第14話 ※ クライド

 ──五年前


 クライド・エリィク・フォンレスター第三王子が学園という準社交の場に入った。

 齢十四歳。

(今後の縮図の構成に、自分の人生を担う為の人選……)

 王族は気が抜けないなあと新入生代表の壇上に上がりつつ、クライドは内心で溜息を吐いていた。

 

(遊びたい。サボりたい)


 けれど王族の手本のような兄二人を見ていると、そんな弱音も吐けなくなってしまう。

 きっと自分は根が真面目なのだろうと諦める事にして、遊びやサボりは自分なりの方法で行う事にした。


 学園在学中に側近を選ぶ。


 ──面白い奴にしよう。


 学園在学中に婚約者を選ぶ。


 ──面白い奴にしよう。


 おもちゃ代わりに遊べて、良い暇つぶし、サボりの口実にする為に。


 だから一年間は猫を被って人を観察に勤しんだ。そして二年になってこれはと思う人間を選び抜いた。


 シェイドは変な奴だと思っていた。

 整った顔立ちを隠しているのは直ぐに気が付いた。恐らく騎士の家系の嫡男あたりも気付いている。

 自分のように、隠しているものを暴くような真似をするような者ではないってだけだ。


 シェイドはそれ程優秀では無いと思うのだけれど、必死に優等生クラスに齧り付いていた。

(何か理由があるのかな?)


 軽く興味を持ち、暫く様子を見ていれば、成る程と納得した。何でも人伝に聞いたところによると『昔は美少年だった』のだそうだ。

 今も隠されているだけで、その面は変わらず美しいと思うのだけれど……

(多分、女性が苦手になったんだろうなあ)


 分かる! とクライドは膝を打った。

 王族という肩書きに見惚れる女たちに追い回される身としては、うんうんと頷くばかりだ。

 ──と、同時にこいつは隠せて羨ましいというやっかみが生まれた。


(はい、採用)


 嫌がらせ要員である。

 最初はそのつもりだった。


 だから一年の終わりに生徒会役員に抜擢する旨を告げた時、シェイドが目を輝かせたのを見て不思議に思った。


(……目立ちたく無かったのでは?)

 首を傾げつつ観察を続ければ、どうやら想い人がいるらしい。こいつは、ただ一人に認められたくて、努力している奴だった。


 何度かつついてようやく口を割らせて、彼女が入学する時にその顔を見た。

(……大人しそうな子だな)

 印象としてはそれくらいだった。

 けれどアロット伯爵家といえばこの国では由緒正しく資産も充分な家だ。当然縁付けたい家は一定数あるだろうから、シェイドが努力するのも頷けた。


 ただ生徒会にいる以上、彼が自分の側近になる未来は固い。直に伯爵も首を縦に振るだろう。

 二人の始まりを知らない頃だったから、クライドはそう結論付けた。ついでに学園内でも猛攻を繰り広げてくるベリンダがいい加減に鬱陶しくなり、彼女の前でワザとシェイドの眼鏡を払ってやった。


 少し盾に使うくらい構わないだろう。

 思った通りシェイドの綺麗な顔はベリンダのお眼鏡に適ったようで、ベリンダはクライドとシェイドの両方に色目を使うようになった。


(馬鹿な奴……)

 家柄が良く見目も悪くないものだから自分に自信がある令嬢。だから自分が一番で、その上何をしても許されると思っている。

 王族の婚約者候補という立場にありながら他の男に色目を使う。淑女として致命的であるといえるそんな事すら自分は構わないという謎の自信。

 レーゼント侯爵家のが透けて見えるというものだ。

 彼女の話は兄たちから話を聞いていたものの。


 父が彼女の家柄を考慮して悩んでいたのは知っていたから、面白そうなら娶ってもいいかなと思ってはいた。だが実際会ってみれば面白がる余裕もないというか、気が遠くなりそうなくらいにアレで──……

(あんなもん妻に迎えたら身の破滅だ)


 母が甥の評判に度々悩まされているのを知っているから余計。妻は賢く品のある女でなければ。

 彼女にはいずれ自滅してもらうにせよ……

 

