君と僕との物語①
「あの、すみません。水星深彗という方はどこにいますか?」
「みずほし、しんせい……?え~と、その名前の患者さんはこの病院にはいませんね。別の病院じゃないですか?」
彩夏は病院の面会受付で深彗の病室を確認していた。
「え?そんなはずはないです。一昨日この病院に救急搬送されて入院したはずです」
「……でも、入院名簿にその名前で記載がないですね」
「失礼ですが、患者さんとのご関係は……」
「学校のクラスメイトです」
「ああ、そうですか。入院患者さんによっては、家族以外の面会を拒否される方もいますから……その場合、入院患者名簿に患者名の記載がありません。個人情報により面会を許された方以外に入院しているかどうかをお伝えすることができません」
「彼は無事ですか?それだけでも教えてください!」
「困るんですよ。先程お伝えしたように、教えるわけにはいかないのです」
「そんな……では、どうしたらいいのでしょうか……」
「一番確実なのは、本人かその方のご家族に連絡して確認してみてはいかがですか」
彩夏の顔が曇る。事故で携帯端末を破損した彩夏は、深彗と連絡をとれなくなっていた。
彩夏は、深彗がどこで暮らしているのか、親戚の家がどこなのかも知らなかった。
――私、深彗君のこと何一つ知らないなんて……
深彗の容体を知ることもできず面会も叶わない彩夏は、後ろ髪を引かれる思いで病院を後にした。彩夏は逸る気持ちを抑えきれず駆けだした。
――プッ……プッ……プッ……プッ……
規則正しい電子音は止まることなく一定のリズムを刻み、モニターに表示される基線はその形を変えることなく、直線と波形を繰り返し描く。
一定のスピードで滴下する滴は、窓から差し込む陽光に乱反射し煌めきを放つ。
美しく澄んだ瞳は長い睫毛に覆われ、青白く整った美しい顔立ちは人形の如く微動だにせず、ただそこに横たわっている。
「後藤先生、深彗君の連絡先を教えて欲しいのですが……」
「何だ?どうした?葉月」
「深彗君の連絡先を、親戚のお宅がどこか教えていただけませんか?」
「しん、せい?」
担任の後藤は
「先生、どうしたのですか?水星深彗君です……」
「みずほし?誰だ?うちにはそんな生徒はいないぞ。葉月、大丈夫か?お前こそどうした、事故の後遺症じゃないか?病院で診てもらった方がいいぞ」
「え?何を言っているのですか?おかしいのは先生です!クラスの皆に聞いてください」
「ね、ねえ、由実、深彗君のことだけど……」
「しん、せいって誰?」
「嘘でしょ、何言っているの、由実まで冗談はやめて……」
「あ、村田さん!村田さんは深彗君のこと覚えているよね」
「その人は誰?葉月さんの知りあいか何か?」
「え?村田さんまで……ね、これって、悪い冗談かなんか?もう皆やめて……」
「……葉月さん本当に、どうしちゃったの?あんな事故の後だから……無理しないでね」
――皆、どうしてしまったの?一体全体、何が何だか……
彩夏は隣の席に目を向けた。最初からそんな者は存在しなかったかのように、主のいない空っぽの席がポツンとそこに置かれていた。
だが、確かに一昨日までは彼はそこに存在していた。
しかし、深彗のことを覚えている者は誰一人居ないかった。
彩夏はこれまでの奇妙な出来事を振り返った。
だが、どれだけ考えたところで解決には至らなかった。
ただ家に戻りたくなかった彩夏は銀杏地蔵へ向かうことにした。
広場のブランコに腰を下ろすと銀杏の大木を見上げた。
ついこの間まで黄金色に輝く銀杏の大木は
――深彗君……あなたは今どこに行るの?私たちはここで初めて出会ってからいつも一緒だったよね……
「彩夏……」
すると突如、銀杏地蔵の大木の裏から深彗が姿を現した。
「深彗君!どうしてここに居るの?病院に入院しているのではなかったの?ああ、無事でよかった。やっぱり皆私を騙していたのね」
彩夏は深彗のところに駆け寄った。
深彗は、今にも泣き出しそうなとても悲しい顔をして彩夏を見つめた。
「君は、知らないんだね……」
深彗は冬枯れの寂しい銀杏の大木を見上げながらそう言った。
「知らないって、何のこと?」
「……彩夏、少し話そう……」
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