『皇太子レヴェータと悪霊の古戦神』上 ~元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。第11章~

よしふみ

序章 『アインウルフの帰還』 その1


 ……『ガッシャーラブル』の夜空は寒い。『ガッシャーラ山』から吹き下ろす風は、七月半ばであるという現実を、忘れさせるほどに凍てついている。背中にいる竜太刀……アーレスが熱量を与えてくれたが。


 目の前にいる男たちには、こいつがいるな。


「ほら、マルケス!ギュスターブ!……差し入れだぞ!!」


 両手に握る『ガッシャーラブル・ワイン』を渡したよ。酒好きの男たちは、ニヤリと笑いながら炎のような色合いを瓶に封じた赤ワインを受け取った。


「さすがだ、サー・ストラウス!!寒い夜には、こういうものがないとな!!」


「この街の特産品だね。懐かしい味を楽しめそうだよ」


「酒盛りを壮大にする機会は、無かったからな……」


「なかなかに忙しい時間だったね。私など、ベテランで疲れ果てているというのに、あちこちの基地を回らされたよ」


 マルケス・アインウルフの名前は絶対だからな。『メイガーロフ』に残存していた、各地の帝国軍部隊……そいつらを『説得』するには役立ったわけだ。顔が広い男は、政治力を持っているな。


 元・『ゲブレイジス/第六師団』の兵士たちも多くこの土地にはいた。そいつらは、ランドロウ・メイウェイとマルケスの方針に従い、『新生イルカルラ血盟団』の軍門に下ったというわけだ。


 それ以外の帝国兵に対しても、マルケスは説得した。『新生イルカルラ血盟団』の戦士たちと共に圧力をかけながらだが。生か死かを選ばせた。意地を通せた若者は大多数ではなかったな。元々が『メイガーロフ人』の若者も多い。


 豊かな暮らしのために、帝国の法制度でより強固な庇護を受けるためだけに兵士となっただけだからな。良くも悪くも、傭兵的な存在であり、生粋の砂漠の戦士というわけではない。合理的な若者たちだったよ。


 個人的には大好きにはなれないが、間違った選択とも思わん。オレは、少しばかり人間族に寛容になっているような気がしている。マルケスの影響もあるのかもな。あとは、メイウェイ……腹に穴が開いてなければ、ヤツとも酒を飲んでみたいところだったが。


 今は治療に専念してもらおう。


 元・帝国兵の人間族の『傭兵部隊』を率いるのは、あの男の役目だからな。


「……それじゃあ、さっそく飲むぜ!!」


 ……マジメなことを考えていたら、空気読むのが苦手なタイプのドワーフ戦士の友が、ワインのコルクを太い歯を使って抜いていたな。


 冷たく鉄の香りが混じった夜の風に、爽やかな若い葡萄の香りが融けた。熟成しきった赤の濃厚でうっとりさせる深みのある味は期待できないが、若飲み用のワインならではのフルーティーさは味わえそうだ。


「さーて、何本飲めるか、比べるか?」


「くくく!……そいつも楽しそうだが、ギュスターブよ。作戦を忘れてはいないだろうな?」


「あー。覚えているよ、サー・ストラウス。マルケス・アインウルフの『監視役』だぜ、オレはさ」


「頼りになる『監視役』だよ、君は」


「……まあな。オレはグラーセス王国最強の剣士だからな。役目は果たす。死なせないようにするよ、オレたちの国の捕虜をな」


 ギュスターブ・リコッドとしてはマルケスを完全に『仲間』とは認めていないのか?……というワケではない。オレたち『パンジャール猟兵団』の誰よりも、ギュスターブは『ゲブレイジス/第六師団』の戦士たちと親しいからな。


 共に戦列を組んで、かなりの損耗率だった激戦を潜り抜けたのだ。友情を得たとしても当然なんだよ。


 それでも。マジメで空気が読めない男は、マルケスを『捕虜』という建前で扱うことを良しとしていた。いいのさ、不器用なところも、じつにギュスターブ・リコッドらしいというものさ。


「すまないな。私の家族のために」


「……まったく!後先を考えて欲しいもんだ!……マルケス・アインウルフ。お前は、家族を守るために名前を消して動いていたはずだぜ……」


 若い赤ワインをぐびぐびとラッパ飲みしながら、ギュスターブは一つの正論を吐いた。


 ギュスターブの言う通り、『家族』を守るために、表舞台に出ない予定だったはずだがな。マルケスは自分から名乗り出てしまった。メイウェイが重傷を負ったせいではあるし、最高のバックアップとなってくれて、あの戦の最大の功労者の一人でもあったが。


 帝国には『裏切り者』として認識されてしまった。


 マルケスの『家族』は危険に晒されることになるわけだ。よくて軟禁や追放。そこそこマシなのは人質にされること。サイアクの部類は、見せしめのための処刑だ。


 マルケス・アインウルフが裏切ったところで、帝国人の誰も彼もが『自由同盟』に参加することはないと思うが。結束を保つための方法としては、じつに一般的なものである。オレたちも使ったばかりだから分かるよ。


 裏切り者を防ぐには、裏切れば殺すというシンプルなルールを示すことだ。古来から伝わり、おそらく未来においても同じようなものだろうさ。


 何であれ。


 起きてしまったことは変えられんが……通常ならば避けられぬ運命さえも、ゼファーの翼が変えてくれるさ。


 帝国軍が『マルケス・アインウルフの裏切り』を帝国領内にある、マルケスの領地に伝えるよりも先に、マルケスの『家族』を回収してくればいいんだよ。


 この許可をドゥーニア姫から得るために、オレたちはいくつもの宴会を執り行うこともなく、多忙な時間を過ごしたわけだ。ドゥーニア姫は『自由同盟』と友好関係にある。こちら側の強大な権力者の一人だ。


 『メイガーロフ』の戦力をかき集めた『新生イルカルラ血盟団』の盟主であり、メイウェイと『ゲブレイジス/第六師団』、そして元・帝国兵の傭兵部隊の主だ。現状では負傷者が多いが、彼らの傷が癒えれば、帝国軍との戦いにおける最高の戦力となる。


 だからこそ、オレのヨメさんたちも頑張っている。


 リエルは薬草医としてエルフの秘薬の大量生産に、カミラは重傷者の救命に尽くしてくれている。有能な戦士を少しでも多く生き延びさせるために。死線を越えた戦士は、役立つものだからな。


 ……おかげで、あんまり会えてない……さっきお出かけ前のキスとかしてきたけど、それ以上はするタイミングなかったな。


 まあ、ミアのすやすや寝顔を見れて、お兄ちゃんとしては満たされているんだがな。見送りのためにミアの睡眠時間を削るなんて鬼畜なこと、シスコンのお兄ちゃんに出来るはずがない。


 さてと、マルケスの件が解決したら、少しは遊びたいところだぜ。


 ガンダラとも飲みたいしな……ドゥーニア姫について、この国の『首都』として使う予定の『ラーシャール』にいるんだよ。ラシードは正体隠したまま『ザシュガン砦』の修復の指揮を執っているし、レイチェルとキュレネイはドゥーニア姫の護衛というわけだ。


 戦後処理であわただしくてな……皆が集まれないってのはさみしいもんだ。


 だが。この時間をムダにするわけにはいかん。『家族』を失わせるわけにはいかないからな、マルケス・アインウルフに。


『それじゃあ、みんなー、ぼくのせなかにのってー!!』


 ゼファーが金色の瞳を瞬きさせながら、ニッコリと笑顔になってくれたよ。そうだ。ビジネスであり、友情を果たそう。




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