第17話 変わり者令嬢はやっぱり変わっている~リュカ視点~

第二王子として産まれた僕は、王宮で何不自由ない生活を送っていた。両親も2歳上の兄上も、僕を大切にしてくれる。そんな僕は、要領が良く、何でもそつなくこなすことが出来る。


ただ、自分の感情を表に出すのが苦手で、つい人の顔色を伺ってしまう、いわゆる“いい子”で通っている。


「リュカ殿下は、本当に優秀で手がかかりませんわ」


「我が儘一つ言わないリュカ殿下は、王族の鏡ですわ」


そう言われると、どうしてもいい子でいないといけないという気持ちになるのだ。それでも、いい子でいる事はそこまで大変ではなかった。と言うより、僕は何に関しても、無関心なタイプだ。


何かに熱中する事もなければ、何かに執着する事もない。ただ毎日が過ぎていくだけ…


母上からは


「リュカ、あなたはいい子過ぎるわ。たまには我が儘を言ってもいいのよ。何かやりたい事とか、欲しい物とかはないの?」


そう聞かれるが、本当に僕は何も興味がないのだ。そんな僕にも、唯一苦手なものがある。それは、令嬢だ。


僕はなぜか、かなり美しい顔をしている様で、この国一番の美少年と言われている。第二王子という身分にくわえ、美しい顔立ちのせいで、令嬢たちが群がるのだ。


ベタベタと体を触られたり、気持ち悪い声ですり寄られたりすると、本当に気持ち悪い。でも僕は、言いたい事をはっきりと言えないタイプ。どんなに嫌でも、令嬢たちを突き放すことが出来ないのだ。


そしてつい僕は、令嬢たちに笑顔を向けてしまう。どんな令嬢でも、僕が微笑むと頬を赤くしている。その姿を見ると、どうしてもげんなりしてしまうんだ。どいつもこいつも、僕の顔に惚れやがって…僕の中身なんて、見ようともしない。


そんな中、兄上が公爵令嬢と婚約したのだ。どうやら兄上が公爵令嬢に一目ぼれし、ほぼ無理やり婚約したらしい。


婚約が成立して以降、兄上は婚約者のマリアナ嬢にベッタリだ。特にマリアナ嬢を僕に合わせたくない様で、王妃教育の為王宮に通っているマリアナ嬢と僕を会わせない様必死だ。


確かにマリアナ嬢は美しい女性だ。でも正直僕は、あまり興味がない。彼女は僕を見ても、頬を赤らめなかった。でもきっとそれは、兄上と婚約ているからだろう。


次期王妃になれるのだから、僕なんかに興味がない、そう解釈したのだ。


ただ…


嬉しそうにマリアナ嬢と過ごしている兄上を見ると、たまに羨ましくも思う。あそこまで、何かに執着できる兄上。僕は何かに執着する事も、何かに熱中する事もないのだから…


そんな日々を送っているうちに、気が付けば貴族学院に入学する日が迫っていた。正直気が重い。貴族学院に行けば、毎日令嬢たちがすり寄ってくるからだ。


気の弱い僕は、そんな令嬢たちをあしらう事なんてできない。いつでも優しい完璧な王子でいないといけないからだ。



そして入学式当日、学院に着くと予想通り令嬢たちに一気に取り囲まれた。僕に触れるな、離れてくれ!そう心が叫んでも、笑顔を作りほほ笑んでいる自分に、心底嫌気がさす。用事があると嘘を付き、令嬢たちから離れると、校舎の奥に向かった。


まだ式まで時間がある、人気のないここで、時間が過ぎるのを待とう。その時だった。


「あの、すみません」


後ろから女性の声が聞こえた。しまった、まさかこんなところにまで僕を負ってくる令嬢がいたなんて。でも、振り向かない訳には行かない。


ゆっくり振り向く。悲しいかな…無意識に、王子スマイルを作って。


振り向くと、そこには金色の髪にエメラルドグリーンの瞳をした令嬢が立っていた。瞳からは不安をにじませ、酷く動揺している様だった。


「あの、私、新入生なのですが、迷子になってしまって。あの、ホールはどうやって行ったらよいですか?」


必死に僕に尋ねてくる令嬢。瞳には、かすかに涙が浮かんでいた。何なんだこの令嬢は…今までどんな令嬢だって、僕が見つめると頬を赤らめ嬉しそうな顔をしていたのに…


まさか、僕の事を知らないのか?それに今、迷子と言っていたな。貴族学院で迷子に何てなるものなのか?そう思ったが、当の本人は、貴族学院は広すぎる、案内板を作るべきだと怒っていた。


さっきまで今にも泣きそうな顔をしていたのに、今度は怒っている。何なんだこの面白い令嬢は。こんな子、初めて会った。


もっと彼女の事が知りたくなって、ホールまで案内してあげる事にした。その後も訳の分からない事を言う令嬢。そうか、思い出したぞ。この子はお茶会にもほとんど来ず、訳の分からない物を開発していると有名な、ジュリア・スリーティス嬢だ。


何でもスリーティス侯爵家に遊びに行った令息や令嬢が、変な格好をしている彼女を目撃したとか。屋敷内にある建屋で、変な物を作っているとか、とにかく変り者令嬢なのだとか。


それでも令嬢には変わりはない。僕を見ても何も思わないのかな?そんな思いから、


「ねえ、君は僕を見て、何とも思わないのかい?」


ついそう聞いてしまった。すると、僕の顔を真剣な表情で見つめる。おい、そんなに真剣な表情で見つめられたら、なんだか恥ずかしいだろう。逆に僕の方が恥ずかしくなってしまった。


ただ当の彼女は


「えっと、特に変わったところはない様に思いますが…」


と、心底不思議そうな顔でそう言ったのだ。その言葉を聞いた瞬間、一気に笑いがこみ上げて来た。こんなに笑ったのは初めてだと言うくらい、笑った。


ただ彼女は、僕が言った“変り者令嬢”の言葉が気に入らなかったのか、顔を真っ赤にして怒ってしまった。さらに、僕の事を“あなたの様な失礼な令息は知りませんわ”そう言い放ったのだ。僕が第二王子とも知らずに。


こんな子初めてだ。でも、それと同時に、僕は彼女に猛烈に興味を抱いた。こんな感情も、生まれて初めてだ。


変り者令嬢か…


確かに彼女は変わっている。だってこの13年間、どんなものにも興味を示さなかった僕が、初めて興味を抱いたのだから。


ものすごく嫌だと思っていた貴族学院での生活も、今は楽しみで仕方がない。

さあ、僕もホールに向かわないと。


僕は足取り軽やかに、ホールに向かったのであった。

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