251話 桃源郷
午前3時30分。
指定された海上にアルドラゴを待機させ、俺たちはその時を待っていた。
アルドラゴの甲板に、俺たちは並び立っている。
俺、アルカ、フェイの正式アルドラゴメンバーに、エクストラチームより烈火、吹雪、そしてナイア。加えてノエルという七人……いや六人と一匹? とりあえず、そのメンバーでこれから竜王国へと乗り込む事になっている。
そんな俺たちの背後に鎮座しているのは、以前に比べてより大きく強化改造された《リーブラ》……そして《アリエス》だ。
俺たちとしては見慣れた光景なのだが、初見であるラザムは目を丸くしていた。
「おいおい、なんだこりゃあ」
そういやこんな反応も久しぶりだ。
俺は多少誇らしくラザムに紹介することにした。
「マシンドッキング3……《リーブラ》・《アリエス》合体の《リーブースター》だ」
ラザムに分かるかどうか分らんが、とりあえず説明をする。
現在の《リーブラ》は、ちょいと今までと姿が違っていた。
まず、《リーブラ》には詰め込めるだけの装備を組み込んだ。それこそ専用ビークルである《レオ》、《ジェミニ》、更にはゲイル用に《サジタリアス》。そして今回初お披露目予定である新装備まで……。
無論そうなると《リーブラ》は全長10メートルクラスの大型バスになりかねないのだが、そこは倉庫部に圧縮空間を設ける事で解決した。これで見た目的には5メートルクラスのキャンピングカーというイメージだ。
そして尤も目に付くのはその背部にある巨大なブースター。それは、元々円球状である《アリエス》を半円状に分割し、《リーブラ》とドッキングさせたもの。現状は《アリエス》の救護室機能を使う事は出来ないが、これで推進力が大幅にアップする。
長時間の滞空は無理だが、一時的に空を飛ぶことも出来る小型版アルドラゴと言っても差し支えない程の代物になっているのだ。
「いやいや、まだまだ色んなビックリドッキリメカ揃えてんだな、お前等」
いやぁ本当に。
この世界に来たばかりの頃に比べると、割ととんでもない武装の数々になっているな。いや、武装自体は元々とんでもなかったが、この世界用に色々と調整したし、俺の趣味で色々と作ったものなぁ。
今現在でもアルドラゴの工房は絶賛稼働中だ。
これからもどんどん増える事だろう。
「ところで、場所は此処で本当に間違いないんだろうな」
時間が迫ってきたところで、俺たちは《リーブースター》に乗り込み、いつでも飛び出せるように態勢を整えていた。
目の前の空間に何か反応があれば、即座に飛び出せる。
「座標は間違いないし、魔力の残滓も残っている。ここに間違いない筈なんだが……」
午前3時32分。
指定の時間まであと一分、全員逸る気持ちを抑えて空中を睨みつけていた。
そんなド深夜であるから、辺りは真っ暗である。ちなみに今日は月も出ていない。
あたりに響くのは、チャプチャプとした魚が水面を跳ねる音だけだ。
これは、駄目だったプランも考えておく必要があるかな……と思い始めた頃、目の前の空間に変化があった。
「おおっ!?」
バチッ! と、空中で突然火花が散った。
やがてそれは線香花火のようにチリチリと輝き、次第にその大きさを変えていく。
火花は、円を描いていた。
その円が完全に繋がった所で、バチバチと円の表面が光を放つようになる。
その幻想的な光景に目を奪われていたが、これはもう聞くまでもない。
『おおすげー! これが竜の国への扉か!』
全員が目を奪われている中、吹雪がまず歓声を上げた。
『うむ。実に美しい』
次に烈火が腕を組んで頷き、アルカが補足する。
