220話 神聖ゴルディクス帝国




 空の上でレイジたちチーム・アルドラゴの面々が神相手に激闘を繰り広げている頃、遠く離れた地……神聖ゴルディクス帝国でもちょっとした事件が起こっていた。



 話は、聖女ルミナと槍聖クロウが本国より緊急招集を受け、帰国してからの事だ。

 巨大な円卓のある広間へと、ルミナ、クロウの二人は案内された。


 ここは、十聖者たちが使う事を許された会議室。

 尤も、ルミナ自身ここを使う事は初めてだ。

 十聖者を十人全員揃えるような事が起きなければ、ここは使われる事はない。それだけ、今回の事は異例だという事だ。


 会議室には、既に他の十聖者が集まっていた。


 弓聖フォレスト……一応立場上は十聖者の長となっている我らが若手筆頭の会長サマ。何処か苛々した様子で宙を睨んでいる。


 聖術士マリード……ゴルディクス帝国では今は使う者の少ない魔法を操る老婆。相変わらず表情の読めない様子で静かに座っている。


 聖機士ディオニクス……室内だというのにサングラスをかけた30代半ばを過ぎた壮年の男。正直空気の読めないセクハラオヤジであるため、ルミナとしては苦手な男である。


 聖獣士ビスク……派手なメイクをした若い女性。……言うなればギャルである。かなりのマイペース人間で、今も周囲の様子なんてお構いなしに爪の手入れをしている。


 聖断ヴェルド……十聖者の中最も苦手……というか、話の通じない男。真っ白い装束に、顔を全て覆い隠す仮面をしている。恐らくは男。なんで恐らくなのかは、後程説明しよう。


 剣聖ジーク……ルーベリー王国にて失態を犯した旧知の男。ここに居るという事は、少しは病んだ精神を取り戻せたか? だが、その顔色は悪い。


 欠番として聖騎士ルクス……噂で聞いたが、既に処分されたらしい。


 槍聖クロウ……ルミナの隣に座る、最も……というか唯一信頼のおける十聖者の一人。


 聖女ルミナ……自分だ。


 自分たちが席に着いた事で扉が閉められる。という事は、これで十聖者が終結という事か。


 ……おや? よく見れば空席が二つある。

 一つは聖騎士の席だとして、もう一つは何だ? 周りのメンツを確認しようとした所で会議室の正面にある大扉が開いた。

 現れたのは、豪勢な衣装を身に着けた若い女性……皇帝である。


 皇帝は、ゆっくりと視線を動かし集まった者たちをそれぞれ見据える。

 

