生残者の贖罪

しゅう

第1話

――この世界は数々の犠牲があって成り立っていた



 人間の中には罪を犯し、その罪を認めぬまま抗う者もいれば、逃げ出したことで重罪になってしまったという悪人がいるなんてあまり珍しい話でもない。



 人はなぜ見ず知らずの内に罪を犯してしまうのか。それは人の純粋さ故に起こったすれ違いから発生した。そう思っていた。


















―ある曇天の日、ただ二人の少女は肩を並べ、他愛もない会話を交わしていた






「くるみ、明日はパンケーキ食べに行こーよ」


 彼女は轟美波、私の良き友人だ。

 美波は少し桃色がかった長目の髪を風で揺らし、その風と共に毎朝私の鼻に花の匂いがするハンドクリームの香りを届けた。



「うん、私も食べたい」


 そして私は成瀬くるみ。よくちびと言われ、よくガリと言われるのだが自覚はない。ま、まぁほんの少しばかり身長が低いのは認めておくとしよう。




 そんな私と美波は仲が良いという設定だ。


 今日も私達は下校を共にし、別れ際までこういやっていつも世間話や明日のことを話続けている。




「じゃあ、私、そろそろ帰らないといけないから」



「えーはやいなー今日は何か用事?」


 いつもよりはやく話を切り上げようとしてきた私を見て、美波は不思議な顔して尋ねてきた。




「うん、ちょっとすることあってね」

 私は進行方向を向いたまま、彼女に背を向ける。


 今は一秒でもはやく家に戻りたい理由があった。今日のために、今日までの今まで、この日のために私は頑張ってきたのだから。




「じゃあ、くるみ。また明日〜」


「ばいばい」


 美波は私に向かって手をふっていたが、私はそうひとごと言っただけで分かれ道を過ぎても美波の方は、決して振り向かなかった。





―ばいばい


 その言葉だけが私の足を動かす原動力となった。


 靴の音が誰もいないこの道に響く。

この靴もそろそろ替え時だったが、今となってはその必要などない。



 重い足取りで家へと向かい、やっとのことで着いたものの「ただいま」をくれる家族は家に今日もいない。



 誰も私の幸せを理解するものなどいなかった。


 父も母も、働く時間を増やしてまで職場に行っていた。そうすることで稼ぎが良くなり、私の幸せに繋がると大いに勘違いしてしまったのだろうか。 だから、家族は家にいる時間なんてこれっぽっちもなかった。






―私は荒れ果てた自分の部屋へと足を踏み入れる



 あの時の私は両親への愛を求めて寂しい想いをしていたのだろうか。でも、今は違った。




―私は部屋の中央に置かれた椅子に飛びのる



 彼女は今、何をしているのだろうか。彼女は純粋故に私の首を締め付けた。

 私の心を複雑な感情で襲い、それで私は気持ち悪くていつだって吐き気がした。




―私は宙ぶらりんになった輪っかのロープを手に掛ける



 彼は私を愛していた。けれど、私は違った。それなのに彼の気持ちを押し付けられた。




―私はそのロープに頭を通す

 あの人は私の肌に触れた。私は自分の犯した罪を隠すためにあの人の言いなりになった。二度と触れないで。




―私はロープの隙間を少しでも減らすようにうんと強く結ぶ



 大好きなのあの子に会えなくなるのは哀しいけれど、今となっては仕方のないこと。

 あの子は異臭を放っていて最初は私を不快な気分にさせたけれど、時間が経つにつれその匂いだって愛おしく感じた。


 あの子だけが私の味方になってくれている気がした。





―私はそのまま宙に浮いた


 初めての体験だったから、苦しかったし、辛かったけど、それよりも他のことから開放されたこの時の気持ちは、今手元にはない私の心臓に刻み込まれていたと思うの。



















―成瀬くるみは自殺したのだった

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