第6話 四期生もう一人の現役JK『境界ミラ』
「えっ、と……」
「すいません。変ですよ、いきなりこんなこと言って」
伏し目がちな彼女はペコリと頭を下げる。
「私、Vtuberで『境界ミラ』っていう名前でやってます。よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも……」
名刺を渡されて読むと、しっかりと『境界ミラ』と書かれていた。
開設しているチャンネルのURLとかSNSが記載されている。
今どきの名刺だけど、本名が書かれていないのか。
ここの仕事はかなり特殊だけど、もしかして本名では呼び合わないものなのかな。
Vtuberの名前で呼んだ方がいいんだろうか。
「すいません、名刺はまだ作っている途中でお返しできないんですけど……。俺――私は新しく『海星キラリ』のマネージャーをやることになった天音と申します」
「え? キラリちゃんのマネージャーさんですか? よ、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
随分丁寧な子だな。
見た目は中学生ぐらいにしか見えないし、常にオドオドしていて人見知りが激しそうだ。
それなのに勇気を出して俺に話しかけてきているように感じる。
なんだか悪い子には見えないが、人付き合いは苦手そうだ。
さっきの四期生とみんなと歩いている時、物理的にも心理的にも距離を取っているように見えたからな。
「あの、さっき言っていたことは気にしないで下さい。みんな今ピリピリしてて普段はもっと優しいんですけど」
「ピリピリ、ですか……」
「ええ、まあ……」
詳細が知りたかったのだが、遠回しに続きを催促しても教えてくれない。
気が付いていないのか、それとも原因は言い出しづらいことなんだろうか。
もしも俺の担当Vtuberのキラリが動画の投稿頻度が低いことで、同期が苛々しているとかが理由だったら、猶更俺に言いづらいだろうな。
聞くのは無理そうだ。
「というか、それを言うためにわざわざ?」
「は、はい……。へ、変ですよね? ミラはよく周りから変だって言われるんです……」
「そんなことないです。同期想いでしっかりしていると思います」
「そ、そうですか……」
なんだか様子がおかしい。
眼のキョロキョロ具合がさっきの倍になっている。
「どうしましたか?」
「い、いいえ。男の人にそんな風に褒められたのは初めてだったので嬉しくて」
パタパタと手で赤くなった頬を仰いでいる。
意外に感情豊かだなこの子。
大人しくて表情があんまり変わらないように見えるけど、それでも感情が滲み出てくる。
「あ、ありがとうございましゅ――う」
舌を噛んだらしく、うう、と言いながら逃げるように去っていた。
可愛いな。
あんなにいい子がVtuberっていう過酷な仕事しているのか。
なんだか女子グループが出来上がっている中で生き抜くのは大変そうな性格していそうだし、心配になる。
ただやはり、
「……変な子だったな」
やっぱり少し変わったところ――いや、個性がないとVtuberはできないんだろうか。
「あの、マネージャー」
「ぅわっ!!」
何となくミラちゃんの姿が消えるまで見送っていたら、いきなり背後からキラリに声をかけられてビックリした。
全然気配に気が付かなかったな。
「何デレデレしているんですか。ミラは高校生ですよ。手を出さないで下さいね。捕まりますから」
「て、手なんて出す訳ないだろ!!」
「……どうだか……」
ジト目で睨まれる。
俺の言葉なんて全然信じていないようだ。
確かにいい子だったけど、30歳にもなると高校生は子どもだ。
顔も身体も、そして何より心は未成熟だ。
恋愛対象に入る訳がない。
たまに芸能人が高校生に手を出して干されるニュースなんかあるけど、気持ちは一切分からないな。
「今日はまずは打ち合わせをしようと思います。その為に部屋も借りています」
俺は手帳を取り出して、今日の予定を告げる。
昨日本屋で急遽買ったお高くて分厚い手帳だ。
マネージャーになるんだったらスケジュール管理が大事だということで、手帳は必須だと前澤社長に言い含められたのだ。
「……個室ですか。二人きりは嫌なんですけど」
キラリの子どもじみた拒絶に俺は嘆息をつく。
前までの俺ならここでご機嫌を伺うような台詞を吐いていた。
だけど、前職で俺は反省した。
相手を気遣うのも大事だが、自分の意志を告げるのも大事なことだ。
だから俺はちゃんと仕事モードになって、話し合いの有用性を滔々と説明した。
「申し訳ありませんが、今後もこういったことは起きると思います。慣れてきたら電話やビデオ通話などで連絡することが増えるとは思いますが、最初の方は対面で話し合いをしたいと思っています」
「はいはい。古い考え方ですね」
「ぐっ……」
女子高生って無敵だな。
これが二十歳以上の子だったら、面識があまりない年上の相手にこんな態度取れないだだろ。
怖い物が何もないんだろうな。
俺も高校生の時は何も怖くなかったし、学校の先生はウザいぐらいに思っていた。
叱られても話全然聞かなかったな。
「どこですか? 早く教えてくださいよ」
そしてこの台詞。
先にズンズン歩いて行ってからの言葉だった。
これからこの子のマネージャーになるっていうのに、上手くいけるか心配になってきた。
随分と本音で話してくれるようになったみたいだけど、これはこれでしんどいな。
できることなら、さっきのミラちゃんみたいな素直で優しい子のマネージャーになりたかった。
今からでもマネージャー交代して欲しいぐらいだ。
「……会議室Bです」
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