小さな救世主
「おいひい……」
「うんま……」
二人はいま、バスケットの中に入っている温かくそして柔らかいパンを口いっぱい頬張っていた。中にはレーズン入りなど手の込んだものもあったが、そのようなものはファスランに譲ってあげていた。そして五分も経たぬうちにぱんぱんにあったパンは完食されていた。
「ふぅ、いやー満腹だ!ありがとう、助かったよ。えっと……君の名前は?」
「ぼくは、丸瀬流亥、だよ」
緊張のためかこうギクシャクした顔と態度で言ったのは、見た目にして十歳前後にしか見えない男の子だった。服装も半袖のTシャツに動きやすそうな半ズボンで、灰被ったような色の短髪と、これといった特徴のない普通の男の子だ。強いて言うならばカワイイ系な顔立ちが特徴だろうか。
そう。洞窟の外からこちらに向かってくる足音の正体は彼だったのだ。村から追い出された彼らを心配して食料を持ってきてくれたらしい。
「村のヤツら、酷いヤツらでしょ?」不意に流亥が言った。「魔物が絡むとすぐ頭に血が上るんだってさ。タンリャクテキ?だよね」
「うーん、まだイマイチ追い回された理由がよく分かんねぇんだよな」そう言いながら信吾は矢の当たった胸を摩った。やっぱり違和感がある、おかしい。あれほど荘厳で仰々しかった鎧は今や、彼の胸板ピッタリに薄く張り付いているようだ。いや、こう言うよりむしろ彼と鎧が融合しているとした方が分かりやすいかもしれない。それは胸だけでなく腕や胴回り、脚に至るまでに起きている摩訶不思議な現象であった。
「ごめんなさい。多分私のせいよ」ファスランが目線を逸らしながら言う。「私が海辺であの子にお礼を言っていたところを見られたんだわ。それで、一緒にいた信吾まで巻き込んじゃったの」
目は相変わらず合わないが、彼女は信吾に対して申し訳ない気持ちでいっぱいらしい。無論、彼もその気持ちを汲み取れないほど鈍感ではない。
「そんな、別に全然大丈夫だよ。むしろ僕は君のその能力に感謝しなきゃだからね。そのおかげで助かったんだから。それにしても凄いよ。魔物……じゃなくて海獣か、これと意思疎通できるなんて。そんな魔法聞いたこともないし、一体いつ会得したの?」
「これは能力なんかじゃないわ。生まれ持っての特技……というのも違うような。とにかく、そういうものなの!」
なんだか最後は投げやりに答えられてしまった。しかし、この会話で彼女を取り巻いていた悲壮感は消え去ったようだ。
「……ねぇねぇ!まだ食べたいものとかある?飲み物とか」蚊帳の外は寂しいのか流亥が話しかけてきた。
「いや、僕はおなかいっぱいだし、喉も乾いてない」
「私も」
あれほどの日差しの元で一日近く寝ていた割には喉は全く乾いていなかった。これはこれで身体に良くない兆候なのかもしれないが、流亥を外にやって危険な目にでもあったら大変なため今は我慢することにする。
「……それじゃあ!なんかぼくにできることはある?」この少年、どうしても彼らの役に立ちたいらしい。
「何かやる事か……そうだなぁ……」
「じゃあさ、流亥くんのことが知りたいな」ファスランがフォローを入れてくれた。「どうして流亥くんは私たちのことを助けてくれたの?」
「それは……」少年はあからさまにモジモジしだした。「……笑わない?」
「もちろん!」
「えっとね、まずね、ぼくのお父さんとお母さんは博士だったんだ。魔物の研究をしててね、それで……」
「うんうん」少年の拙い説明に頷き、耳を傾ける。
「まだぼくが生まれた時にはこの島にも魔物がいたんだって。でも、ぼくが六歳くらいの時にクチク?しちゃったんだって。だから、お父さんとお母さんは僕をおいて島を出ていっちゃったんだ。この島じゃ研究が続けられないって。それで今日、外から魔物だー!って聞こえてきたから、お兄ちゃんとお姉ちゃんに聞けばお父さんとお母さんのことが分かるかなって」
流亥は時折声を上ずらせながら最後まで説明してくれた。が、残念ながらそもそも彼らと魔物との繋がり自体暴走した防衛兵の勘違いによるものなのだから、彼らに流亥の両親の居場所など検討のつくはずはなかった。
しかしそれで何もしない訳にはいかない。ファスランは流亥を優しく両腕で包み込み胸に抱えた。
「流亥くんは寂しかったのね。お父さんとお母さんが居ないことも、それに変わる誰かが居ないことにも。私にもよーく分かるわ。だから今日はお姉さんたちとここで過ごしましょう。ここは暗くて狭いけど、きっといつもより温かいから」
かの少年はこの文言を聞きながら脱力した。指の先まで力の抜けた彼はリラックス状態に陥り、眠くなりだしたようだ。声も虚ろになっていく。
「お姉さん、お母さんみたい。それでお兄さんが……」
ここまで言って眠ってしまった。信吾は少しギョッとしていた。流亥の言葉が続いていたらなんと言っていたのだろうか。何となく予想はつくが、誤魔化すようにファスランに向かって苦笑いしながら首を横に振った。すると彼女はムッとして「なによ」と言い横になってしまった。日はもう沈んでいた。
暗闇の中、三人は葉っぱで作った有り合わせの掛け布団をかけ文字通り川の字になっている。
「なぁファスラン」
「ん」
信吾の問いかけには振り返らず、声だけで返事を返してきた。
「ファスランはさ、これからどうしたいの?」
「どう、か……。私のいるべき場所に帰りたいかな」
「いるべき場所って?」
「……わかんない」
「じゃあ、それを見つける旅に出よう」
「え?」こう言って彼女はようやく信吾の方に寝返りをうった。
「お生憎様、僕は海獣に敗北を喫したみたいだし、一人で勇者として生きていくことはもう出来ないと思うんだ。でも、君は僕のことを勇者だって言ってくれた。だから、こんなたまたまな出会いだけど、君一人を救ってあげたい。これが僕の中に残る勇者としての矜恃だよ」
「信吾……」
「さてっと!」小っ恥ずかしさを吹き飛ばすため彼はわざと大きめな声を出した。「旅に出るにしてもまずは夜明けにならないとな。それまで寝ようぜ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
固く冷たい地面の上で、三人は眠りに入った。
翌朝。まだ星々が薄く見える時間帯。地響きと悲鳴で信吾は飛び起きた。洞窟の外に出てみると、眼下の浜辺から丘に向かって巨体を引き摺ったような跡ができている。
「まさか……海獣か!」
それ以外有り得ないがしかし、海獣が陸に上がるなんて事例聞いたこともない。だが、魔物だって進化を続けてきた。海獣が陸に上がったり空を飛んだりしてもいちいち驚いていられないのかもしれない。
今も阿鼻叫喚は鳴り止まない。信吾は急いで足跡の向かった方へ行こうとしたが、それは左腕を強く掴まれたことで静止されてしまった。左腕の関節を両手で握りしめられ、全体重を以て信吾の行く手を阻んでいる事から意志の強さを感じる。そちらに振り返ると、さして以外ではない人物がそこにいた。
「……流亥?」
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