『確かに、円の中心から相当量の魔力が確認されています。私たちが使うゲートの魔法に似ているようで違う……これは研究のし甲斐がありそうです』
そうしていると……
「いや待て!」
ラザムから鋭い声が飛んだ。
「ちくしょう! あいつ等やりやがった!」
苛立ったように今現在腰かけている座席のひじかけを叩く。
「どうした!?」
「魔力の放出量が弱い! こいつは予定よりも早くゲートが閉じるぞ!」
「なんだって? だったら、もう突っ込めばいいのか?」
「いやまだだ! このまま待てばゲートの色が白色になる。今はまだ青だから、このまま突っ込んでも海に飛び込むだけだ。
ただ、白色になっている時間は予定よりもずっと短いぞ」
初っ端からとんでもない事態になった。
……が、こういったトラブルは想定の範囲内。
俺は慌てることなくラザムに確認した。
「とにかく、白色になれば飛び込んでいいんだな」
「ああ。悪い、竜族の奴ら嫌がらせしてきやがった。ちくしょう、このままじゃ―――」
ラザムが喋っている最中であるが、円の色が変わり、確かに白色に変化した。
その瞬間、俺は指令を下す。
「フェイ! 突っ込め!」
『了解です。艦長!』
時間にして僅か0.5秒。
その間にリーブースターはゲートを潜り抜けた。
一瞬……アルカたちがゲートの魔法を使う時と同様に、奇妙な浮遊感が襲う。これが何分も続けば気持ち悪さは相当なものになるだろうが、あくまでも一瞬だからすぐに何も感じなくなる。
『ゲート、通過完了』
フェイの言葉に俺は一息ついた。
「へ?」
なにやらラザムが間抜けな声を発したが、無視して窓の外へ視線を向けた―――が、まだ後遺症が残っているのか、視界がぼやけているな。
『おおー! すげぇ、これが竜の国ってやつなのか!』
『うむ。これはカルチャーショックというやつなのか?』
いつもの如く感性はオリジナルのミカとジェイドと同レベルの烈火吹雪の二人が感嘆の声を漏らす。
そんな俺たちの様子を見てか、ラザムが呆れた様に言った。
「え、えーと……ものの一秒も無かったと思うけど、マジであんな一瞬で通り抜けたの?」
「マジの一瞬で潜り抜けた。で、ここが本当に竜の国で間違いないのか?」
「あ、ああ……。間違いはないんだが、いやはや驚いたな」
驚いたのはこちらも一緒だ。
と言っても、今更アルドラゴの技術力に驚いたわけではない。
窓の外に広がる光景についてだ。
飛び出した先は空の上で、窓の外からは竜王国とやらを一望できる。
この世界に来て、いろんなものを見てきたはずだったが、それでもこの光景は最もファンタジーな光景と言えるだろう。
それは、言い表すならば……極彩色の世界だった。
眼下に広がるのは色とりどりの木々で覆われた森林部。そして大小さまざまな山々。
この色とりどりの木々は、本当の意味で様々な色でその葉を咲かせていた。
春の桜とか秋の紅葉とかいうレベルではない。
緑、赤、黄、桃というお馴染みの色から、青、紫、白なんていう地球ではほぼお目に掛かれない色をした樹木たちなのだ。
そして、極めつけはその大地を取り囲む海……。それは、薄桃色をしていた。
また見たところ、波のうねりのようなものは見受けられない。
言い表すならば、薄桃色の雲の上に浮かぶ島……そんな印象だった。
よく、東洋の神話に桃源郷という理想郷みたいな世界があったと思うが、目の前の光景は正にそれだ。
改めて、俺たちが居るのは異世界なんだと実感させられた。
しばしの間、竜王国の実態に圧倒されていたが、ここらでいい加減追求しなければならない事がある事を思い出した。
あの時ラザムは言ったのだ。
“嫌がらせ”
それは一体どう意味なのだ?
