253話 桜色の嵐
九頭竜とファティマさんの関係性について認識できたところで、ラザムは本題に入った。
「で、ヴァイレル。此処に来たのは、お前さんから現状のこの国の状況を教えてもらおうと思ったからだ」
「おや? ファティマ様より聞いてはいないのかい?」
「流石に神官からの情報だと頼りなくてな。九頭竜の一人であるお前さんなら、もっと詳しい情報が得られるんじゃないかと思ったんだ」
「なるほど。さて、現在の状況か……。
まぁある程度察せられると思うが、今は国内の空気はよろしくない。強硬派がいつ動き出しても不思議はない状態だ」
「お前ら九頭竜はどうなっている? 派閥はどのくらい差が出ている?」
「強硬派4人。穏健派5人という所だね。
強硬派は炎竜卿を筆頭に、黒竜卿、雷竜卿、氷竜卿。
穏健派は私、緑竜卿、土竜卿、水竜卿、晶竜卿と言ったところさ」
「かろうじて数では勝っているか」
「ただ、我々は別に議会ではないからね。彼らがやるとなれば、止める手立てがない」
「まあ、元老竜のジジババどもがうんと言っちまえば、それで終わりだもんな」
本題に入ってからというもの、聞きなれない単語がずらずらと並び、用語を頭の中で変換するのでまず一苦労だ。
いい加減限界に達したので、俺は会話がひと段落したところで割り込む事にした。
「なぁ、強硬派とか穏健派とかいったいどういう事なんだ? 一体、何が起こっている?」
と、俺が尋ねると、ラザムは「ふぅ」と息を吐いて俺に向き直った。
「なんとなく言葉のニュアンスで理解できたと思うが、今この国は真っ二つに分かれている。
要は、地上の世界を混乱させている元凶である神聖ゴルディクス帝国……それを討つべしと息巻いている勢力……強硬派と、地上の世界の事にはなるべく関わらず、傍観しようとしている勢力……穏健派だな」
「穏健派とは名ばかりで、ただの現状維持推奨派に過ぎないがね」
と、自嘲気味にヴァイレルは言う。
大国が二つの派閥に分かれているっていうのは、正直よく聞く話だ。それはドラゴンが住まうこの世界でも一緒らしい。
この竜王国のトップは竜神ファティマさんであり、その下に九頭竜が存在する。
九頭竜は、先ほど話にも出ていたと思うが、
炎竜卿ゴート
黒竜卿シュベイツ
雷竜卿ゲルパー
氷竜卿リライ
白竜卿ヴァイレル
緑竜卿グリュム
土竜卿バウル
水竜卿ラオ
晶竜卿ヘル
それぞれ、扱う属性と鱗の色からその呼び名が付いたようだ。
ちなみにヴァイレルは白竜卿。主に光を操る事が出来るらしい。
そしてその下に、元老と言って前任の首長が就き、竜王国全体の政治を担っているのだとか。
ファティマさんは神であるから国家の運営には関われない。国全体の統括は元老が務め、後は各集落の首長が好き勝手に治めている。
要は総理大臣が居ないから、その下の大臣が国全体をぼんやりと見て、発言権の高い知事だったり市長だったりが領地を治めていると。
……この説明でいいのかわからないが、とにかくそんな感じだ。
とにかく、さっきの言葉で俺が最も気になったものは、強硬派が討つべしと息巻いている対象だ。
神聖ゴルディクス帝国。
「まさか、竜王国が帝国を討つっていうのか!?」
アルカも追随する。
『竜族が他種族の問題に口を出すなんて、よっぽどの事態という事ですか?』
そうだ。
竜族は神ほどとは言わないまでも、かなり強力な力を持った種族だと聞いている。
だからこそ、彼らは世界とは直接関わらない。
それ故に、エヴォレリアの世界において竜族の目撃談は圧倒的に少ないのだ。
そんな俺たちの疑問にヴァイレルは答えてくれた。
「ええ、多少の小競り合い程度では我々は動きません。ですが、かの国の技術は進みすぎ、力を持つ過ぎてしまった。
更に、裏では自分たちに従わないものは力で制圧し、表面的には事件など無かったように隠ぺいしている。
それは、貴方たちなら知っていますよね?」
「まぁな……」
嫌というほど知っている。
エメルディア王国で、ゲイルの養父ゲオルニクスさんを巡って騒動を起こし、更にルーベリー王国ではクーデターに便乗して俺たちを捕えようとしやがった。
更に極めつけとして、天空島サフォーでは集落を一つ潰し、あまつさえ島全てを滅ぼしかねない行動に出た。