「全員集まったようですね。普段は世界各地に散っている十聖者がこうも揃うと壮観です」


 凛とした鈴のような声が会議室に響き渡る。

 刷り込まれた本能というのはこういうものなのか、声を聞いただけで身体に震えが走った。


 それは集まった者たち全員がそうなのか、十聖者は一斉に席から立ち上がり、皇帝に向かって深く礼をする。


「うむ、では会議を始めるとしよう」


 皇帝が用意された椅子に腰かけると、十聖者もそれぞれ席に着いた。

 ふと、自身の正面にポッカリと空いた一席を見て、弓聖フォレストが口を開く。


「陛下、失礼ですが全員ではありません。拳聖卿の席が空いております」


 その言葉に、隣に座る老婆……聖術師マリードも頷いた。


「ふぅむ、我らの中で一際忠誠心の高い奴が姿を現さぬとは、何事かあったかのかね……」


 それについては、他の十聖者も同じ意見だったようだ。

 だが、皇帝は静かに淡々と事実を述べる。


「うむ。そのことで皆を集めた。……奴は死んだ」


 その途端、静寂が流れた。

 この場に集まった全員、今皇帝が述べた言葉の意味を理解出来なかったのだ。


「はっはっはっ……陛下もご冗談がお好きなようで」

「その通り。あれほどの男がやすやすと死ぬはずもない」


 咄嗟に出た言葉がそれであったが、誰もが吐いた言葉の


「事実だ。貴公らに集まってもらったのも、それが原因でもある」


「―――!!!」


 十聖者全員に衝撃が走る。


「そんな……拳聖卿が―――」


 特に顕著だったのが、弓聖フォレストであった。

 怒りと悲しみが混じったような表情が浮かび、必死に叫び散らしたい衝動を堪えている。

 それをしなかったのは、十聖者として選ばれた者の矜持であろう。


「―――何者だ? 拳聖卿を殺せる手段を持つ者など、この世界に何人もいるとは思えない」


「それについて、この男に説明してもらおう」


 皇帝の背後より会議室に入って来たのは、これまたルミナにとって顔なじみの男……金那川総司かながわそうじことアウラムであった。


「やあやあ、十聖者でもない僕が、この場に立つ事をお許しください。技術開発局……アウラムと申します」


「……何故、貴様のような男が呼ばれたのか、疑問は山ほどあるが、とりあえずは話を聞くとしよう」


 顔は知っているがさほど親しい間柄では無いフォレストが苛立ちを隠さずに言う。


「はい、ではまず技術開発部の我々が請け負った任務について説明しましょう。

 十聖者たる皆様方なら御存知かと思われますが、現在ブローズ王国近郊において、新種の魔獣が発見されております」


 それは確かに知っている。実際、ブローズ王国に滞在して実情を把握していたのは自分たちなのだ。


「新種の魔獣など、早々発見されるものではありません。そこに何か人為的なものを感じ取った我々技術開発局は調査に乗り出しました。そこで、その原因が今は伝説と謳われている翼族が住まう島……サフォー王国……いえ、今は王政では無いようなので、天空島サフォーと呼称しましょう。つまり、そこにあるのではと推測を立てた訳です」