といった感じで、視線を送っていると、ラザムが手を挙げて降参の意を示した。
「……ああ、お前の言いたい事は分かっているさ。さっきの言葉の意味だが―――」
が、その言葉の先は聞くことが出来なかった。
『艦長、囲まれました!』
フェイの言葉と、ピピピ……《リーブラ》内部にと警戒音が鳴り響いたのは同時だった。次の瞬間には、いくつもの飛行物体が出現し、《リーブラ》のフロントガラスの向こうを覆い隠す。
……ドラゴンの群れだ。
ただ、俺がかつて見たゲイルの
更に、その肉体は鎧のような装甲で包まれており、その手には槍のような武器が握られている。
ドラゴンというよりは、同じくファンタジー作品によく出てくる
そのドラゴンの群れは、俺たちに向けて槍の矛先を向け、高らかに言い放つ。
「そこの不審な物体! 速やかに武装を解除して地上に降りろ!」
ドラゴンたちは俺たちに槍の矛先を向けているのだが、よくよく見ると形状が槍とは少し違う。
矛と思われていた部位の先にあるのは、穴。分かりやすく言うのならば銃口だ。
『あれはどうも近接戦闘武器どうよりは、高出力熱線兵器のようですね。確かに、竜族という種族は予想以上の科学力を持っているようです』
アルカの言葉に俺も頷く。槍のように見えるが、実はビームライフルのような武器という事らしい。
最初に聞いていたドラゴンと科学っていう言葉がどうにも結び付かなかったが、現物を見ると受け入れざるを得ないようだ。
それにしても、招いておいていきなり武器を突き付けるってどういう事なんだ。
話が違うじゃないかと文句を言おうとしたら、隣の座席に座っていたラザムがダンッとひじ掛けを叩いて立ち上がった。
「チッ! てめぇらで呼び込んでおいて、その言い草はねぇだろうが」
おっと。
という事は今の状況は想定外の事態って事ですか。
となると、いまするべき選択肢も増えてくる。
「どうする? 従うのか、それとも逃げていいのか?」
「あん? 逃げられんの?」
「行けるよな?」
フェイに視線を向けると、力強い言葉が返って来た。
『ええ、行けます』
「じゃ逃げろ。ここで捕まっても、碌なことにならねぇよ」
「方角は?」
ラザムはササッと辺りを見渡し、思わず指を刺そうとするが慌てて引っ込める。
「おっと指差したら目的地がばれちまうな。じゃあ、正面のあの山のふもとを目指せ。あそこなら―――」
ラザムが最後まで言い切る前に俺は即断した。
「フェイ、《リーブースター》全速前進だ」
『了解です。艦長!』
《リーブースター》は車体を傾けると、目にもとまらぬ……否、映らない程のスピードでドラゴンたちの囲みを突破し、指示通りに前方の山へと直進する。
だが、相手は人間ではなくドラゴンだ。身体能力も人間よりはずっと高いらしく、即座に俺たちが逃げた方向に向かって追跡を始めた。
こんなだだっ広い大空を飛んでいれば、いくらスピードが速くても目的地を特定されてしまう。流石に、土地勘のない俺たちでは人海戦術で追い込まれてしまうだろう。
だから―――
「お、おい! 目的地はとうに過ぎたぞ!?」
ラザムが焦ったように叫ぶ。
だから敢えて目的地を通過し、しばらくした所で眼下の森林部へと降下した。
そして車体に
「いや、姿を消すだけじゃだめだ! 竜族は視覚だけじゃなく熱感知や魔力感知も出来る! すぐに見つかっちまうぞ!」
「いや、大丈夫だ。ステルスモードを作動させると、完全に周囲に溶け込むことが出来る」
あくまで表面上ではあるが、視覚、熱感知、魔力感知も全て騙す事が出来る。
表面上ではあるから、触れたらすぐに分かってしまうが、見ただけでは判別不可能であるだろう。
案の定、俺たちの遥か頭上を竜族たちが通り過ぎていく。
どうやら、完全に騙せたようだな。
「マジで気付かずに行っちまった。……竜族まで騙しちまうなんて、とんでもねぇ技術だな」
ラザムが半分呆れた様に言った。
……確かに、言われてみるとそうかもしれない。
俺たちにとって竜族は接点があまりにも少なすぎる。
アルドラゴのテクノロジーがどこまで通用するかは未知の部分がある。今まで大丈夫だったんだからという理屈は危険だ。気を引き締めていこう。
俺はそう思い直し、ラザムに向き直った。
「そんじゃ目的地にまずは向かうけど、その山のふもとには一体何があるんだ?」
「ああ、村がある」
「村? 大丈夫なのかよ」
竜族の村だろ? そんなもん、見た目ヒト族の俺らが行った所で即通報されるのが関の山じゃないのだろうか。
そう思っていると、ラザムは俺の思惑を察したのかポンと肩を叩いた。
「心配すんな。そこはほぼヒト族しか住んでいない村だ。それに知り合いも居るから、一休みするにはもってこいだ」
「ヒト族しか居ない村だって?」
『意外です。竜族の支配する土地だというのに、ヒト族も存在するのですか?』
「おお居るともさ。それにヒト族どころじゃない。獣族も居れば海族も居るぞ。魔族と翼族は流石に居ないが、樹族の連中も確か居た筈だ」
「なんだって!?」
予想外の言葉に、俺たちは思わず顔を見合わせていた。
「ここは行き場をなくした全ての種族が住まう場所……言ってみれば
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