第11話 恵さんは愚弟の姉


「すいませんでした!!」


 今日何度目か分からないキラリの謝罪。

 流石に事の重大さを分かっているようで、普段の強気な態度はそこにはない。

 だというのに、もう一人の当事者の態度は正反対だった。


「ほんとうッスよー。勘弁して欲しいッスわー。今日休みッスよー、おれぇー」


 ツルギ王子は、さっきからずっと鏡を見ながらワックス具合を確かめている。

 人と話している時ぐらい髪のセットは確認しないで欲しい。


 到着予定時刻を三十分も遅れて到着した理由を訊いた時、


 ――えっ? 髪のセットしてたからッスよ。メイクもしなきゃいけないじゃないッスかあ。外に出るんだったら気合入れないとぉ、オレの沽券に関わるんでぇ、仕方ないっスねぇ!!


 と悪びれもせずに言い放った。


 遅刻する方が沽券に関わるだろ。


 ツルギ王子の動画も一応観たんだけど、こういうキャラじゃなかった。

 動画内だともっと凛とした人だったんだけど、やっぱりあれはキャラを作っているんだな。

 イメージと全然違う。


 ここまで素とVtuberの時とでキャラが違うのはある意味才能だろうな。


「――いっ!!」

「すいません!!」


 大きな声で謝ったその人はツルギ王子の後頭部を掴んで、無理やり頭を下げる態勢にした。


「おいっ!! 髪だけは触るなって言ってんだろ!!」

「本当すいません!! この愚弟には後でちゃんと言い聞かせますんで」


 体育会系の謝り方をするのは、『ビサイド』所属の女性マネージャー。

 ツルギ王子の担当マネージャーであり、年齢は俺より五つ下ぐらいだろうか。

 名前は、橋本恵。

 俺の先輩マネージャーってことになるのか。


 ジャージ上下の姿なので、ランニングにでもしていたのだろうか。

 体つきがしっかりしているし、首にタオル巻いているし、運動好きそうだからあり得そうだ。

 それにしても、


「愚弟って……」

「キラリ王子のマネージャーはキラリ王子の実の姉なの」

「えっ!!」


 前澤社長に教えられていると、グルリと橋本さんが首を回す。

 どうやら聴こえていたようだ。


「そうです!! 不肖、この愚弟の姉、橋本恵!! こいつの世話係をしています。よろしくお願いします!!」

「は、はあ……」


 手を握られてブンブン上下させられる。

 汗っかきのようで湿っぽい。


 声が大きくて明るくて少し苦手なタイプかも知れないけど、こういう人って陰キャ陽キャ分け隔てなく接してくれそうだ。

 急激に距離を詰めてくるタイプなので、勘違いして惚れられそうだ。

 俺も学生時代だったら明るく話しかけてくれるだけで惚れるタイプだったから、もう既に心動かさている。


「世話係じゃなくて、マネージャーだろ……」

「言いたい事があればハッキリ言え、愚弟!! じゃないと、今日のから揚げは一個減らすぞ」

「おかず減らすのは反則だろ!!」


 どうやら二人の力関係はハッキリした。

 しかもツルギ王子って橋本さんと一緒に暮らしているのか。

 見た目的にツルギ王子って、大学生かそれ以上に見えるから一人暮らししていてもおかしくはないと思ったが。


 それに、料理作っているのは橋本さんなのか。

 意外に家庭的な面も持っているんだな。


「ツルギ王子は気難しくて恵さんにしか扱えなかったの」

「橋本さんとツルギ王子って一緒のタイミングで入社したんですか?」

「いいえ。少しズレてるわ。後からツルギ王子がお姉さんを追ってきたように、私は思うけど」


 前澤社長の言い方だと、ツルギ王子は意外にシスコンなのかな。

 出会った印象は最悪だったけど、そういう風な情報を聴くと少し可愛く見えて来たな。


「あっ、そういえば、天音さん。私のことは恵とお呼び下さい!! 橋本と呼ばれると愚弟の方なのか私の方なのか分からない時があるので!!」

「わ、分かりました」


 確かに苗字が一緒だと混乱するのかな。

 ツルギ王子はツルギ王子としか呼ばれる気がするけど。

