海獣使いのファスラン

@yuusyakakikaki

ユグドラシルでまた会おう

「津波だ!津波が来るぞ!」

 今から25年ほど前。勇者柳田原進によって魔王が殺害されると、世界から魔物は姿を消した。

「逃げろ!高台だ!高台。あの丘に向かえ!」

「イカだ!」

「サメもいるぞ!ホオジロザメだ!」

 しかし、人々が魔物の脅威を忘れた頃に超巨大津波が発生。人口が激減し人の住める土地が減ったばかりか、巨大化し凶暴化した海洋生物が出現。勇者団はこれを魔物の復活と断定したのだった。


ーーそして、現在。


 二の腕、胸、胴と必要最低限の場所を包む紺色の鎧。金色で縁取られ荘厳さを醸し出すそれは、正しく勇者の証だった。

「お父さん、鎧借りるよ。僕も絶対本物の勇者になってみせるから!」

 ガラスのケースに入れてある父の肖像画をみて、柳田原信吾はほくそ笑んだ。しかし、すぐに眉間に力を込める。勇者の鎧を着ていても、そのガラスに反射して映る彼はまがい物だった。

 家を出た信吾は、派手な鎧を着ている割には慎重に木の船を押していた。今や魔境の地となった海は厳重に警備され簡単に入れるものではないが、それでも勇者団とコネのある信吾は顔パスで海辺まで近づくことが出来る。だとしてあまり目立ちすぎるのは厳禁なのだ。

「よし、ここからでいいです。ありがとうございます。行ってきます」信吾は顎髭を生やしやせ細っている中年の警備隊長の男に深々と頭を下げた。

「それにしても無茶なことを……。海の魔物を狩って勇者団にアピールするつもりなのでしょうが……」顎髭の男は喉を鳴らして後に続く言葉を少し躊躇った。「死にますよ」

「……確かに今まで海の魔物を討伐した例はありません。でも、見てわかる通り時代は海なんです。勇者として生きるためには海と共に生きるしかない!ここで死ぬってことは、もう勇者としては生きていけないっていう証左なんですよ」

 信吾は一頻り感情を吐露すると、船に足をかけ地面を蹴って海へ繰り出す。心のように不安定で揺れる木造小型船をオールで押し出すと、みるみるうちに陸地が遠くなった。

「僕は勇者でないと僕じゃない……もう不合格の字は見たくない!」

 どのくらい進んだだろうか。もう元いた大陸は小さな島にしか見えない。瞬間、船が強くぐらりと揺れた。この並は自然発生的なものでは無い。ならば。

「来たな。魔物」

 信吾が海を覗き込むと大きな背びれが見えた。ついで蠢く尾びれ。間違えない、魔物だ。サメをそのまま大きくしたような見た目だが、八つに裂ける口や赤く光る無数の目は普通の海洋生物でない事を端的に表しているようだ。

 しかし、魔物の様子を観察していると違和感に気づいた。かの巨大ザメは何かを追うようにグルグルと辺りを旋回しているのだ。時には獲物を捕食するような仕草もみせる。

「おかしいな……全ての海の生き物は魔物を覗いて絶滅したはずなのに、一体何を食べようってんだろ」信吾はそう言いながら魔物の口先を追った。すると、そこで想像しえないものを目撃してしまった。「……人!?女の子か!?」

 よく見えないが、首の辺りまで伸びた髪を縛っていて、足には魚のように泳ぐためのヒレが付いている。今は瞬間的に速く動いて攻撃を交わしているようだが、いつまでもつか。

 この奇想天外な光景を見て、信吾は頭の理解が追いつかないうちに海に飛び込んでいた。どろついた海水が肌を撫でる。いつの間に海はこんなになってしまったのだろうか。そんなことを思いながら信吾は目の前の魔物と相対す。

(やっぱり水の中じゃ思うように動けないな。ここはもう、自爆覚悟でやるしかない!)

 信吾は女の子に向けて手を扇ぎ、遠くに行きなさいとハンドサインした。それを見て女の子は小さく頷くような仕草をし、ゆっくりと離れていった。

(さあ、勇者としての初陣だ!)

 両腕を前に突き出し、右手で左手首を掴む。この格好にももう慣れた、今なら詠唱なしでも発動できる。

(ゴールドマジック・ライデン!)

 彼のV字になった腕は眩く黄色い光を出し、強い電気を放った。周囲の魔素の摩擦による電気、それを意のままに操る電気魔法は海水をよく伝わり魔物を直撃する。しかし、それは信吾も例外ではない。今や信吾と魔物、どちらが先に事切れるかの我慢比べとなっていた!

(意識が……もう。あぁ、あの時もあの時も、そしてこの時も!僕はいつだって半端だ。でも今は死線、関ヶ原。もうちょっとくらい、やってやらァ!)

 全身の筋肉に力を込めると逆に精神は散漫となるが、元々水の中では電気を満足に操ることは出来ないのだ。ならばここは泥臭く力いっぱい全力の電力を浴びせるまでだ。しかし……

(もう息が持たない、力が入らない、あいつはまだ動けるのか?)

 信吾は魔物を侮っていた。やはりここは海中、魔物のテリトリー。どう考えても不利のカードが多すぎる信吾の勝ち目は薄かったのだ。

(……なんだ、鎧が?)

 水圧のせいなのか、鎧がどんどんきつくなっていく。更には肌もボロボロと崩れていき、自分が自分でなくなる感覚がした。彼は出航前に自分で言った「ここで死ぬことは勇者として生きていけないことの証左」という言葉を反芻した。

(もう僕は勇者になれないんだな……)

 激戦が繰り広げられている割には静かな海中で、信吾の意識は薄らいでいく。光は薄く、音もない、ゆったりとした時間の流れを感じながら彼は敗北した。

 そんな彼の見えていない目線の先、つまり魔物のさらに奥に一隻の潜水艦が現れた。静謐な海の中で、潜水艦内の音が聞こえるような気がした。

『サメ型魚系海獣ホージラスを捕捉。対象は沈黙を守っています』

『止まってるってのが妙だが、動かねぇんじゃ格好の的だ。魚雷発射準備!装填完了したら合図なく撃て』

 十五秒後、潜水艦の重厚な側面がスライドし魚雷が放たれた。合計六発の魚雷は少々蛇行した後、魔物目掛けて一直線に降下。背中に集中砲火を受けた魔物はさすがに体力を使い果たしたのかその場でぐったりとしてしまった。

『艦長、海獣の凶暴化が解けたようです。まだ攻撃しますか?』

『いや。無駄撃ちは避けたい 。今のは予行練習って事にしようぜ』

『では行先は予定通りに』

『そうだな。でも先に補給を行いたいな』

『了解です、では迅速に』

 力なく浮かぶ魔物と信吾の遥か下を戦艦は通過して行った。こうして衰弱した信吾は、肺に残っていた最後の息を吐き出したのだった。

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