「もうこのまま放置しておくのはあまりにも危険……という風潮が、竜王国に根付いているのです。それは、我が国に集まる難民の数からして明らかですね」
『ですが、竜族に直接被害が出たわけでも―――いえ、既に出ていましたか』
「……ゲオルニクスさんの件か」
ゲオルニクスさん自身、罪を犯して竜王国から追放された身ではあるものの、他ならぬヒト族が竜族を討ったことは間違いない。
それに、聞くところによると竜族の死骸というのはヒト族の世界にとって宝石以上の価値があるらしいじゃないか。
外の世界で活動する竜族はほぼ居ないが、それでもいつ被害が出るかわからない。
竜王国が危機感を抱くのは当然とも言えた。
「ですが、私としては懸念している事があります」
「懸念?」
突然、ヴァイレルの眼光が鋭くなり、声も険しさ増す。
「これまでも我々は、地上世界の問題に直接は介入せずとも、その被害にあって行き場のなくなった者たちをこの国へと誘い、保護してきました。
種族同士の争いに直接関われない神たちに変わって、世界のバランスを陰ながら支えてきたのです」
なるほど、それが最初に会った時に言っていた世界の調停者ってやつか。
バランスというか、要は陰ながらの正義の味方というか……。
まぁ、良いことだよな。
「ですが、そのバランスを今回は自ら崩そうとしている。竜族が世界の問題に関わろうとしている」
ヴァイレルは更に鋭い目つきでこちらを見据え、言った。
「私はこれを機に、竜族が世界を支配しようとしている……そんな危機を感じているのです」
◆◆◆
『竜族が世界を支配ねぇ……。難しいことは分かんないけど、俺としちゃそれでも構わない気がするけどなぁ』
ヴァイレルの屋敷を出てしばらく歩いたところで、吹雪がポツリとこんな言葉を漏らした。
一緒に屋敷内には入らずとも、通信によって俺たちの会話は聞こえていたのだ。
そんな吹雪に烈火は一喝する。
『愚弟! 物事はしっかり考えて言え!』
『だけどさぁ、見てみろよこの村』
この集落は基本的にヒト族が多いが、獣族も存在している。
吹雪の言う通り、往来を見てみればヒト族の子供と獣族の子供が仲良さそうに駆け回っていた。
確かに、こんな光景は他の国では見れるものではない。
聞くところによると、この国において大きな争いというものは起こったことがないらしい。
この国にきて日の浅い難民たちが多少の小競り合いをする事はあったようだが、どれもすぐに鎮静化している。
それも、その地を治める九頭竜の力の強大さ故だとか。
『それで世界がマシになるんなら、それで良いんじゃね?』
『うぐ……それは確かにそうなのだが……』
烈火も言葉に詰まってしまう。
烈火と吹雪……この二人は、他のサポートAIと違って、感性そのものはオリジナルのミカとジェイドと同じである。
つまり、彼らがこの世界を見て感じたことは、元々異世界人である俺やAIに過ぎない他のメンバーとは違う、この世界の人間そのものの感想とも言える。
そんな彼らがそう思うのならば、間違った事でもないのかもしれない。
「……はぁ」
俺は思わずため息を漏らした。
間違った事ではない……かもしれないが、俺たちはあくまで今後そうなるかもしれないという、この国の実情を知ったに過ぎない。
そのことについて、どういう出来る権利はない。
「まあ、その辺はこの世界の住民じゃない俺たちがどうこう言える問題じゃない。俺の心配は……」
ずいと、ラザムの前に出て睨みつける。
「ゲイルの所在と、ファティマさんがこの国で俺たちに何をさせたいのかって事だ。
まさかとは思うけど、この国のゴタゴタを俺たちに解決しろって話じゃねぇよな?」
もしそうだとしたら、これまでの取引内容と比じゃねぇぞ。
断固抗議したい。
「い、いや。俺はただお前らをこの国に連れてこいとしか言われてねぇからな。……なんつうか、お前随分と迫力増したな」
『今すぐファティマさんと連絡を取りたいのですが』
更にぐいとアルカも詰め寄ると、ラザムは苦い顔で絞り出すように答える。
「あ……いや……」
「どうしてだ? 今すぐ連絡出来るだろう?」
「は、波長の問題があってな。ここだと上手く繋がらねぇんだ」
なんだそりゃ。
携帯じゃあるまいし、ここは電波が届かない場所とでも言いたいのか。
