第31話 【閑話】心の別れ リダの場合




皆の前でああは言ったが、もう、私の気持ちは決まっている。


セレスの恋人、いや妻になるのは私だけで良い。


三人全部望んでも…それでもセレスが良い。


私の目は曇っていた。


剣ばかり振るっていたから、可笑しくなっていたんだ…


子供の頃から私はゼクトが好きだった。


目立つ子だったし…いつも中心になっていたから仕方ないと思う。


セレスは何時も働いていた。


子供の遊びには余り参加せず、大人の手伝いばかりしていた。

母さんも父さんもいつもセレスにべったりだった。


母さんはセレスに『姉さん』と呼ばせていた。


父さんも『兄さん』と呼べと言っていた。


そしてセレスは二人を『姉さん』『カズマ兄さん』って呼んでいた。


家族でも無い癖に…家の中に入りこんでくる。


家での会話はセレスばかり…


父さんは何時も「セレスは凄い、彼奴は本当に料理が好きなんだ」


そう言っていた。


私が家の台所じゃなく、店のキッチンに入ると怒鳴られた。


だけど、普通にセレスは入れる。


母さんは良くセレスを叩いていた…最初は怒られてざまぁ見ろ…そう思っていたが…違う…本当の家族への信頼から叩いているんだ…その証拠に叩く母さんも叩かれているセレスも笑顔だ。


『うざい奴…死ねば良いのに』どれだけ嫌いだったか解らない。


私の居場所はどんどんセレスに奪われる。


それなのに両親は…


「リダ…将来は誰と結婚するのかな、セレスがお勧めだよ」


「そうね…あの子がリダのお婿さんになってくれたら嬉しいわ」


私の幸せを考えているんじゃない…セレスが欲しいから結婚を進めているだけじゃないか?


心底両親が嫌いだった。


セレスはもっと嫌いだった…


だから、私は、子供の頃セレスにかなりの意地悪をした。


川に突き落とした事もあるし…事故に見せかけ木の棒で殴った事もあった。


それなのに…彼奴は何時もへらへら笑っていた。


「気にするなよ…大した事じゃない」


今思えば、セレスには親が居ない、私が川に突き落としたら、その服を乾かすのも、風呂を沸かすのもセレスだ。


頭から血が出る怪我をしたら…普通は親が治療するが彼奴には親が居ない…自分1人で治療してきっと一人で痛みに耐えて寝たはずだ。


流石に自分のしたことを恥じた私は…セレスに関わらない。


そういう風に子供の私は決めた。


◆◆◆


大人になった今なら解る。


孤児になったセレスには『あの生き方』しか出来なかった。


食料や生活を見て貰うには…手伝うしかなかった。


そんなセレスを不憫に思った両親が優しくするのは当たり前だ。


定食屋を手伝い、料理すら手伝うのだから、キッチンに入れるのも当たり前。


全てはセレスが生きる事に必要だった…


それだけの事…


そんな普通の事で、私はセレスを憎んでいた。


今思えば、彼奴はとてつもなく優しかった。


川に突き飛ばした事も木で殴った事も誰にも言わなかった。


『こんな女に良く尽くせたもんだ』


私もゼクトもマリアも多分メルだって馬鹿にしていた。


良い様に使い、こき使っていた。


ただ4職じゃないそれだけでだ。


文句も言わずにこき使われた挙句…追放。


なんで彼奴はそれで怒らないんだ。



◆◆◆


違う…彼奴は…心が広いんだ。


そう…まるで理想の父親であり、母親である…そんな奴だ。


そう考えればすべて辻褄があう。


父さんや母さんが本当に姉や兄なら…私の事を姪っ子の様に思っていても可笑しくない。


そうか…私は大きな愛に包まれていたんだ…本当に馬鹿だ。


ゼクトと結ばれても私は4番以下だ。


恐らくは正室には王女、側室筆頭に貴族の娘…そしてその下にマリア…その下が私だ。


今でさえこんな扱いのゼクトの4番手以下…それに価値は無い。


ならば…私を大切にしてくれるセレスの所に行った方が幸せだ。


魔王討伐後は…二人で冒険者でもすれば良い。


彼奴が作った飯をくって…彼奴が洗ってくれた綺麗な服をきて、一緒に酒を飲んで…まぁそこ迄の関係だ…夜は…


なんだ、こっちの方が幸せじゃない。


父さんと母さんは間違ってなかった。


私の幸せを考えてセレスを勧めてくれていた。


冒険者に飽きたら、田舎に帰って、定食屋の後を継げばよい。


父さんが居て、その横でセレスがフライパンを使う。


何も出来ない私は…配膳でもするか…


セレス…私が妻になる…もう蔑ろになんかしないし、させない…


まぁ3人全部でも…昔の様に戻るだけ。


それでもきっと幸せだ。












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