#05 滅びの魔女と呼ばれて
気が付くと、何も音のしない空間に倒れていた。
自ら剣で切りつけた首筋の痛みは無く、手で触ってみても血で濡れていることは無かった。
体を起こして見回すが、ただ灰色の空間が広がっているだけだった。
周囲には生き物の気配を感じることは無く、無音無臭の世界。
立ち上がってから、自分が何も身に着けていないことに気が付く。
「ここはどこなのでしょうか。 それに滅びの術式は上手くいったのでしょうか」
声に出して自問自答するが、答えなど分るはずも無く、考えることを止めた。
「兎に角、ここがどこか調べなくては」と改めて周囲を見渡すと、遠くの方に1点光っている場所があった。
考えるよりも先に、歩き出していた。
ただ黙々と歩き続けるが、体の疲れは感じず、空腹も喉の渇きも無い。
やはり、ここは死後の世界の様ですね
滅びの術式を使ったからには、ここは地獄と言うことかしら
そんなことを考えながら、ひたすら歩いた。
光りの下へ辿り着くと、人の頭部程の大きさの水晶が宙に浮いていた。
「光を目指してここまで歩いて来たけど、この水晶以外は何も無いのね」
そんな独り言を零すと、水晶が答えた。
「滅びの魔女よ、これより其方の魂の裁定を始めるぞ」
こ、この声は、耳で無く、直接頭に響いてる!?
それに、滅びの魔女?魂の裁定?
「どうした?滅びの魔女という呼び名は気に入らないのか?」
「ええ、わたくしは誇り高きササニシキ家が息女、マノン・シャルド・ヘンケ・ハインツ・ド・ササニシキでございます。魔女などという汚らわしき者たちと一緒にされることなど、看過出来ません」
「でも其方、ヒト沢山殺しておるから、滅びの魔女の呼び名は、其方の魂に刻まれた称号なのだよ」
「い、今のお話! 滅びの秘術は成功したんですか!」
「そういうことだ。一晩で国1つ消滅させたのだ。 滅びの術式の実行は其方しか知らない事実だから、悪名が歴史に残ることは無い。しかし、魂の記憶はそういう訳にはいかない」
「なるほど。 わたくしも地獄へ落ちる覚悟で実行したことです。これ以上の申し立ては見苦しいと言うものですね。滅びの魔女の名、謹んで拝命致します」
「流石は王家の姫、話が早くて助かる」
「して、魂の裁定とは、どのようなものでしょうか?」
「マノン・シャルド・ヘンケ・ハインツ・ド・ササニシキよ、其方には新たな世にて生を受けて貰う」
「新たな世? 地獄ではないのでしょうか?」
「地獄とは、ヒトの作った概念。死後の世界には存在しない物。 敢えて地獄と呼べる世があるとするなら、それはヒトが住む世界全てであろう」
「人が住む世界が、地獄なのですか?」
「そうだ。人が地獄を生み出している」
聖教会の教義では、地獄とは生前罪を重ねた者が死後辿り着く世界だと教えていた。
しかし、この目の前の水晶は、地獄とは人が生み出した世だと言う。
確かに、そうかもしれない。
実際に私は最後の日、自らの手で地獄を作り出したのだから。
最後まで付き従った臣下を騙して殺め、寝ていた母上も殺め、そして禁忌を犯して破滅の術式で蛮族どもを道連れに王国を滅ぼした。
地獄とは、人が作り出した世。正しくその通りだった。
「地獄が死後の世界では無く、生者が生み出した世だということは理解致しました。 しかし、新たな世で生を受けるというのは、どのようなことなのでしょうか?」
「滅びの魔女よ、其方は今とてつもなく膨大な業を背負い込んでいる。万を超える人を殺したのだからな。だからその業を清算する必要があるのだ」
「業の清算ですか?」
「そうだ、新たな世で生まれ変わり徳を積むことで、魂に刻まれた業を清算することが出来る。 但し、其方の業は膨大すぎて、ヒト一人の一生では清算は出来ぬだろう。 何度も転生を繰り返す必要がある。 それが滅びの魔女に課せられた罰だと思うが良いだろう」
「わかりました。 滅びの魔女がマノン、罰を受け入れ、新たな世での業の清算に励むことをお約束致します」
「潔いな。その潔さが生前最後の決断をさせてしまったのだろう」
「それは、どうなのでしょう? わたくしは、ただ先祖からの教えを守り、誇りに殉じただけです。その結果、多くの国民を巻き添えにした以上、誇りだけでなく罪も受け入れるのが当然のことです」
「まぁ良いだろう。 では、魂の裁定を始める。 其方にはサイコロを3回振って貰う。 それぞれの出た目で、生を受ける世、性別、その世での役割が決まる」
「サイ、コロ、ですか?」
サイコロという物がどのような物なのか分からず、思わず声に出して質問すると、水晶よりも一回り大きい四角の箱のようなものが現れた。
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