第111話 【閑話】王家の人々
『勇者とは、魔王さえも倒しうる、人類最強の兵器なのだ』
勇者絶対主義者はそういう…
余は英雄セレスや魔族に目を光らせていたが、もう一人目を光らせる相手がいた事が、頭から抜けていたのだ。
それは余だけじゃない。
聖教国、帝国もすっかり忘れていたのだ。
『勇者ゼクト』の存在を。
確かに大量の竜に負けた…だが、その時単騎で数体の竜を葬った。
マモンに負けこそしたが、数時打ち合っていた。
魔族と停戦した今、最大の脅威は『勇者ゼクト』だった。
セレス殿には、三国すべてが嫁を送っている。
だが、ゼクト殿には、我々は誰も足枷をつけていない。
もし、この世にゼクト殿を止められる存在が居るとしたらセレス殿しかいない。だが…二人は親友、動かない。
報告では帝国の王城にたった1人で乗り込み、城を半壊させ、悠々と立ち去ったと聞く。
残念な話、我が王国と帝国であれば、城の戦力は帝国の方が上だ。
つまり、やろうと思えば、王国でも同じ事が出来るという事だ。
単騎で王城を落とせる人間。
そんな人間、そうはいない。
甘くみたせいで帝国の王城は半壊。
そして体面上は兎も角、実質誰もが『勇者』には勝てない事をあの事件で知らされる事になる。
帝国の王城が半壊してもセレス殿は動かない。
嫁の中に王女がいるのに…動かない。
これでゼクト殿と揉めても余程の事がなければセレス殿は動かない事が解った。
余は、すぐにマリンとの婚約を画策したが…無駄に終わってしまった。
だが…勇者ゼクトは変わった。
それが良く解った。
あの女にだらしなく、名誉欲の塊のような男が…全てを要らないと言うのだ。
国として、何か考えないといつか不味い事になりそうだ。
◆◆◆
人間とはああも、変わるものなのですね。
最初会った、勇者ゼクトは虚栄心の塊。
他の貴族となんら変わらない、つまらない人間でした。
私にとっては『普通の人間』特に興味はありません。
王女に生まれたからには『恋愛の自由』はありません。
父である王が決めた人間と結婚して一生を過ごす。
それが王女の人生です。
その代り、他の人間では決して出来ない贅沢をさせて貰っていますから…文句は言えませんね。
私から見た『勇者ゼクト』は顔が良いだけで…性格はあまり好きではありませんでした。
顔が良いだけ、少しはましですね。
虚栄心と名誉欲…他の貴族と変わらない…ただの人…それが私にとっての『勇者ゼクト』です。
だからこそ、マモンに負け…勇者を辞めてもなんとも思いませんでした。
大切な仲間を女の為に捨ててしまった馬鹿な男。
そして…その結果マモンに負けた無様な男。
もう『婚約者』じゃ無くなるから私には無関係な人間。
ですが…そんな人間が…変わったのです。
「今の俺にはその資格はありません。勇気はあれど無謀な戦いを挑み仲間を傷つけ、幹部とはいえマモンに遅れをとり『英雄セレス』に助けて貰い、世界の命運をすべて押し付けた男…それが俺です。マリン王女を妻として娶るなら、最低でも貴族にならなくてはなりません、残念ながら、私には領地を治める能力も教養もありません。俺は冒険者として生き…そして年老いた時は故郷にでも戻り畑を耕して暮らす…そう決めました。冒険者や農夫の妻にはマリン王女は勿体無さすぎます」
「確かに以前の俺には野望がありました。姫との結婚に領地持ちの貴族…無謀にもそんな事ばかり考えていました…ですが敗北して親友に助けられ、そんな野望は無くなってしまいました」
あの名誉欲と虚栄心の塊だった男からそんな言葉が出るなんて…信じられませんでした。
貴族籍と王女たる私との婚姻を捨てるなんて、以前の勇者ゼクトからは考えられません。
私の目の前に立った男性は本当に勇者ゼクトなのでしょうか?
凛とした態度…この風格…名誉も地位も望まない。
『本物の勇者』にしか見えません。
だからこそ、つい口から出てしまいました。
『ゼクト様、私の、私の気持ちは考えてくれないのですか?』
自分からこんな言葉が出るなんて思いもしませんでした。
私は…恐らく本当に勇者ゼクトを…好きになっている…そういう事なのかも知れません。
勇気を振り絞って言った言葉なのに…気の迷いですって?
『ですが、それでも私は…』
言われた事は『全てを捨てなければ付き合えない』
そんな内容でした。
そんな事『王女として生きてきた私には出来ません』
私が躊躇していると…
『良い男がきっと見つかりますよ』
否定されてしまいました。
ゼクト様が去ってから、私は、彼の事ばかり考えています。
王冠を外すとつい見つめてしまいます。
『いっそこれを捨てられたら』
今日も結論が出ないまま、この王冠を眺め続けています。
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