第172話 湖にて② スワンボート



俺達は今、湖の周りを散歩している。


湖を見ていると小さい頃を思い出す。


昔は良く皆で魚釣りをしたな…


尤もこの世界の魚釣りは『食料確保』も兼ねているから、前の世界の様なスポーツフィシングじゃない。


前の世界の様にプレゼントの品は気軽に買えないから『作物』や『魚』をプレゼントしていた。


凄く懐かしい。


「「「「どうかしたの?」」」」


皆が覗き込む様に俺の顔を見ていた。


「いや、小さい頃にプレゼントしたくても村だから、碌な物も手に入らないから魚を釣ってプレゼントしたな…そう思って」


「そうよね、セレスくんに良く焼き魚を貰ったわね。2匹持っていると大きい方をあげるって何時も大きい方のお魚をくれるのよね?」


「あれ?! それ静子もなの? 私も良く貰ったわ」


「うふふふっ、あらあらセレスさん、静子やハルカにもあげていたのね…私だけの思い出だと思っていたのに…」


「セレスちゃん、それで?!うふふっ今だったら、誰に一番大きなお魚をあげるのかしら?」


『えっ?!』


「言われてみれば、セレスくんは誰が一番好きなのかしら?」


「セレスが好きなのは私だよね? だって私は奥さんだけじゃなくて『お姉さん』でもあるんだから」


「あらあら、随分な自信ね…セレスさんは母性がある女性が好きなのよ? ハルカとは縁遠いわよ?」


「母性というならサヨより私じゃないかしら? 胸も大きいし…そうよね? セレスちゃん」


あれっ…これ俺凄く不味く無いか?


「皆…大好きだよ!」


「あらっセレスくん! うふふっ、それは知っているわよ?」


「だけど! セレス! 1番っていうのは1人しかいないよね?!」


「そうよ?セレスさん!1番って言うのは1人しか居ないのよ? 全員って言うのは無いんだからね」


「そうね…セレスちゃん…私達4人が全員死に掛かっていて1人しか助けられない…そういう状況だったら?どうするの?」


ミサキさんのいう事は解らないわけでは無い。


今の俺は強い…だから全員を守る事も出来る。


そして、万が一死なせてしまっても俺は冥界竜バウワー様の眷属。


冥界に会いに行く事も、条件次第では『連れ戻す事』も出来る。


だが、これは竜公…黄竜だからこそだ。


もし『只の冒険者のセレス』だったら、誰かを失う事だってあり得る。


そして、1人しか救えない…そういう場面もきっとある。


それでも俺は…


「それでも、俺は全員を助けたい…例え自分の命に代えても守りたい!」


これで良い、これで多分大丈夫…だよな。


「「「「セレスちゃん」」」」


これで良かったんだ…


「セレスくん、それ答えになってないわよ?」


「セレスー-っ! 甘い! そんな事で誤魔化されないわ」


「セレスさん、優柔不断は駄目ですよ!」


「セレスちゃん…そうだ皆、あれで決めない?」


嫌な予感がする。


ミサキの指の先にある物は…スワンボート?


まさか?


「あれがどうかしたの? 白鳥のボート?」


「静子、あのボート二人乗りだよ…そうかそう言う事ね?」


「ミサキ…そう言う事?」


「そうね、あそこまでゆっくり歩いて行ってボートの目に着くまでに『誰と乗りたいか』セレスちゃんが決めてね」


「そんな俺には選べないよ」


「「「「セレス(くん)(さん)(ちゃん)優柔不断は駄目だよ」」」」


ああっ、本来なら楽しい筈の旅行が、可愛らしい白鳥のスワンボートが怖い物に思える。


結局、俺はスワンボートの前にきたが…誰と乗るか決められなかった。


「「「「さぁセレス(くん)(さん)(ちゃん)誰と乗るのかな?」」」」


「俺は…」


「セレスくん、誰と乗るのかなぁ~」


「セレス、私とだよね? 違うのかな?」


「セレスさん…私よね?」


「セレスちゃん、私以外いないわよね?」


何時も優しい彼女達がまるで般若の様に思えた。


竜公の俺が…恐怖を感じる。


「ありやぁ…スワンボートに乗りたかったのかい? 残念ながら今はお休み中なんだ…すまないね」


「「「「それじゃ仕方ないかな?」」」」


どうやら危機は去ったようだ。






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