255話 「幼竜ゲイル?」
その後、俺たちは行動不能になった仲間たちを助け出し、ゲイルの生家へと案内された。
家の中は想像よりもずっとスッキリしていた。
……というか、あまりにも物が無いと言ったほうが正しい。
部屋の隅っこに幼いゲイルが寝ていたと思しき簡易ベッドがあり、部屋の中心に食事をしていただろう小さなテーブルと椅子があるだけだ。
キッチンもトイレもないただの小屋だった。
「いででで。まさか、こんな目に遭うと思わんかった」
ロゼに倒された中で一番被害が大きかったのは、唯一生身であるラザムである。
後のメンバーは時間経過とパーツの交換だけで回復しちまうのだ。
簡易ベッドに寝かされたままウンウン唸っているラザムに対して、ニコニコしながら治療しているのは
『はいはーい。じっとしていてくださいね。じゃないと解剖しちゃいますからねー』
「おい、この姉ちゃん、すっげぇ物騒なこと言っているんだが」
引き攣った顔を向けるラザムであるが、俺の心境はそれどころじゃない。
はっきり言って苛立っていた。
「……アンタ、知っていたのかよ」
俺は、怒気の籠った眼光で、ラザムを睨みつける。
最初から、ラザムの態度はどーにもおかしかった。
特に、この場所へ案内するときの態度は顕著だ。
ゲイルが此処に居ると、
すると、ラザムは青い顔をして顔で答えた。
「知ってたっていうか、まぁサプライズってやつでなー。いきなり会ってびっくりさせてやろうと思ってたんだが……まぁ、こんな付属品が居るとは思わなかった」
なんでも、ゲイルの身柄を確保している事は、ファティマさんより連絡を受けていたらしい。
ただ、その経緯と現状については詳しい説明がなく、特に付属品……ロゼの存在は知らなかったようだ。
そのせいで、この有様である。
まぁ、一番被害を受けたのが当のラザムであるから、自業自得とも言える。
そして、ラザムの視線はこの部屋の中でふよふよと浮いている小さなドラゴンへと向いた。
「そんでもって、まさかお前らの仲間ってのが、ドラゴンだとは思いもしなかったぜ」
「「違う」でござる」
俺とゲイルの声がハモった。
ドラゴンに育てられたが、ドラゴンではない。
……無いはずだ。
俺は頭を押さえて、改めてゲイル……らしき生物に向き直る。
「聞きたいことはいろいろあるが、まず一つ目だ。その姿はどういう事だ?」
「……なんというか、説明が色々と難しいでござる」
ポツポツとゲイルがこれまでの経緯を語り始めた。
◇◇◇
時間はこの国に来た当初に遡る。
ゲイルの身柄はファティマより竜王国に渡され、その肉体を研究されることになる。
ゲオルニクスが会得した禁術……死者蘇生の原理を解明するためである。
死者の蘇生……それは竜王国でも実現には至っておらず、そもそもが禁忌とされてきた。
死者の肉体を操るネクロマンサーというものがいるが、ゲイルの場合はまた少し違う。
ゲイルの肉体は、本当に命を得ていたのだ。
ネクロマンサーの使う魔法は、あくまで生命活動をしていない死体を魔力によって強引に動かすもの。
肉体の細胞は既に死滅していて、回復する事は無い。つまり、時が経てばいずれ腐っていくのだ。
だというのに、ゲイルの肉体は一度死を迎える前と同じに戻ってしまっている。
完全に命を得て、蘇ったと言える状態だ。
その事実に、食いついた者が居た。
九頭竜の一人、炎龍卿ゴートである。
彼はファティマよりゲイルの身柄を預かる権利を得、自身の領地へと
誰か蘇らせたい人物でも居るのか知らないが、ゴートは死者蘇生の原理を突き止めるために、ゲイルの肉体を研究している。
禁忌である事を堂々と研究していいのかという話であるが、禁忌であるのは死者の肉体を
本当に死者にもう一度命を宿らせることが出来るのであれば、それは素晴らしい奇跡と言える。
……と、竜族は判断した。
ただ、研究対象であるゲイルの場合、ヴィオやフェイのように好待遇は受けておらず、環境は劣悪の一言であった。
服装は入院服のような簡素なもの。食事は一応三食出ていたものの、かろうじて栄養がとれる程度の代物。
住居すらも、ほぼ一日病室のような場所で拘束され、様々な実験を施されていた。
ファティマからの協定で、過度に身体を傷つける行為は厳禁とされていた為、解剖こそされなかったものの、血を抜かれたり、用途の分からない機器に繋がれたりと、なかなかにハードな日々を送っていたのだった。
(はぁ……こんな日がいつまで続くのでござろう)
自ら志願して身代わりとなったのであるが、
だから、ゲイルに出来るのは一刻も早く自分を連れ戻しに来てくれる事を願う事だけであった。
そんな日々が半月ほど続いたある日の事だ。
最初の食事が終わり、新たな実験が開始されるのだと言われ、部屋で待機していた時の事だった。
その人物は、文字通り突然現れた。
「よっ」
「わあ! びっくりしたでござる!」
今日も一日退屈な時間が始まるな……とため息を吐いていた時……
軽く目を閉じて開けてみたら、その人物は立っていた。
目の前に。
「な、何者でござるか? というか、どこから入ったでござる!?」
扉は中からも外からも鍵がかかっていて開かない。
窓はあるにはあるが、狭すぎて大人は出入りする事が不可能。
天井も床も壊れた形跡はない。
だというのに、この人物は突然現れたというのか。
まさか、この侵入者は、あのアウラムなる男の刺客か?
