#04 古代秘術、滅びの術式
タイゾルが決死隊を率いて敵陣深く切り込み自爆したのと同じ頃、王家三人の逃亡作戦本隊は。
南門から城を出た本隊は、王城の外堀から城下町外苑へ繋がる下水を通り、なんとか王都近郊の森へ落ちのびたところであった。
しかし12名居た護衛の騎士は残り2名となり、王であるカール9世も肩と背中に深い傷を負っていた。
城からの逃亡者が森へ逃げ込んだことは敵陣にも伝わり、既に森は包囲されいる状況で、夜になっても敵部隊による捜索が行われているのか、森の闇の中、いくつもの松明の炎があちこちに見えていた。
王家の三人、そして護衛の騎士の生き残り二人は、身分を隠すために使用人が着る作業着姿。
月明りだけが頼りの闇夜。
カール9世は、もはやこれまでと、その身を休ませるように幹の根元に背中を預け、静かに目を瞑っていた。
王妃であるアンナは負傷はしていなかったが、生まれてこの方貴族として、そして王妃として過ごしてきた身での今回の逃亡作戦、既に体力は限界を超えており、更に空腹や精神的な負荷も大きく、その瞳は絶望の色に染まっていた。
護衛の騎士は、1名が王と王妃を守る様に傍に立ち周囲を警戒している。
そして、王の娘であるマノンともう一人の騎士は、王たちから少し離れた倒木の陰で今後のことを話し合っていた。
「姫様、両陛下は既に限界です。 どうか姫様だけでもお逃げ下さい・・・」
「何を仰るのです!王あっての王国ですよ!それを見捨てて逃げろと言うのですか!」
「しかし、陛下のあの傷ではもう長くもありません。それに王妃様ももうこれ以上は歩くことも難しいでしょう」
「・・・でしたら、私にも考えが有ります。 この国を350年治めたササニシキ家の最後の誇りと意地を蛮族どもに見せつけてやります」
「ひ、姫様!いったい何を!」
「わたくしは幼少より王家の息女として育てられてきました。 いずれは他国の王家か臣下の貴族へ嫁ぐ身として、荒事も労働もこの身で体験することなく、狭い王城に閉じ込められて育てられました。 そんな私の密かな楽しみは、王家が保管する多くの書物を読むこと。 その中には様々な魔術、今は禁忌とされている古代の秘術の記録などもありました」
「秘術!?」
「ええ、父上と母上を蛮族どもに晒してなる物ですか。 わたくしのこの身だって、このまま蛮族どもに穢されることなど到底受け入れるわけには参りません」
「しかし、この様な森深くで古代の秘術など、可能とは思えません」
「これは命令です。 其方のその剣を渡しなさい。 今から始める術式の準備に必要となります」
「危険過ぎます!姫様にそのような真似をさせるわけにはいきません!」
「もう1度言います。 マノン・シャルド・ヘンケ・ハインツ・ド・ササニシキが命じます。その剣を渡しなさい」
「う・・・」
王家に命を捧げ仕えてきた騎士には鬼気迫るマノン姫の命令をこれ以上拒絶することは出来ず、躊躇いつつもマノンの前に跪き、腰の剣を抜いて両手でマノンに向かって捧げた。
マノンは剣を受け取り両手で持つと、剣先を真横に真っ直ぐ向けた。
「ここまでよく仕えてくれました・・・。 御免!」
マノンは短くそう言い、両手で持った剣を真っ直ぐ横に振り払い、眼前で跪く家臣の首を撥ねた。
マノンは剣を隠し、王たちの待つ所へ戻ると護衛をしていたもう一人の騎士へ告げる。
「もうここまでです。 其方一人なら逃げることも可能でしょう」
「何を仰います! 王家お三方を見捨てて逃げろなどと!」
「私は残りの時間を、王家の姫としてでは無く、せめて家族として過ごさせて欲しいと言っているのです。3人だけで過ごしたいのですよ」
「し、しかし・・・」
「ではこうしましょう。 今から陛下に代わり、其方に預けた騎士の剣を返して貰います。そうすれば其方はもう騎士では無く、我が王家と最後を共にする必要もありません」
「な、なんてことを!」
「これは命令です。 あまり時間もありません。速やかにその剣を返しなさい」
「う・・・」
最後の騎士はもまた、苦渋の色を滲ませながらマノンの前に跪き、腰の剣を抜いて両手でマノンに向かって捧げた。
マノンは剣を受け取り両手で持つと、剣先を真横に真っ直ぐ向けた。
「其方の忠義、忘れません・・・。 御免!」
マノンは、両手で持った剣を真っ直ぐ横に振り払い、眼前で跪く家臣の首を撥ねた。
二人の騎士の首を撥ねたマノンは、大木の根元に寄り添う父と母の所へ行き、ヒザ立ちで傍に寄った。
耳を寄せて父であるカール9世の呼吸を確認する。
呼吸をしていないようだ。
そっと腹部に手をあてると、肺が動いていないことを確認した。
王は、深手により既に事切れていた。
次に母であるアンナの呼吸を確認する。
アンナの方は、呼吸がある。
寝ているだけの様だ。
マノンは立ち上がると、両手で剣を下段に構える。
「父上、母上、神の国ではどうか御心安らかにお過ごし下さい。 マノンはこの身が地獄に落ちようとも、蛮族どもを道連れにして王国の誇りを守ります」
そう言い終えると、剣先を母アンナの胸の中心に向ける。
1度息を吸い込むと、体重を乗せて貫いた。
マノンは父カール9世と母アンナの亡骸を横に並べ、二人の騎士の首を供える。
その周囲を囲う様に、古代文字を地面に書き連ねる。
王家に密かに伝わっていた秘術は、滅びの術式。
王族の血を必要とする術式だった。
古代秘術の術式を始める作業をしながら、マノンは幸せだった頃の王城での暮らしを思い出していた。
王国を興した偉大な先祖の末裔として、幼少期から誇りを教えられてきた王家の息女だったが、幸せな日々だった。 数は少ないが親友と呼べる友達は居たし、強くて心優しい臣下の騎士に憧れ、叶わぬ想いを抱き、淡く切ない恋を知った。
最後に、父と母の亡骸の前でヒザ立ちになり、剣を自らの首に当て、術式のトリガーとなる呪文を唱える。
すると、地面に書いた古代文字が青とも緑とも見える不思議な色で発光した。
そして、呪文を唱え終えると
「アイナ、もう1度会ってアナタと恋のお話をしたかったわ。 タイゾル・・・最後は、あなたの胸に抱かれて死にたかった・・・」
剣を持つ手に力を込め、自らの首を切り、血飛沫を噴き上げながら倒れた。
先ほどまで青や緑で発光していた光は赤に変り、上空まで真っ直ぐ伸び、闇夜に赤い雲海を浮かび上がらせた。
そして発光源であるマノン達の亡骸を中心に、赤い光の束が拡がり、音も無く一つの国を消失させた。
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