70話 レイジVS聖騎士ルクス
俺はとにかく怒っていた。
と言っても、過去に激怒の末に暴走した時とは違い、頭の中は何処か冷静に現実を見つめられる。
怒りの矛先を何処に向ければいいか、力をどう振るえばいいか……それは理解している。
頬を赤く腫らし、驚いた顔でこちらを見つめている腐ったクズ野郎。アイツがこの惨状を引き起こしたんだ。
ゲオルニクスさんを殺し、街をここまで破壊した。
知り合いの店のある区画からは少し離れているだけでもホッとはしたが、それでも大勢の死傷者が出ただろう。
だというのに、それをやった張本人が「はあ? それが?」な態度な事がまず許せない。こんなクズ野郎の癖に聖騎士を名乗っている事が許せない。
正直、コイツをぶん殴った所で街が戻る訳でも無い。むしろ、ちゃんと拘束して王国側にでも突き出すべきだろう。
……それでも、とりあえず気の済むまではぶん殴りたい。
今この国でそれが出来るのは俺だけだろうし、被害者達だって誰も止めたりはしないだろう。
うん。だから気の済むまでぶん殴ってやる。
「は……はは。まさか、ここまで力があるとは思わなかったぞ」
クズ騎士様は、なんとか立ち上がりこちらへ向けて満面の笑みを作る。
うわ……気持ち悪い。
「お、おいルクス! 本気で戦うつもりならコイツを飲め!!」
背後のお供の騎士みたいな奴が、クズ聖騎士に向かって瓶のようなものを放る。
クズ聖騎士の方は、一瞬だけ逡巡したものの、結局は蓋を開けてグビグビッとそれを飲み干した。
その場に瓶を放り捨てると、何やら奴の身体からシュウシュウと音を立てて湯気や蒸気のようなものが発生しているな。よく見れば、俺がぶん殴った頬の腫れも少しずつ小さくなっていく。
多分、傷や体力を回復させるようなもんなんだろう。どこまで効果があるか分からないが、全快していると思っていいだろうな。
まぁ、使うだけ使え。
出来るだけ万全の状態の時に叩きのめせば、それだけアイツのプライドもズタズタになるだろうし。
正直言って、負ける気がしない。
「改めて名乗ろう。我が名はルクス・アルデバート。神聖ゴルディクス帝国の聖騎士の称号を持つ男だ」
完全に回復したらしいクズ聖騎士……ルクスが、剣の切っ先をこちらへ向けて高らかに声を上げる。
俺はその様子を冷めた目で見据え、
「……もういいか?」
「何?」
「じゃあ、始めるぞ」
ルクスへ向けて右手を向け、「マイナス」とだけ呟く。
すると、ルクスの身体はこちらへ向けてまるでロープで引っ張ったかのように吸い寄せられる。
「な、何!?」
そして、ほんの一瞬で目前までやってきたルクス目がけて、拳を振り下ろす。
拳は先ほどぶん殴った左頬に命中し、ルクスは殴打の衝撃で足元の瓦礫の中へと埋没した。
「ぐっ! き、貴様!!」
さすがは聖騎士。すぐに立ち上がり、俺へ向けて拳を振るってきた。
が、初期からすれば十分に成長した今の俺の動体視力と危機察知能力をもってすれば、特に避ける事は難しくは無い。全ての打撃を紙一重で避けて見せ、そのカウンターでもって何発もの拳をルクスの顔面へと叩き込んだ。
その顔はボコボコに腫れ上がり、最早イケメンの片鱗は感じない。
昔何かで読んだのだが、プライドの高い人間ってのは素手で顔を殴られるのが一番堪えるらしいし、プライドをへし折るのにも効果的なんだとか。
だから、俺は基本的に顔しか狙わないぞ。
ちなみに、スーツの出力は大体30%。殺すわけにもいかんから、適度にボコボコに出来るギリギリのラインって事でこの出力にしている。
……それにしても拍子抜けだ。
聖騎士とやらの力のレベルはよく分からんが、コイツは一応Aランクのハンターでもある筈だ。Aランクハンターと言えば、ブローガさんと同等かそれ以上の力を持っている筈。
だというのに、かつて戦ったブローガさんと比べて強いと言う感じがしない。いや、あのゲオルニクスさんと戦って勝ってはいるんだ。強い事は強いんだろう……。その筈なんだが、俺個人としては脅威を全く感じない。
『それは恐らく、ケイが強くなったからですよ』
(―――俺が?)