だとするならば大変マズい。
自分は今、完全に丸腰……。対抗する為の手段が何もない。
ジリジリと後退りして少しでも距離を取ろうとするのだが―――
「ん? あぁ、ボクは色々できるんだ。ところで……」
突然、目の前から消えた。
目を離したわけではない。
一挙手一投足を逃すまいと、全身全霊を込めて睨みつけていた。
だというのに、消えたのだ。
エルフの目を持つゲイルの視界から!
「キミは変わった匂いがするな」
声がしたのは、ゲイルの背後だった。
咄嗟に飛び退こうとするのだが、凄まじい力で肩を押さえつけられていて、動くことは不可能。
―――死んだ。
完全に死を覚悟したゲイルであったが、
「くんかくんか」
訪れたのは、耳元に降りかかる吐息……と、はすはすという鼻から匂いを嗅ぐ音であった。
「な、なにをするでござるーッ!!」
ゾワリと身体に悪寒が走り、慌てて逃げ出そうとするが、やはり完全に抑え込まれているので逃げられない。
「いいじゃないか。減るもんじゃないし」
「やーめーてー!!」
小一時間ほどゲイルは謎の侵入者によって拘束され、その間はひたすらに匂いを嗅がれ続けていたのだった。
やがて、やっとこさ解放された頃には、ゲイルはすっかりとやつれてしまっていた。……ちなみに、本当に匂いを嗅がれただけである。
「……に、匂いでござるかぁ?」
この研究所と呼ばれる場所に来てから、シャワーは三日に一度しか許可されていない。
だというのに、そんなにも悪臭を放つようになったのかと不安に駆られた。……のだが、そんな事は気にした様子もなく、侵入者は……
「この世界って嫌いじゃないけど、どうにも匂いが気になるんだよね。仕方ないと思って我慢してたんだけど、そしたら良い匂いが漂ってたからフラフラ寄ってみたら君が居た。興味がわいた。キミの話を聞かせて」
と、にこにこして言い放つ。
マイペースにも程がある。
突然現れ、突然拘束し、突然匂いを嗅ぎ、突然話を聞かせろと言い出す。
言いたい事は山ほどあるが、何より、まず先に尋ねなければならない事があった。
「い、いや……。興味も何も、そもそも貴女はどちら様でござる?」
そう。
あれだけの事がったにも関わらず、ゲイルはこの侵入者が何者かも知らない。
体の起伏からして女性であるのは間違いない。
だが、何よりでかい。
その身長は自分を優に越え、2メートル以上はある長身であった。
側頭部より生えた巨大な角が彼女が竜族である事を示していたが、残念な事にゲイルの知る竜族の中に彼女は存在していなかった。
すると、侵入者の女性は言われて初めて気づいたかのように、ポンと手を叩く。
「ん……まあ一応礼儀か。ボクはロゼ。通り名だけど、一番気に入っている名前だね」
ロゼ……やはり知らない名前だ。
「……拙者はゲイルでござる。ところで、貴女は何者でござるか? 見たところ、ここの研究者とも思えないが……」
ここに来てから、何人かの竜族とは会った。彼らはこの研究所とやらの研究者と名乗り、自分の身体を調べている。
彼らは碌な雑談もせず、ただ機械的に黙々と動いていた。
正直、こんなキャラの濃い人が奴らと同類だとは思えない。
「う……ん……。まぁ、ここの客人……みたいなものか。と言っても、やる事何も無いから、ずーっとぶらぶらしていたんだけど……」
説明が下手なのか、容量は得なかったが、大体の事情は察することが出来た。
彼女……ロゼは、この研究所の支配竜である炎竜卿ゴートの客であり、彼の支配権であればどんな建物にも出入りする権利を与えられていた。
そんな中、たまたま今日はこの研究所をぶらついていたら、
……要は、そんな所らしい。
