第29話 過去編・大学卒業手前
大学を卒業する手前の春。
持ち込みというのをやってみた。
漫画の原稿を編集に自分で持っていくことだ。
「読ませてもらいます」
「は、はい……」
自分なりの傑作を持ち込んで、俺はビルの中を通された。
仕切りがあるスペースに呼ばれると、そこで待っていた編集の人に見せた。
その人は顔がパッとしない三十代ぐらいの人だった。
肘をつきながら、欠伸なんかしている。
あまりにも酷い態度だったが、俺は何も言えなかった。
だが、俺のあまりにも面白過ぎる漫画を読めば、その態度も一変するはずだ。
そう思ったのに、
「え?」
「何?」
「い、いいえ……」
俺の渡した原稿を読む速度があまりにも速かったので驚いた。
パラパラ捲っているだけで、読んでいるとは思えない速度だった。
一度読み終えると、再び最初からまたパラパラゆっくりと捲り出す。
もしかして手ごたえありだったか? と内心でガッツポーズを取っていると、すぐにトントンと原稿をまとめる音がした。
「面白かったです」
やっぱり。
俺って天才だった。
ちゃんと読んだのか分からなかったけど、最初の持ち込みで褒められるなんて俺って才能あるんじゃないだろうか。
「そうだねー、まず、絵は上手いかな」
ペラペラと原稿を捲りながら、言葉を選ぶように編集の人は語り出す。
「それとー、こういう必殺技? とか面白いと思いました。刀が出てきて、それで登場人物に重いバックストーリーがある感じ? いいと思います」
必殺技じゃなくて、『慚愧』だ。
この人、もっとちゃんと読み込んで欲しい。
この『慚愧』は身体の中にある秘められた力を発揮できる。
使える者には限りがあって、選ばれし者にしか使えない。
それを何故か平凡な主人公が使えるのだが、それには裏設定がある。
主人公の血が関係しているのだが、それはまだ原稿には書いていない。
連載が決まって、十巻ぐらい連載が続いた時に明かされる設定だ。
きっとその頃にはアニメ化も決まっている頃だろう。
その時を見計らってSNSで大バズりすれば、アニメも売れて、原作も売れるに違いないだろう。
「タバコ吸っていいかな?」
「は、はい」
嫌だったが、断る訳にもいかない。
編集者は俺の返答を聞き終える前にタバコを取り出していた。
気持ちよく一服すると、灰皿に灰を落とす。
「君、何歳だったかな?」
「えっ……」
電話でも言ったし、さっきこの人と挨拶する時にも名前と年齢を訊かれたんだけど、忘れたのかな?
「二十一です」
「あのー。非常に言いづらいけど、漫画家目指すんだったらかなり遅いね」
「え……?」
いきなり何を言い出すんだろうこの人。
でも、ずっとサラリーマンをやっていて、フト漫画を描き始めて何千万冊売った人だっているのだ。
この人、そんなことも知らないのか?
