7 ディープブルーでアイラブユー(1億3千万年前)
【7-1】
海は、すべての生命の源――。
そうとしか思えないほど、海は蒼かった。
私たちを載せた
「すごいですね、
目をぱちくりとさせ、私の横でそう呟いたのはフラレ続けても果敢に真奈美お嬢さまにアタックし続ける
水深3000メートルまで潜水可能な我が家のプライベート潜水艇――その名も「The elegance of Mako」号。
その薄暗い艦内で、子ども時代に戻ったかのようにキラキラと瞳を輝かせた近藤さんが、ぶ厚い耐圧硝子でできた窓から見える、薄暗い海の様子を興味津々に眺めている。
「いいえ、近藤さん。この程度のモノなら、我が日向家にはもう2台ありましてよ。たいしたことなど、ありませんわ」
「へえ、そうなんですか。どうしてこんなものをお持ちで?」
「私が、趣味で深海の海中散歩をしているためです」
「へえ……」
本当は、日向家の所有する海沿いの別荘5か所にそれぞれ1台、計5台ある。
謙遜して少なめの数を答えたのだが、近藤さんは目を丸くして驚いていた。
その彼の横で、
けれど残念なことに、その言葉に感心した人は私以外に誰もいなかった。
そんな話をしている間にも、艦はずんずんと深く、海底に沈みゆく。
ここは海の中、それも深海なのである。
そう――事の始まりは、10日ほど前のこと。
榊原祐樹氏の後輩である近藤さんから突然の電話があり、「榊原先輩の次の告白に協力してくれませんか」という内容の直々の依頼が、私にあったのだ。私がプロデュースした前回の告白がうまく行かなかったこともあって戸惑った私が説明を求めると、彼は流れるような口調で、テキパキとその説明をしてくれた。
それを聞き終えた私は、思わず、二つ返事でこの潜水艇をお貸しするという約束をしてしまった、という訳である。
やはり、デキル男はその説得力も違うのだ。
近藤さんは、榊原さんの会社の後輩であるとともに、仕事上の大切な右腕でもあるんだろう、と容易に想像がついた。
そして、今日はその告白の実行日である。
10畳ほどしかないウチのショコラちゃん(トイプードル、♀)のベッドルームと同じくらい狭いスペースに、榊原さんや
――このメンバーが同じ部屋に集まってるだなんて、なんか変な感じ。
なんてことを考えている矢先。
今の私を形作ることになった、あるひとつの想い出が、不意に私の脳裏に蘇ったのである。
――あれは今から18年前、謙さまが11歳、私が7歳のときのことだった。
とある財界筋の社交パーティ。そこで、私は初めて謙さまにお逢いしたのである。
パーティ会場の片隅の、大人たちが賑やかに会話する場所から遠く外れたところで、私たちは普段の生活や学校での出来事を、おしゃべりした。初めは、私も謙さまもおどおどしていたのだけれど、次第に心が打ち解けてゆき、右肩上がりで話が弾んだ。
そんな折だった。
謙さまが、忘れもしない、゛あの言葉゛をおっしゃったのだ。
「眞子ちゃんは、僕のことが好き?」
「うん、好き」
「それなら僕は、眞子ちゃんを僕のお嫁さんにするよ」
「本当に? じゃあ私、謙さまのお嫁さんになる! 絶対だよ」
「うん、約束だ」
……この10年間、私の頭の中で何度も何度も繰り返し再生された、そんなやりとり。
最後に指切りした時の謙さまの笑顔が今も心に焼き付いたままの私は、あれ以来、ずっと謙さま一筋でやってきた。
それなのに――。
――謙さまの、嘘つき。
あのときの私との『約束』を、謙さまは忘れてしまったのだろうか。最近は、私のことなど目もくれず、真奈美お嬢様の後をつけてばかりの彼である。こんなやるせない気持ちがずっと続くのなら、いっそのこと――。
私が近藤さんの横顔をそっと見遣った、その瞬間だった。
潜水艇のコックピット内に、操縦士の声が響いたのである。
「榊原様、そろそろお約束の水深1000メートルですよ。ご準備を」
恐らくはパパが新しく雇った操縦士なのだろうとは思うが、私とは初対面な人物が、榊原さんに向かって叫んだ。
ゴマ塩頭の、ベテラン操縦士だった。
彼が操縦する艦艇に搭乗するのは初めてだったので、正直、多少の不安はある。けれど、その落ち着いた雰囲気と見事な操縦テクニックに安堵した。
問題は、特になさそうだ。
我々を載せた潜水艇が、ゆっくりと水深1000メートルの深海にある、茶褐色の平らな陸地部分に近づいていく。
そんな中――。
操縦士に向かって大きく頷いた榊原さんは、腰の後ろで手を組むと、街頭演説に臨む政治家のような雰囲気を漂わせつつ、演説を始めた。
「えー、本日は不肖、私こと榊原祐樹のためにお集まりいただき、誠に、誠に――」
「ああ、もうじれったいわね。前置きはいいから、早く進めなさいよ。ここにいる間の酸素がもったいないじゃない」
「ああ、すみませんでした、真奈美さん……。じゃあ、とっとと進めますね」
船室の中央に設置された椅子にどっかと腰を降ろした真奈美さんが、組んだ細く長い足を白のワンピースの裾から覗かせ、潜水艇の中のとてつもなく狭い空間を満たす゛場゛をビシリと引き締めた。
その剣幕に押された榊原さんが、肩をすぼめながら口に手を当て、コホンと咳をする。元々打たれ強いのか、真奈美お嬢さまに鍛えられたのかはよくわからないが、すぐに気を取り直した彼が、演説を再開した。
「それではこれから、私の真奈美さんへの私の告白タイムとなる訳ですが、その前にですね――」
深海の水圧に押し潰されてしまったかと思うほどに小さくなり、
――もしかして、男と男の勝負でも始まるの?
私の期待と不安が入り混じった場の空気に、一瞬、緊張が走った。
が、榊原さんは落ち着いた顔で、そのまま言葉を続けた。
「まあ、何をどうやっても彼は私を追いかけてきますので、今日は最初から雛地鶏さんをお呼びしておきました。しかしながら、私の渾身の告白タイムが邪魔されてはやっぱり嫌なので……」
その台詞が、終わるや否や。
流れるような身のこなしで謙さまに近づいた近藤さんが、呆気にとられた謙さまの両腕の自由を奪い、そこに手錠をかけたのである。
「おいこら。榊原君、卑怯だぞ」
「ふっふっふ。雛地鶏君……恋に、卑怯も秘境も無いのだよ。ここは海の奥深くの秘境だがな」
「うーん、上手くもないし意味もよく分からんが……とにかく、この手錠を外せ!」
そう言って、暴れだした謙さま。
そんな彼を、艦艇の奥の空間へと追いやろうとする近藤さん。
と、そのとき突然、閉ざされた空間のはずである艦内で、何故か一陣の
――時代劇でよく見る、黒い布でできた和装姿の忍者だった。
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