相手の事情は聞くことが出来た。だったら、今度はこちらの番である。
見た感じの印象では、どうもアウラムの仲間とも思えない。
また、話し相手も居なかったこともあって、ゲイルはロゼに此処に来た経緯なんてものをつらつらと話したのだった。
「なるほどなるほど。キミとしては、早く仲間の元に戻りたいが、実験とやらがなかなか終わってくれなくて、帰るに帰れない……と」
「色々端折っているが、概ねそうでござる」
あらかた話も終わり、ゲイルは一息ついた。
すると、話を聞いていたロゼはうんうんと頷き、こんな事を言い出した。
「よし! じゃあボクが出してあげよう」
至極あっさりとした宣言に、ゲイルは思わず唖然としてしまった。
「ここで会ったのも何かの縁だ。さあ、仲間のところに戻ろう」
と、ゲイルの腕を掴み、扉へ向かって歩き出すではないか。
当然慌てたのはゲイルだ。
確かに竜族である彼女ならば、この扉を力尽くで壊す事は容易だろう。
だが、そもそも力尽くで済む問題なら、話はもっと早くに終わっているのだ。
「いやいやいや! 実を言うと逃げ出す事は出来ないことはないのでござる。ただ、ここでこうして拙者の肉体を調べる事は約定の一つ故、それを反故にする事はしたくないのでござる」
と、懇願するとロゼはあっさりと手を止めてくれた。
「ふぅむ。そうか……となると、要は死者蘇生の術解明のために、その肉体さえあれば良いんだろう?」
「む? ……まぁ、そうと言えるのかもでござる」
「じゃあ、身体は此処に置いておいて、魂だけでも先に帰ってしまっても、何の問題もないわけだ」
とんでもない事を言い出した。
確かに、それで済むのであれば了承したいという気持ちもあった。
「そうと言えるのもでござるが……そんな事が出来るわけが―――」
「ん? 出来るぞ」
と言って、ロゼはゲイルの胸の中心へと、その腕を突き刺したのだった。
その瞬間、ゲイルの意識は途切れた。
◇◇◇
「それで、目が覚めたらこの身体だったでござる……」
回想は終わったようだ。
さあ、みんなで突っ込もう。
「いや、間が飛び過ぎ! 説明になってない!」
「そ、そう言われても、マジなのでござる」
涙目で答えるゲイルらしき幼ドラゴン。
まあゲイルが言うのなら、真実なのだろう。
という事は、全般的にやらかしているのはこのロゼという竜族か。
「えーと……ロゼ……さん」
窓際でボーっと外を見ていたロゼだったが、俺が声をかけると目をキラリと輝かせて反応した。
「なになに? 舐めさせてくれる?」
『な、舐めッ!?』
遠くでアルカが反応しているが、今は無視。
というか、この人ってこういうキャラクターで定着するのだろうか。
正直、ぶっ飛び過ぎていてキャラが掴めない。
「舐めるのはダメです。色々聞きたいんですが、ゲイルをこの姿にしたのは貴方ですか?」
「んー。微妙に違う。姿を変えたんじゃなくて、違う肉体に魂をぶち込んだの」
「ブッ!」
噴いた。俺を含む全員が。
なんという斜め上過ぎる返答だ。
「え、えーと……じゃあ、このドラゴンの身体は何処から?」
「研究所っての? あそこにいっぱいあった。だから、一つかっぱらった」
俺はアルカたちと顔を見合わせ、頭を抱えてしまった。
くそう。この人の言う事はさっぱり意味が解らない。
「じゃあ、ゲイルの肉体はまだ研究所とやらに残ってんのか!?」
「うん。だって、必要なのって肉体だけでしょ」
俺は頭を抱えてしまった。
ゲイルと出会えたので万々歳。さあ帰ろう……とは行かなくなってしまった。
さぁて、どうしよう。
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