています。ああ、良かった。ちゃんと届いているようですね。突然のことに驚いているでしょう? そうですよね……。目覚めたら見知らぬ場所にいれば当然です。色々と聞きたいことがあるんじゃないでしょうか? えーと、どこからお話したらいいのか……」
「まずは自己紹介からさせて頂きますね。私はレオーネ、王女にして召喚士です。いきなり声が聞こえたと思ったら、次に名乗られても困惑しますよね。突然に王女とか言われても、信じられない。その気持ちは分かります。ただ、その点は一旦脇に置いてください。大事なお話があります。……正直に言いますね。あなたが今このような状況になっている原因は私です。異世界から召喚しました」
「……ごめんなさい。とても迷惑ですよね。あなたから困惑と僅かな怒りの感情の放射が感じられますもの……。でも、これにはよんどころない事情があるのです。聞いて頂けますか?」
「私たちの国は魔王の侵攻を受けて滅亡の危機に瀕しているのです。私たちは聖地ファーラに籠って抵抗を続けていますが、もう長くはもたないでしょう。ファーラには二重の防壁があるのですが、残念ながら外側の壁はもうすぐ落ちます。最後の壁が破られたら、私たちはおしまいです。そこで私が古文書に遺されていた秘法を行使しました。以前この世界を救った伝説の勇者の血を引く王家の者だけが行使できるものです。それは遥か彼方の異世界から、魔王を打ち破る力を持つ勇者を召喚するものでした。私たちはまだ幸運には見放されていなかったようです。難しい儀式でしたが秘法は成功しました。ここまでお話すればお分かりですね。そう、あなたがその勇者なので……」
「んんっ。ごめんなさい。儀式の長い詠唱の後のせいでうまく声が出せませんでした。魔王軍の妨害も強くていつまでこの接触を保てるかどうか……。まずは急ぎお伝えしなければならないことをお話します。あなたの中には勇者としての素質が眠っています。けれど、その潜在能力はすぐには顕現するものではありません。あなたが勇者の力を遺憾なく発揮するためには、四体の精霊に力を引き出してもらう必要があります」
「まずは、その古き祠を出て太陽の昇る方角に進んでください。低い山々に囲まれた森の中の小さな湖に着くはずです。そこで第一の精霊の試練を受けることになります。常人には厳しいものですが、あなたならきっと乗り越えられます。自分の力を信じてください。そして、そこにたどり着くまでの道中でも多くの魔物が現れて行く手を阻むことでしょう。心配しなくても大丈夫です。あなたは勇者なのですから」
「……いくら勇者でも敵を打ち払う武器が無くてどうするのかとお考えですね。その懸念はごもっともです。もちろん徒手空拳で挑むなどということはありませんのでご安心ください。勇者さまと共に進む剣はその場所にあります。勇者さまの目の前にある石造りの祭壇に手をかざしてください。一歩進んで……さあ」
「剣を手に入れられましたね。とても懐かしい感じがするでしょう? 過去の勇者の記憶の断片が流れこんできたでしょうか? その剣は勇者さまの手に馴染むはずです。きっと剣を振るうたびに勇者さまの技量を引き出し、戦うごとにその扱いに習熟していくでしょう。精霊の試練に打ち克つと勇者さまの能力も伸びるのですが、その成長に合わせて剣の隠された力も引き出されます」
「慌ただしくて申し訳ありませんが、急ぎ出発してください。魔王もあなたの存在に気が付き動き出すはずです。その前に第一の精霊に会わねばなりません。今の勇者さまはまだ生まれたばかりのひな鳥のようなものです。成長する前に強敵に会えば苦戦は免れぬでしょう」
「常に勇者さまへ私の声を届けられればいいのですが、祠を出てしまうと恐らく聖なる力が及ばなくなります。魔王が邪魔をしているので聖なる力が及ばない場所には声が届きません。どうかご無事で。……ああ、そうでした。大切なことをお伝えし忘れていました。祠の脇に生えている低木に小さな赤い実がついているはずです。それを三粒だけ召し上がってください。そうすれば湖につくまで飢え渇くことはないでしょう。でも三粒ですよ。それ以上は……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます