53話。無の光刃

 海竜王リヴァイアサンの切断された腕が、嘘のように再生した。

 海竜王は怒りに顔を歪めながら、魔法を詠唱する。


「ちくしょぉおおお【金剛竜鱗】!」


 ヤツの両腕が黄金に輝く。

 僕は詠唱の内容からその効果を見抜いた。


「防御力強化バフか……!?」


 腕の硬度、強度を飛躍的に高めたのだ。元々、頑強な竜の鱗が、恐らくオリハルコン以上の硬度になっているだろう。


「その剣はヤベェ! お前ごと原型も残さず、潰してやるぜぇえええ!」


 海竜王が拳を撃ち落としてくる。地形すら変えてしまうだろう極限の一撃だった。

 迷っている暇はない。


「ハァアアアアア──ッ!」


 その拳を、僕は魔剣グラムより伸びた光の刃で、斬り上げた。

 この光刃を形成する魔力は、聖、冥、火、風、地、水、雷、この世界を構成するいずれの属性でもなかった。


 だとするなら、消去法で考えうる可能性はひとつしかない。

 この刃は、より根源的な純粋なる力、『無』属性の魔力で形成されているのだと思う。


 『無』属性は、魔法研究者の間で、存在はしているとされているが、実在は確認されていない幻の属性だった。


 僕の得意属性は『聖』かと思ったけど、違うとハッキリわかった。

 僕の得意属性は『無』だ。かつてない力が魔剣グラムを通じて、顕現しているのを感じた。


「バカなぁああああ! この俺の最高の一撃だぞ!? なんだその力は!? ま、まさかそれが……!?」


 海竜王が拳を両断されて、苦痛の声を上げる。

 

「ぐぉおおおお! 聖竜王の予言は正しかったか!? 至宝! 【オケアノスの至宝】はどこだ!? アレさえ有れば!?」


 海竜王はキョロキョロと、視線を半壊した王宮に向けた。

 なんだ? いまさら【オケアノスの至宝】を探しているのか?

 もしかして、僕の【無の光刃】を至宝の力で消すつもりか?


 いや、待てよ。

 そもそも聖竜王たちが、【オケアノスの至宝】を求めていたのは、この【無の光刃】に対抗するためか……?


「ぐっ……!」


 僕は海竜王に追撃を加えようとしたが、足元がふらついた。

 どうやら、魔剣グラムに大量の魔力を吸われたためらしい。

 マズイな。この【無の光刃】をマトモに使えるのは、おそらくあと2、3回が限度だ。


「者ども! 人魚族の王女を【オケアノスの至宝】を探せ! この俺に献上するんだぁああ!」


 余裕を無くした海竜王が絶叫する。

 そこにあるのは怯えだ。

 

 ヤツは、おそらく自分の命を脅かす程の強者と戦った経験は、無かったのだろう。

 戦闘を楽しめていたのは、自分が常に優位だったからだ。


「そうはさせるか、愚か者め!」


 その時、凛とした少女の美声が響いた。同時に、王宮から漆黒の鱗を持った禍々しいドラゴンが出現する。大気が震撼するかのような絶大な魔力が、黒竜より放たれた。

 あれはまさか……


「アルティナか!?」


「おおっ! カルよ、待たせたのじゃ! ティルテュもオケアノス王も無事じゃぞ! すべては、おぬしのおかげじゃ!」


 これが冥竜王アルティナの真の姿か。

 海竜王より小さくはあるが、見る者を畏怖させる威容だった。


「海竜王リヴァイアサンよ。おぬしは、もはやカルにかすり傷すらつけることはできぬ。

 なぜなら最強の竜殺しカル・アルスターには、いついかなる時もこの冥竜王アルティナが付き従うのじゃからな!」


 アルティナは咆哮と共に、猛スピードで僕の前に飛んできた。

 僕は風を操ってその背に飛び乗る。アルティナが力を貸してくれるなら、怖いものなど何もなかった。

 

「アルティナ、一緒にヤツを倒すぞ!」


「おう! 我らにかなう者など、天上天下に誰ひとりおるまいて!」


「お、お前らぁああああ!」


 海竜王が破れかぶれの雄叫びを上げた。

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