「で、でも、三十歳から描かれている人もいますよね?」
「そういう人は才能がある人だから。例え絵が下手でも構図が上手い人だっている。君は何か漫画の勉強している?」
「べ、勉強ですか? そ、それは漫画を読んで!!」
「うーん。先生達はさ、人間の骨格の本とか、美術品を観て漫画を描いてたりするもんなの。後、映画やドラマとか様々なものに影響されて描いている。漫画ばかり読んでいる人はね、いい漫画なんて描けないんだよ」
「そんなの……」
知る訳がない。
だって、誰も教えてもらえなかったんだから。
それに、そんなの人それぞれのはずだ。
背景に定規を使う事すら知らない人ですら、プロの漫画家になったという逸話があるぐらいだ。
世の中には、チラシの裏にボールペンで漫画の絵を描いてプロになった人だっているのだ。
そんな知識がなくたって、俺は面白い漫画が描けるんだ。
この人は漫画家を何も知らない。
「まず展開が無理やりすぎる。主人公が覚醒したシーンにも説得力がないし、カタルシスもない。ただ覚醒して、刀ぶん回しているだけだよね? というか主人公は一般人なのに、なんでいきなり刀振り回せるの? おかしいよね? それと主人公の過去話をいれる暇があるんだったら、ヒロイン出した方がいいよね? なんで可愛い女の子出さないの? なんで男キャラばっかり出しているの? これじゃあ、読者は飽きるし、読まないよ。そもそも背景が雑過ぎる。キャラを動かせばいいと思っている? キャラもそんなに上手く描けてないよ?」
「あ、あの、それは……」
いきなり漫画のダメだしをまくし立てられて、心が折れそうになる。
最初の褒めていた言葉は何だったんだろうか。
全部嘘だったように思ってしまう。
「男キャラをいっぱい出したいんです!! 格好いい男キャラを!! ヒロインがいない漫画なんて斬新じゃないですか!!」
「斬新でも何でもないよ。ウチは少年漫画を描いているの。でもね、女性ファンにだって漫画を読んで欲しいんだよ。女性の視点が必要なんだよ。だからヒロインは必要なんだ。それにヒロインがいないと物語にメリハリが生まれないの。君の作品は読者が飽きるんだ。二十ページ程度でも読んでくれないね」
「…………」
そんなことない。
俺はこの雑誌が出している漫画を網羅している。
女性キャラなんてほとんどでない。
出たとしても序盤だけで、後半になって来ると男キャラのバトルばかりで、女性が出てくるのは日常回ばかりだ。
だから女性キャラを出さずに、女性に好かれるような男キャラをいっぱい登場させたのだ。
俺だって考えているのに、この人は何も伝わっていない。
俺の意図が全然伝わらないのは、この人がダメだからなんじゃないだろうか。
「ああ、ごめん、ごめん……言い過ぎたよ。こういうとさ、みんな辞めるんだよね、漫画描くの。人生賭けるとか立派なこと言いながら、すぐに筆を折っちゃう。なんでだろうね……」
そんなのこいつのせいだ。
言い方ってあるだろう。
全否定するような言い方しかできないんだったら、仮に言っている言葉が正論だったとしても誰もついていくはずがない。
俺がサポートする側だったら、もっとちゃんとした言い方ができるはずだ。
「この時期はさ、原稿を読むのが多くて少し疲れるんだよ。大体みんな同じようなものばかり描いてくるからつい、ね……」
俺も有象無象のプロ漫画家志望と同じだと言いたいんだろうか。
違う。
俺は他の奴等とは違うんだ。
選ばれた人間なんだ。
「そうですね。また描いてみて下さい。そしたらまた連絡下さいね」
「描いてみて下さいって、どこを直せば……」
「まー、全部かな」
「ぜ、全部!?」
半年以上かけて描いたものが全没?
おかしいだろ。
心血注いで描いたのに、何も刺さらなかったんだろうか?
「あっ、そうだ、君、ラグビーとか好きかな?」
「ラ、ラグビーですか? ちょっと、それは……」
「じゃあさ、ラグビー描こうよ、ラグビー」
「でも、ルールとか知らないんですけど」
「ああ、いいのいいの。読者も知らないんだし。じゃ、次はラグビー漫画っていうことで、よろしく」
そういうと、編集は何処かへ行った。
こっちが了承したことなんて何も聞かずにだ。
俺のことを舐めている証拠だ。
「くそ……」
この雑誌、たまにスポーツものを連載して、大体十週打ち切りになっているじゃないか。
何でスポーツもの描かせるんだよ。
絶対打ち切りになるに決まっているだろ。
自分がスポーツものの漫画担当したいから、拒否権のないアマチュアに描かせようとしているだけだ。
「ふざけんなよ……」
俺は原稿を丸めながら、この場所から去った。
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