第3話 前澤社長の提案
俺はメールに書かれた住所まで来た。
服装は自由でいいと書かれていたけど、一応スーツを着ている。
「でかっ……」
思っていたよりも大きな会社みたいだ。
俺がここまで来たのは面接だからじゃない。
何かしらの用事で女社長に呼び出されたからだ。
「こんなところまで呼び出さなくても……」
警察に事情聴取され終わった時、俺は待ち伏せされていた。
――うわっ。
電柱の陰に女の人がいた。
年齢は俺より五つ以上は上に見えた。
格好や背筋の伸ばし方だけで、なんとなく仕事ができそうな人に見えた。
――申し訳ありません。少しお話いいですか?
――すいません、どなたですか? というか待ち伏せしていませんでした? 一時間、いや二時間以上拘束されていたと思うんですけど……。
――私、こういうものです。
名刺を手渡される。
――Vtuber事務所『ビサイド』……?
聴いたことがあった。
Vtuber事務所っていうのはいくつもあって全部は把握できていないが、最近勢いがある事務所の名前だ。
アイドル的な売り方をしていて、スパチャを信者から搾り取るやり方がえげつないせいで、あんまりいい印象はないな。
――はい、一応、私代表をさせてもらっています。
――そんな人がどうして?
――あなたに謝罪をしたいのです。今日の痴漢――いや、騒動でウチの子があなたにご迷惑をおかけしました。その謝罪をしたいのです。
――いや、いいです。
――お願いします、謝罪金も多くはないですが、用意できます。
――そ、そんなの……。
いらないと突っ張ることができなかった。
無職になったばかりでお金がなかったらだ。
本当は関わり合いになんてなかったが、お金が貰えるなら行った方がいいのかもと思ってしまった。
――とにかく来てください。名刺に私の連絡先が書いてあるのでよろしければ私達の事務所に来てください。
そう言われて俺は連絡先に連絡した。
一応連絡する前にネットで調べたが、社長の言う事は本当だったようだ。
前澤加恋社長は顔出しをしていて、動画にも出演していた。
本人だったので、まあ、悪いこともできないだろうと思って、こうしてやってきた。
「すいません。前澤社長は、今日……?」
「失礼ですがアポはお取りですか?」
受付の女の人に俺は声をかける。
女社長もだったけど、この人も偉い美人だった。
「はい。天音と申します」
「分かりました。突き当りに道を真っすぐ行ってください」
「ありがとうございます」
意外にすんなり入れたな。
社長が受付に話をしていたんだろうな。
「――ぅわ」
チラリと部屋の中が見えてしまった。
ラフな格好でダンスの練習をしている人がいた。
Vtuberの事務所なのにダンスレッスンをしているんだな。
意味あるのかな。
それとも、芸能事務所と混合事務所なんだろうか。
お笑い芸人と歌手が同じ事務所に在籍していることは普通だから、そういうこともあり得るよな。
「どうぞ」
俺が『社長室』のプレートのある部屋にノックすると部屋から声がする。
昨日の社長と同じ声だ。
「失礼します」
入ってみると、そこには社長ともう一人いた。
それは、俺を痴漢扱いした女の子だった。
今日は後ろで髪をまとめてポニーテールにしていて、ラフな格好をしている。
「すいませんでした!!」
「は、はあ……」
いきなり深々と頭を下げられる。
だが、唐突過ぎてこちらとしてもどんな反応をすればいいのか分からない。
「いきなりすいません。天音さん、この子がどうしてもあなたに直接謝りたいというので連れてきました。不愉快だったらすぐに下がらせますが」
「い、いいえ、そんなことは……」
本当は顔も観たくないが、正直に言える訳もない。
悪いのはあの痴漢の方だ。
この子も被害者だからな。
恨むのは筋違いというものだ。
「もう、いいですよ。もう、終わった事ですし」
「でも、その、あの……」
女子高生の方がしどろもどろになっている。
まあ、人生経験が少なすぎて何を言えばいいのか分からないってところだな。
痴漢の濡れ衣を他人に着せた経験なんてしたことないから、俺でもなんて言えばいいのか分からないけどな。
「何か困ったことがあれば何でも仰って下さい。謝罪として何でもしますから」
「何でも、ですか……」
女社長にそう言われて色々と頭に浮かぶ。
まずは金。
当面の生活費がいる。
だが、数十万貰ったところでそんなもの家賃とか保険とか電気代とかですぐになくなってしまう。
それから奉仕。
美人な女子高生と女社長が下着姿になって一緒に跪く姿。
――どこでも触っていいですよ?
そんな事を言いながら二人で大きさの違う胸をくっつけながら、俺の欲求にこたえてくれる姿を想像した。
が、そんなアホな妄想は頭から取っ払う。
「あの、仕事ないですかね?」
言ってしまってから後悔した。
二人ともポカンとした表情になったからだ。
どうしよう。
転職活動の疲れとストレスで頭が回らないのかも知れない。
「仕事、ですか?」
「今、俺、ニートなんですよね」
ハハッ、と笑ってみせるけど、特に女子高生の方がドン引きしていた。
そりゃそうか。
この年齢になって転職活動始めてるって、女子高生から見たらただの落伍者だもんな。
俺だって、俺を見下している。
俺だって自分の人生に見切りをつけているけど、それでも生きている限り働かなければならない。
俺だってできれば仕事なんて辞めたくなかった。
また一からやり直すほどの活力はもうない。
若さなんてどこにもない。
「それじゃあ、この子の担当マネージャーになってくれませんか?」
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