今は魔晶モードとなって俺のサポートに徹してくれているアルカの言葉ではあるが、俺としてはいまいち頷きにくい。
だって、強くなったって言ってもスーツとか戦闘技能のインストールとかでズルして得た力だ。そんなもんで強くなったって言っても、いまいち実感がわかない。
『スーツの力も戦闘技能も、ケイが強くなったからこそ上手に扱えるようになったんです。考えても見て下さい。スーツの出力を上げただけで力に振り回されていたというのに、今はきちんと扱えているではないですか』
(……まぁ、言われてみれば)
『戦闘技能に関しても、頭で考えた通りに身体が動かせるようになったという事です。約一ヶ月間の地道なトレーニングが実を結んだと言う事ですよ』
確かに今では蹴りを放つために高く足を上げたとしても、股に痛みとかは感じなくなったからな。実感は無かったけども、俺も強くなっていたという事なのか。
そう思うとなんか嬉しい。
「くそっ! ふざけやがってふざけやがって!」
いや、俺としてはふざけているつもりは無いんだがな。
ルクスは急いで俺から距離を取ると、改めて剣を構えた。まぁ、今の俺は武器を持っていないからな。間合いを取って戦うって事か。その選択は間違ってないな。
「光刃剣!!」
聖騎士が刀身に手を添えると、白刃の剣が光を纏っていく。なんと……いわゆるレーザーブレードじゃないか。敵だと言うのに羨ましい技だなこれ。
「ぬあああっ!!」
ルクスは雄叫びを上げ、光刃剣を振るった。
ふむ。レーザーブレードって事は、ただ剣に光を纏わせているってだけじゃなくて、光を利用して刃を伸ばしたり、巨大化させたりも出来るって事だよな。
俺の攻撃の避け方は、さっきもやったように紙一重で避けるのが最近は癖になっている。と言う事は、紙一重でサッと躱した瞬間を狙って剣を伸ばしたり大きくしたりして、俺に当てる作戦かな?
……なら、これでどうだ。
俺は光の刃を今まで同じように紙一重で避ける。
すると、その瞬間を狙ったかのように聖騎士はニヤリと笑い、刃を瞬間的に巨大化させる。
予想通り。
ならばと、俺は瞬間的にバリアを出現させ、その一撃を受け止め、そのまま受け流す。
当人や傍目からは、剣自体が俺の身体に当たる寸前に強引に動かされたように見えただろう。
「な―――!?」
聖騎士は唖然とした顔でその様子を見つめていた。
やがて我に返り、もう一度剣を振るう。が、それもさっきと同じように受け流す。もう一度……もう一度……。聖騎士は、何度も繰り返すが、光刃が俺の身体に当たる事は無かった。
「なんでだ……なんでだぁぁぁっ!!」
狂ったように剣を振るうが、やはり剣は当たらない。
なんでだと言うが当たらないようにしているのだから当たり前だ。とは言え、こちらもいい加減付き合うのに飽きてきた。
大体、こちとら装備の二割しか使ってないぞ。
「くそっくそっくそっ!!!」
再びルクスは俺から距離を取る。
うん? 何か新しい手でも使おうってのか?
ルクスが胸元のポケットから取り出したのは、何やら白く光る魔石のような代物だった。
「お、おいルクス! それまで使っちまうのか!?」
後ろの騎士仲間が焦ったような声を出す。
どうやら、奥の手みたいなもんらしいな。
よくある物語だと、強者の
ルクスがその魔石モドキを天に向かって放ると、周囲から光のようなものが魔石モドキへと集まり、やがてそれは巨大な鳥の姿へと変化する。
『上級魔獣の一種……ガルーダですね』
元はインド神話に登場する神の鳥だったか。まあ、こちらの世界では雷光を纏った怪鳥といった表現が正しいか。あと、よく見れば頭部や翼等が装甲に覆われている。
でも、何故に魔獣がこんなところに?