 天空島の話を聞き、ルミナは嫌な予感を感じ取った。


「なるほど、天空島の事は知っている。だが、あそこは我々の技術を持ってしても、干渉する事が不可能な場所だったはず。それが、拳聖卿の死とどう繋がる?」


「まあまあ、慌てないでくださいませ。

 確かに干渉することは困難な場所でした。……ですが、不可能ではない。

 皆様なら御存じでしょう。僕のこの能力について……」


 その言葉に、十聖者それぞれの目に理解の色が浮かぶ。


 彼も自分たちと同様に異世界よりやって来た者だ。彼がこの世界に来た事で発現した能力……それこそが、空間跳躍。

 空間に穴をあけ、離れた場所と場所を繋げる事が出来る。

 尤もそれには制限があり、自分が立つ場所をX0:Y0:Z0として対象の場所をX2658:Y3650:Z120……とまぁ、このように細かく設定する必要がある。


 その点を差し置いても便利な能力であるが、当然ながらデメリットもある。


 燃費が異常に悪いのだ。

 転移に要する魔力をチャージするのに、およそ1~2週間。しかも、距離が離れすぎると空間の穴を維持できる時間が僅かになってしまう。

 だから、便利な能力であってもこの力を利用するのは、有事の事態だけと限定されていた。


 確かに、詳しい場所さえ算出出来れば、アウラムの能力で空の島に辿り着くことが出来るだろう。

 自分の知らないところでそんな事が起こっていたのかと思う一方で、ルミナは嫌な予感を払拭できないでいた。

 何せ、その島にが向かったという事を知ったばかりなのだ。


 そこで拳聖が死んだ。

 つまり―――


「拳聖ブラウ卿は、独自の力で天空島サフォーまで辿り着いたと思われるハンターチーム……チーム・アルドラゴの者たちと激突し、結果として命を落とされました」


「―――!!!」


 ―――やはり。

 嫌な予感というのは完全に的中した。


 空に浮かぶ島に向かったと言われているチーム・アルドラゴ。

 そして、空の島の調査に向かって命を落とした拳聖ブラウ。

 その二つが結び付くのは必然とも言えた。


「チーム・アルドラゴ……話には聞いているが、そいつらが拳聖卿を殺した……だと?」


「はい。僕は一緒に同行していた訳ではないので、詳しい経緯いきさつは知りません。ただ、結果として拳聖ブラウは死亡し、同行していた部隊も全滅する事になりました」


「………」


 ほとんどの者たちに信じられないという顔が浮かぶ。

 ルミナだってそうだ。

 拳聖ブラウの力は、ルミナだってよく知っている。正直、聖騎士ルクスや拳聖ジークが1だとすると、彼は10くらいある実力差があると思っている。

 それが殺された。

 しかも、相手は自分がずっと探して行方を追っていたチーム・アルドラゴ……いや、彰山慶次あきやまけいじだというのか。

 ……なんという悪い冗談のような話だ。


「ふぅむ。つーか、アルドラゴって例のハイテク兵器持ってるハンターチームだっけ? 確か、ジークちゃんが喧嘩ふっかけて、返り討ちにあったんだっけか」


 聖機士ディオニクスの言葉に、ジークはキッと睨み返す。が、その腕は小刻みに震えている。

 彼らの名前が出たことで、あの時の恐怖を思い出したのかもしれない。


「でもさ、ただのハンターチームがどうやって空に浮かぶ島に到達した訳? 独自の力って事は、アウラムちゃんは知ってるのかな?」


 ……言わないで。

 ルミナは必死に心の中で念じるが、その願いは叶えられなかった。


「ええ、これは僕も驚いたのですが、彼らはなんと巨大な戦闘機……いえ、空中戦艦を持っていました。あれで、空に浮かぶ島まで辿り着いたのでしょう」


「は? 空中戦艦?」

「どういう事だ!? どうして奴らがそんなものを持っている!?」


「いや、それは流石に僕にはわかりかねますよ」


 詰問されたアウラムが両手を上げて焦ったように言うと、隣に座る皇帝が静かに口を開く。


「どうも、奴らは我々の想像を超えるテクノロジーを持っているようだ。最初に聖騎士が打倒された段階で、手を打っておくべきだったな」


「ちなみにその空中戦艦ですが、現在開発部が港に建造中の“アレ”がありますよね。アレが、そのまま空中に浮かんでいると思ってください」

「ひゃは! そりゃすげぇ!! アレを空に飛ばすとか、うちらの随分先の技術力じゃね? なんでまたハンターとかやってんだよ!」


 アウラムの補足を聞き、ディオニクスはゲラゲラ笑いながら机を叩いている。


「ルミナ君!」


 すると、突然こちらに向かって声が飛んできた。

 フォレストだ。


「は、はい!?」

「チーム・アルドラゴとやらの事は君に一任していた筈だ。どういう事だ!?」

「そ、それは……」


 確かに、チーム・アルドラゴに関する事は、自分こと聖女ルミナが責任者という事になっていた。

 とは言え、今回の事は自分の知らないところで起きた事……。

 果たしてどう答えるべきか、言葉が繋げずに言い淀んでいると、ポンと肩に手が置かれる。

 クロウである。


「奴らが天空島へ向かった所までは掴めていた。だが、私たちには追いかけるための手段が無い。その申請を出そうとしていたところで、今回の事件だ。残念だが、一足遅かったみたいだね。

 まぁ尤も、技術開発部と拳聖卿が行っていた作戦の情報がこっちにも入っていれば、最悪の事態になる前に手は打てていたかも……だが」


 確かにクロウの言う通りでもあった。

 自分たちは、自分たちに与えられた情報と権限の中で精いっぱい動いていたつもりだ。

 それがもし、科学技術部と拳聖ブラウがそういう行動を行っていることを知れていたとしたら、即座に連絡を取って共に天空島へ向かうか、もっと多くの戦力を向けられたはずである。


 が、それはあくまでもたらればの話。

 現実としてそうなっていない以上、フォレストの怒りを買うだけであった。


「言い訳はいい! これは明らかに君たちの責任だぞ!!」


 凄まじい……怒気だけで人が死ぬんじゃないかと思わせるほどの圧力が発せられている。

 それも当然……弓聖フォレストにとって、拳聖ブラウという男はこの世界に来てからの師……あるいは父親のような存在でもあった筈。

 彼の怒りを鎮めるまではいかずとも、その怒りの受け皿にはなる必要がある。

 ルミナは覚悟を決めて、フォレストに向き合った。


「それは……申し訳ありませ―――」


 が、その謝罪の言葉は皇帝によって遮られる。


「いや、聖女ルミナだけの責任ではない。確かに、情報共有を怠っていた我々の責任も大きい」


「しかし陛下―――」


 怒りの声を皇帝は手で制し、新たに宣言した。


「だから、これより皆の意識と目的を一つとする。

 我ら神聖ゴルディクス帝国は、これよりこの謎のハンターチーム……チーム・アルドラゴの捕縛……もしくは殲滅を第一目的とする。

 奴らの存在……最早捨て置くことは出来ん。我らと同等かそれ以上の科学技術を持つ者達など、この世界にあってはならんのだ」


 嫌な予感というのは、続くものだ。

 ルミナは天を仰ぎ、かつての自分の想い人の顔を思い浮かべるのだった。


 これまでの比ではない。

 彼らは……いや彼は、この世界で最大の勢力を持つ国家を敵に回したのだ。



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