『じゃあどこなら届くんですか?』
何故か、ラザムはしどろもどろになりながら答えるのだった。
「と、とりあえず拠点に行かねぇか? そこで今後について詳しい話をしようじゃないか」
「拠点? こんなアウェーな所で安心して休める場所なんてあるのかよ」
俺としては、《リーブラ》で休んでいたほうがよっぽど気が楽なんだけど。
「心配すんな。お前らにとっても馴染みのある場所だよ」
「馴染みのある場所?」
初めて訪れた竜族の世界で馴染みのある場所ってどういうこっちゃ。
そうやって首を傾げていると、ラザムはニヤリと笑みを浮かべた。
「お前らが前に会った竜族……ゲオルニクス翁の住んでいた家だよ」
◆◆◆
「あれが……ゲイルとゲオルニクスさんが住んでいたっていう家か」
俺はまず、目を奪われた。
桃色の……桜を思わせる木々が生い茂った林を通り抜けると、小さな湖とかなり広い平原があった。
その湖のほとりに、ポツンと一軒家がある。
まるで絵画にでもなりそうな、幻想的で美しい景色だ。
「おう。聞くところによると、持ち主が居なくなってからはずっと空き家のままらしい。この国だと魔獣も存在せず、浮浪者なんてのも居ないからそのままの筈だぞ」
『ですが……生命体の反応がありますよ』
アルカの言葉に、俺はバイザーを起動。
一軒家の中を熱感知すると、確かに生物と思わしき反応が二つ。
大きさまでは判別できないが、誰か居るのは間違いない。
「まさかとは思うが、俺たちを追ってきた奴らか?」
『反応は二つあるのですが……どうも敵性反応は無いようですね。……敵意を隠しているだけかもしれませんが』
アルカの言う敵性反応っていうのは、要はこちらに対して敵意……つまり攻撃的意識を抱いているかで判断される。
よって、相手が機械だったりすると反応はしなかったりする。
ともあれ、さっきの竜族の兵士たちの待ち伏せとは違うようだ。
「とにかく、警戒態勢だ。油断するなよ」
幸い、此処に非戦闘員メンバーはいない。
フェイと
ラザム自身、かなり強力な魔術師ではあるから、過度に心配する必要もない。
つまり、大抵の事はなんとか出来る自信があった。
そう。
自信があったのだ。
俺たちは、警戒しながらゆっくりと小屋に向けて歩を進めていた。
そうして半径100メートルくらいまで近づいた時、変化が起こった。
バタンッ! と勢いよく扉が開いたと思ったら、俺が視認できたのはそこまでだった。
後に起こったのは、形容するならば桜色の嵐。
その嵐が過ぎ去った後、残っていたのは俺一人だけだった。
他の皆は……
アルカは大木に、ラザムは岩壁に打ち付けられ、烈火吹雪の二人は地面にめり込まされてしまう。
その中、なんで俺だけ立っているのか……。
「ふにゃ!」
ノエルに助けられた。
危機を感じ取ったのか、瞬時にノエルが服の中から飛び出し、黒い翼をまるで盾のように展開し、俺の身体を嵐から庇ってくれた。
「……ふむ。奇妙なのが居るな」
そんな中、俺はこの嵐を起こした張本人を正面から見据えた。
2メートルはあるかなりの長身。
スラリとした手足に、腰まで伸びた桜色の髪……その側頭部からは鋭い角が覗いている。
そして、全身がまるで鱗のようなボディスーツで覆われた……女性だった。
その竜族の女は、ぼんやりとした瞳でこちらを見ている。
いや、見ているのは俺ではない。
この女……何も見ていない。
視力がないとかそういう話ではない。
何も見ようとしていないのだ。
今倒したアルカたちも、目の前に立つ俺すらも、ただの風景……道端に落ちている石ころと変わらない……取るに足らない存在である。
そんな印象を受けた。
この女が何をしたのか……俺の動体視力では、捉える事が出来なかった。
だが、その結果だけで俺の次の行動は決まっている。
倒れ伏したまま動かない、アルカ、烈火、吹雪……ついでにラザムを一瞥して、俺は「ふぅ」と息を吐く。
そして、怒りのままに宣言した。
「ノエル……やるぞ!」
「ふなッ!」
ノエルはスルスルとその姿を《セブンソード》の一つ、
俺はその剣の柄を両の手で掴むと、その女めがけて振り下ろしたのだった。
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