『あれは恐らく、帝国が作り出した人工魔獣のようですね。確か、帝国では聖獣と呼んでいるんだとか』
「聖獣ねぇ。魔じゃなくて、あくまでも聖なるもんだって訳かい」
物は言い様である。
それにしても、人工的に魔獣を作るとか、とんでもない事考える奴らだな。
で……ここで出したって事は、あのガルーダと共同して俺と戦うってのか?
「来い! レリィィィ!!!」
「キシェェェェェッ!!!」
ルクスの叫びにガルーダが応える。どうも、あのレリーってのはガルーダの名前なのか。
ガルーダは一直線にルクスの頭上へ舞い上がると、一気に真下のルクスに向かって急降下した。
まるで、ルクスの身体に雷が落ちたかのような光景。
雷鳴が轟き、辺りが光に包まれる。
しかし、俺はバイザーの遮光機能によって光の中で何が起こったのか見る事が出来た。
融合である。
正に雷と化したガルーダがルクスに降り注ぎ、その力を聖騎士へと明け渡す。
聖騎士の頭部はガルーダの頭部を模した仮面に覆われ、身体の各所にも白銀の装甲が出現している。何より、際立つのはその背だ。
ガルーダの巨大な翼が生え、まるでマントのように広がった。
元からヒーローじみた能力とか格好だったけど、まさか変身と合体をやってのけるとは……。侮れないな異世界。合体はさすがに俺もまだやってないぞ。
……見た目がちょっと格好いいのが気に食わないが、要は天使と言われたいのか。
それにしても、正に聖騎士様なビジュアルである。
反対に俺は全身真っ赤だし、モノアイだし、明らかに敵方のキャラだなこれ。物語だったとしたら、絶対にライバルにされる。
あ……意識していなかったけど、見た目完全に赤くて三倍なあの人の機体だな俺。いやまぁ、好きだから別に良いけど。
「こうなったら、今までのようにはいかんぞ……」
仮面のせいで表情は見えなくなったが、随分と強気な姿勢だ。多分、それなりには強くなっているんだと思う。
さて、だとすればこっちもそれなりに戦うとするか。
今の俺は、アーマードスーツの上に様々な装備を取り付けた、
敵の強さのレベルが分からなかったので、とにかく身に着けられる限りの装備を持ってきた訳だ。ただ、そのせいで僅かに来るのが遅れてしまった事は深く反省している。
まあ、そっちがフルスペックで相手をするというのなら、こっちもやってやろうじゃん。
バサッバサッと翼をはためかせて聖騎士は宙に舞い上がる。
なんか得意げな顔をしていそうな気がするが、別にこっちも飛べる事は飛べるんだよな。……翼は無いけども。
ジャンプブーツのホバリング機能を使えば、ほぼ飛んでいると同じ意味だろう。
じゃあ対抗して飛んで見せてやろう……と思っていたら、
『こ、これは……』
アルカが戸惑ったような声を発した。何かマズイ事でも起きたのか? と、
「な、何!?」
不意打ちの攻撃にルクスはバランスを崩し、そのまま地面へと墜落する。
そのまま瓦礫の上に落ちたら無様過ぎたと思うが、さすがに途中で体勢を立て直して着地する。そして、キッと俺を睨み付けた。
いやいや、今のは俺も知らないぞ。一体何者―――?
『……多分、敵ではありません』
アルカから忠告が入った。アルカには珍しい多分って言葉が気になるが、味方だとしたら何者?
と思っていると、その者は空からやって来た。
俺が現れた時と同じ様に、弾丸の如き勢いで飛来し、俺とルクスの間辺りへと三点着地する。
「……あ」
その者は、俺と同じくアーマードスーツを身に纏っているが、メインカラーがグリーンだ。後は俺と同じくバイザーとジャンプブーツ、バリアガントレットも装着している。
一番気になったのは、手に持った弓らしき巨大な武器。あれは、アルドラゴの武器庫にあったライトニングボウだ。さっきのルクスを撃ち落とした攻撃は、これによるものらしい。
「レイジ殿……悪いが、この男の相手は俺がさせてもらう」
そう言ってバイザーを額の位置に上げた男の顔は見覚えがあった。
彼は、ゲオルニクスさんと一緒に居た、あのエルフの青年だ。
「爺ちゃんの仇……討たせてもらう」
青年は、力強い眼光で聖騎士ルクスを睨み付けた。
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