 恵さん的には嫌なんだろう。


 その恵さんは徐にジャージを脱ぎだした。

 汗をかいているせいか、白シャツの下にスポーツブラを着ているのが分かる。


「ちょ、マネージャーさん!?」

「すいません。喋っていたら熱くなってきました!!」


 確かに新陳代謝がいいレベルではなんく、汗びっしょりだ。

 ジャージで分からなかったけど、胸が思ったよりも大きい。

 本人は透けている下着なんて気にしていないけど、眼のやり所に困る。


「どこ見ているんですか、どこを」


 キラリに腕を掴まれて視線を剥がされる。


「どこも見てないって」

「……どうだか。これだから男の人は」


 過敏すぎるんじゃないだろうか。

 例え、相手が80代ぐらいのお爺さんだろうがシャツが汗だらけだったら、胸ぐらい観るだろう。

 エロい目で見るかだろうかは別だろうが。


「……とりあえず、これからどうするんスか? やばいッスよね?」


 ツルギ王子は鏡を見ながら髪を再び弄っている。

 態度はともかく、彼の言う通り今の現状はヤバい。


「謝罪ツイートはもうツイートし終えたので、後はどうなるか分からないわね。みんなの反応次第っていうところね」


 前澤社長の言う通り、文面はしっかりと考えてツイートした。

 炎上する要素は極力減らした。


 大事になるからどうするか議題には上がったが、『ビサイド』の公式アカウントからも謝罪の文面は載せた。

 これで今回の件は解決したはずだ。


「じゃあ、帰っていいッスかね。明日、朝から配信なんスよ」

「……そうね。明日になってもこの騒ぎがまだ収まっていなかったら、また連絡します。今日は四人とも集まってくれてありがとう」


 前澤社長の言葉を聞き終える前に、ツルギ王子はスタスタと扉の前まで歩いて行った。

 休みの日に呼び出されたことが相当嫌だったみたいだ。


「失礼します!!」

「お疲れさまでーす!!」

「もっとちゃんと挨拶しなさい!!」

「いっ!! 髪は命だって言ってんだろ!!」


 ツルギ王子は恵さんに首根っこを掴まれながら出て行った。

 全然似ていない姉と弟だけど、あれはあれでいいバランスかも知れない。


 あのコンビがどんな動画を出しているのか気になったな。

 今日は家に帰ってツルギ王子の動画を観てみようかな。


「じゃあ、私も戻るわ。鍵を掛けてちゃんと返してね」

「はい」


 そういえば、鍵を借りる時に、この会議室の鍵は閉めて返却するように言われていたのを思い出した。

 前澤社長に言われていないと忘れる所だった。

 危ない、危ない。


 前澤社長が扉の前まで行くと、俺は頭を下げる。


「すいませんでした!!」

「――すいませんでした!!」

「ご苦労様」


 前澤社長が出て行くと、途端に静かになった。

 五人いたのだ。

 二人になると静かになって当たり前か。


「俺達も帰ろうか」

「……すいませんでした、マネージャー」

「もういいよ。ただ、写真付きの画像はもうツイートしない方がいい。それに、騒ぎになったアカウントでのツイートは当分禁止だ。せめて一ヵ月間はツイートなし。できる?」

「――はい」

「…………」


 なんか返事に微妙な間があった気がするけど、気のせいだよな。

 流石にこんな大事があった後で、問題を起こすような馬鹿な子ではないと信じたい。


「それじゃ、俺達も帰ろう。疲れたでしょ」

「い、いいえ」


 強がってはいるけど、キラリからは疲労の色が見える。

 精神的にも疲れただろう。

 正直、俺も疲れている。

 マネージャー就任初日からこんな問題が起きる奴って、俺以外にいるんだろうか。


 そうだ。

 気分転換に何か美味しい物でも食べようか。


「何か奢ろうか」

「あっ、本当にいらないです」


 今日一番の強い口調で拒否された。


 うん。

 やっぱりこの子と上手く行く気がしないな。

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