姫子はくノ一 🧕

上月くるを

第1話 ジョギング中に姫子が!




 こういうの、かあさんが言っていた走り梅雨というのかな。

 さわやかな5月から6月に入ったとたんの雨降りつづきだ。


 おかげで樹木の新緑がますます盛んになって、見ているぼくの目まで染まるような気がする。椿の葉なんか、まるで1枚ずつ刷毛で油を塗ったみたいにピカピカだし。


 秋のマラソン大会まで、あと3か月とちょっと……学年で10位には入りたいな。

 去年までがんばっても50位がいいとこだったけど、そろそろ本気を出さなきゃ。


 高校も大学も駅伝ランナーだったとうさんの息子として恥ずかしくないようにね。

 がんばるぞっ!  ぼくはお気に入りのスカイブルーのスニーカーを蹴り出した。



      🏃



 しばらく走ったとき、ドラッグストアと美容院のあいだの空き地で、春先よりずいぶん丈が伸びたよもぎの向こうに、なにやら茶色い物体が動いた……ような気がした。


 ん? なんだろう、犬かな、猫かな、それともぼくの見まちがいかな。

 それきり見えなくなったので、やっぱり寝ぼけ眼のせいにしておいた。


 けれど、少し走ると、今度はシャッターの降りた魚店のかげにひょこ。

 あれ? と思う間に、つぎは貸しビルのあいだの狭い路地に、ちらっ。


 なんだか分からないけれど、たしかに茶色い物体が、ぼくと一緒に移動している。

 ここまでおいでとからかっているようにも思え、まるで忍者みたいに神出鬼没だ。


 走りながらも、ぼくはそいつの正体が気になって、心ここにあらずの状態。(笑)

 なんなんだよ? これから学校へ行くんだから、あそんでいるひまはないんだぜ。



      🧸



 と思ったとき、そいつが、ひょっこりと正体をあらわしたんだ。

 しかも、なんていうか、その……いきなりそっくり丸ごとだよ。


 足を止めたぼくは、つんのめりそうになりながら叫んでいたよ。

 「ひ、ひめこっ! 姫子だろう?! もどって来てくれたの?」

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