第9話 スパチャ読みはしない
スパチャ読みをしない。
その発言にキラリは目を丸くする。
「スパチャ読みを辞めるって……。そんなのVtuberじゃないじゃないですか」
「確かに『ビサイド』だとVtuberがスパチャ読みするのは義務化されているけど、他の会社じゃ読まないVtuberだっているんだ」
かなり驚いているけど、やっぱりVtuberからしたら驚くものなんだな。
Vtuberに関して滅茶苦茶詳しい訳じゃないから俺はあんまりピンときていないが、前沢社長に相談した時も同じような反応だった。
お金を貰った人にお礼を言っていくあの謎の時間。
俺からすれば結構異常なんだけどな。
だって、スパチャ読みって、Vtuber界隈以外じゃまず観ない光景だからな。
「でも、そんなの許されるかどうか」
「前澤社長の許可は貰っているよ」
「ファンの人がそれを許すかどうかですよ。スパチャ読みしなかったら、炎上するかもしれないですよ」
「そんなことは――」
ない、とは言い切れない。
煙のない所に放火をするのが好きな人種はいつの世にも一定数いる。
スパチャ読みをしていないだけで、ファンに感謝していない傲慢なVtuberがいると騒ぎになるかも知れない。
だけど、そんなこと考えていたら何もできない。
「それでも辞めるべきだ」
「でも……」
「勿論、まだまだ収益化までの道のりは遠く見えるけど、キラリならすぐに収益化されると思う。だから今の内にスパチャ読みを辞めることをファンに宣言して欲しい」
「だけど、それがVtuberのメインみたいなところはありませんか?」
「でも、スパチャ読みのせいで潰れたVtuberはたくさんいる」
「…………」
「一時間のゲーム配信で、二時間のスパチャ読みをして、喉を潰したり、精神を病んだり、明らかにリスクが高い。そんなの止めるべきだ」
『ビサイド』という事務所がスパチャ読みに拘っているだけで、全然やっていないVtuber事務所だってある。
だからキラリがスパチャ読みをしなくともそこまで違和感はないはずだ。
「スパチャ読みを楽しみにしているのは、スパチャをした人間だけだと思っている。少なくとも俺は観ない。スパチャ読みが始まった瞬間、すぐに動画を閉じたくなる」
視聴者によるとしか言いようがない、俺はスパチャ読みを見ていると気分が悪くなる。
Vtuberのスパチャをホステスに貢ぐのと同じと表現されることがあるが、それより酷い。
ホステスは高いお酒やおつまみを買って喜ばせているから、まだ直接お金を渡しているという意識がぼやける。
Vtuberはダイレクトにお金を渡しているように見えるから、余計に貢いでいるように見える。
一生恋愛関係になれないと決まっている相手に赤スパ長文を連続でして、しかもそれをVtuberに無視されているシーンを見た時は、涙を禁じえなかった。
道徳の教科書に載るレベルの資料になりそうだ。
自分がガチオタだという自負がある視聴者は、スパチャ読みも全部観るだろう。
だが、ほとんどはライト層のはず。
スパチャ読みを全部観るという人間は少ないはず。
面白い切り抜きがあったら観るぐらいの層が一番多いはずだ。
だからスパチャ読みは止めた方がいい。
「スパチャ読みするにしても、後日スパチャ読みをする枠を作って欲しい」
「配信とスパチャ読みを別にするってことですか?」
「ああ。そして、そのスパチャ読みをするリストは俺が作る」
「な、何でですか?」
「俺が内容を精査して、大丈夫そうな内容だったらリストを渡す。そして、卑猥な言葉や不愉快になるような言葉があったならそれを削除して渡す。そしたらキラリは自然にスパチャ読みができると思う」
「選別するってことですか? 全部? そんなの時間かかりますよね?」
「だからスパチャ読みは後日になる。仕事は増えるけど、担当Vtuberの為ならそんなの負担になんかならない。むしろ、頑張っているキラリの為に俺ができるのはそれぐらいなものだから」
「…………!」
こんなにやる気に溢れているのは最初だけかも知れない。
仕事に慣れて手抜きを覚えるかも知れない。
だけど、今は熱意で溢れている。
アンチのスパチャや厄介オタクのスパチャなどのせいで心折れるVtuberのために盾になりたい。
本人は良かれと思っている指示厨だっている。
それにキレたVtuberはすぐに切り抜かれる。
問題扱いされる。
それを防ぐためなら、全部のスパチャを読んでみせる。
「チャットが流れている時はある程度スルーができるかも知れない。でも、スパチャ読みは停止している。目に留まるとそれだけ心にダメージを負いやすい。そのせいで暴言を吐くVtuberはいる。事情を詳しく知らない人は切り抜きだけを見てVtuberにマイナスイメージを持つだけで終わる。それは嫌なんだ」
「……そうですね。分かりました。それも考えておきます」
「うん、お願い」
意外に素直だな。
自分の納得できることは納得するタイプなのかも。
「ん?」
ドアが小さくノックされたような気がした。
と思って静止していたら、再度強めにノックされた。
思い違いじゃなかったようだ。
「はい、どうぞ」
「会議中にごめんなさいね」
入って来たのは前澤社長だった。
額に汗をかいている。
珍しく動揺しているようだ。
ノックの仕方も二回目は乱暴だったし、何か緊急のようだろうか。
「前澤社長? どうされたんですか?」
前澤社長は俺とキラリを交互に見やると、最終的には俺に視線を合わせる。
「少しいい?」
「は、はい」
「キラリ。マネージャー借りるわね」
「……はい」
キラリも心配そうだ。
俺も何も聞いていないので不安に駆られる。
ドアを後ろ手で閉めると、分かりやすく頭を抱えている前澤社長に質問を投げかける。
「どうしたんですか?」
ハァーと盛大な溜息を吐くと、前澤社長は真顔になる。
「キラリが炎上しそうなの」
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