 なんて理由もあり、婚約者は割と早い段階でミレイ侯爵家次女のアリサに目を付けていた。


 アリサは勤勉で実直だが、気が強いのと少し口が悪い。

 前者は王族として良い資質だろう。気が強いのは自分の好みだ。泣かせたい。口が悪いのも公の場で控えるようにすれば問題ない。

 

 ただ彼女には既に親の決めた五歳上の婚約者がいたので、そいつには頭と身持ちの悪そうな女を送り込んでおいた。


 すっかり仲を深めた二人が夜会で王族の休憩室で逢瀬に興じているのを次兄に見つかり、破婚したのは私たちが卒業間近の十七歳の頃。

 王族が率いる生徒会、副会長の醜聞は広がらないよう配慮され、箝口令が敷かれた。


 けれど萎れたアリサを見て良い気分にはならなかった。そこに彼女の元婚約者への気持ちが透けて見えるからだ。仕向けたのは私でも、その心は自分へは向いていないのは知っていた。だから暫くは彼女を甘やかそうと誓った。


 おかげで卒業して一年も経つのに未だに私には婚約者が決まらない。断じて自業自得ではなく、アリサの気持ちに寄り添う結果こうなっただけだ。

 だから婚約者は既に内定しているのだが、彼女の心の傷を考慮して、発表はもう少し先になる。

 最近はやっと彼女が心を開いてくれて嬉しい。


 自分に春の兆しが見えた頃、そういえばシェイドは何をやってるんだろうかと思い至った。


 生徒会の仕事に猛然と励み、成績も上位をキープ。教師の覚えもめでたく、生徒からの信頼も得るようになった。

 その自信を抱き、アロット伯爵家にリエラ嬢のエスコートを願い出る手紙を送るとか言っていた。名義はタガが外れた父ではなく祖父を頼ったと聞いているから、門前払いはないだろう。

  

 けれど結果は惨敗。

 地に臥したシェイドをアリサと二人、残念な気持ちで眺めた。

 ……因みにこれは我々の卒業パーティーの同伴の許可である。

 諦めない姿勢は尊敬に値するが、相談くらいしてくれれば根回しに協力したのにと思った。


 シェイドは卒業後私の側近として宮廷貴族となる予定だ。彼の弟が高位貴族の次女と婚約し、両親が弟に爵位を渡す事を決めた為だ。

 シェイドの弟には兄を差し置いてと迷う気持ちもあったようだが、婚約者と良好な関係であった事、相手と添い遂げたい気持ちが勝ったようだった。


 しかしその弟の婚約はシェイドが王族の側近となる事が後押ししたもの。だから侯爵家が子爵家へ嫁す事を許したというのに……当の功労者であるシェイドは床に膝を付き涙を流している。


「……」


 少しだけ不憫に思った。


 アリサを見れば同じ気持ちのようで、複雑な表情をしている。

 彼女もまた、不実な男は嫌いだが、シェイドの働きは学園の垣間見てきた仲である。確かに不愉快な態度を取った履歴はあるが、経緯があるし、今は真面目だ。礼節も処世術も身につけている。


(確かセドリー家には問題児がいたんだっけか……)


 クライドは頭を巡らせた。

 特に気にした事も無かったが、そういえばリエラは隙のない令嬢だった。家柄に間違いはなく、教育も行き届いているのだろう。

 これは貴族の娘として申し分ない資質である。それ故に申し訳無いが、力技で貶める必要があるのだ。シェイドの元に堕とす為に……


(昔好きだった男に、少しだけチャンスをあげておくれね)


 チラとアリサを見ればこちらの意図を汲むようにこくりと頷いた。

 そうしてクライドは伯爵家に堅固に守られている娘を引っ張り出す為、レイモンドを巻き込んで画策した。



 レイモンドは暑苦しい男だが、悪い男ではない。

 元々妹の引きこもりに難色を示していた事もあり、彼の協力は容易に叶った。

 ……まあ結局は、妹のその原因たるシェイド自身が、子供の頃の話を馬鹿正直に伝えたのが決め手だったのだけれど。

 暑苦しい男が好きな展開だったようだ。


 伯爵が心配するように、レイモンドは直情的だ。真っ向からこられれば受け止めてしまう質なのだろう。

 こちらとしてはありがたかったけど……

(このお礼に今後搦手からめてでも仕込んであげようかな)

 

 それで手打ちに出来るよう、立ち回る事にした。

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