第7話 夏の透けシャツ

「今日は暑いなぁ・・・」


 と僕は空を見て言った。


 今日は8月10日の水曜日。


 明日は「山の日」でお休みだし、12日から15日は会社が夏休みなので、今日のうちにパンフレットを全部のお得意先に届けないといけない。


 僕は少し太ってるから、人よりちょっと汗をかきやすい。

 だからタオルハンカチを持っているけど、今日はいつもより汗をかいてるから、ハンカチはもうビチョビチョだ。


「あと1件で最後だな」

 と僕は言いながら、新宿の駅を降りて西口の改札で駅員の居る窓口にスイカと身分証を渡して精算してもらう。


 そして改札を出てロータリーを越えた所にある雑居ビルの一つに入って行く。


 このビルにはエレベーターが無いので階段で3階まで登らなくちゃいけない。


 階段の中は蒸し暑くて汗が全然止まらない。


 3階に上がると、得意先の会社の扉があって、扉を開けたらクーラーで冷えた空気がフワっと僕の身体を包んですごく涼しかった。


「こんにちは」

 と僕が中に入ると、担当者が直接迎えてくれた。


「ああ、ぽっちゃりさんよく来たね。注文書を渡しておくから、週明けにでも発送しておいてね。パンフレットが少なくなってるから貰えるだけ貰っとこうか」

 と言って、僕に注文書を渡してくれた。


「あ、ありがとうございます、これパンフレットです」

 と言って、僕は注文書を受け取り、カバンに入ってたパンフレットを全部手渡した。


「ありがとさん」

 と担当者は言って、「今日は特に暑いから、熱中症にならない様に気をつけなよ」

 と笑いながら言ってくれた。


「は、はい。沢山お水を飲みます」

 と僕は言って、「じゃ、ありがとうございました」

 と言って得意先の会社を出た。


 会社を出ると、階段室はまたムッとするような蒸し暑さで、一瞬乾いてた汗がまた拭きだしてきてシャツを濡らす。


 僕はビルを出て、また新宿駅の方に歩いて行った。


 新宿には若い人が沢山歩いていた。


 学生さんや、制服を着たままの女子高生も居る。


 学校はもう夏休みなのに、どうして制服を着てるのかな。


 部活の帰りなのかな。


 そんな事を考えながら歩いていると、すぐに新宿駅が見えて来た。


 駅の改札を入る時に、隣の改札を通って来る女子高生の二人組とすれ違った。


 女子高生達は僕の方を見てすぐに目を逸らし、改札を出た後で


「ぎゃははは! 今の見たぁ?」

「見た見た! ヤバくね!?」

 と大声で言っている。


 何だろうと思って振り向くと、女子高生達は向こうに歩いて行きながら

「めっちゃ透けてるし!」

「めっちゃビーチク見えてるし!」

「ぎゃははは! 超キモい!」


 みたいな事を言ってる。


 B地区?

 長期モイ?


 最近の女子高生がしゃべる言葉は暗号みたいでよく解らない事が多いな。


 もしかしたら英語だったのかも知れないな。


 英語の事は全然分からないけど、最近は街のネオンも外国語ばかりになってきてるし、今の若い人はみんな英語が達者なのかも知れないな。


 僕はそのまま山手線のホームに昇って、電車が来るのを待つ事にした。


「間もなく、1番線に池袋方面の電車が参ります」


 とアナウンスが聞こえて、すぐに電車が来た。


 プシューっと音がして電車が止まり、扉が開くと沢山の人が降りて来る。


 一通り人が降りたら今度は乗車する人が車内に吸い込まれていく。


 僕も車内に入って、エアコンが効いた涼しい車内で


「ふうっ、涼しい」


 と言って、もうビショビショになってるハンカチで顔の汗を拭った。


 電車が動き出して、僕は倒れない様に吊り革を握って窓の外の景色を見ていた。


 新大久保、高田馬場、目白を越えて、次が池袋の駅だ。


「次は~、池袋~、池袋で御座います。お出口は右側が開きます」

 とアナウンスが聞こえ、電車が減速を始めて池袋のホームへと入って行く。


 やがて電車が止まり、扉が開くと僕は電車を降りて南口の方へと歩いた。


 南口の改札を出て20分くらい歩くと会社に帰れる。


 会社に帰れば花頼はなよりさんが居る。


 いつも優しい花頼さん。


 それが楽しみで僕は仕事を頑張っている。


 しばらく歩くと会社のビルが見えて来た。


 ビルに入ってエレベーターのボタンを押す。


 ガコンと音がして、エレベーターの扉が開いた。


 僕はエレベーターに乗って、いつも通りに5階のボタンを押すと、扉が閉まってエレベーターが動き出す。


 そしてチーンと音がしてエレベータの扉が開き、目の前には会社の入り口扉があった。


 僕が扉を開けて

「ただいま帰りました」

 と言うと、少し離れたところから社長が

「おう、ご苦労さん! なんだお前、今日もスケスケだなあ!」

 と言ってガハハと笑った。


 社長の他には事務員の3人の女子社員、牧田さんと入江さんと花頼さんしか居ない。


 社長が笑った後に、牧田さんと入江さんがパソコンの画面を見ながらクスクスと笑っている。


 何だろう、PCの画面に面白いものでも見つけたのかな?


「はい、お疲れ様です」

 と僕は言って自分のデスクに荷物を置いた。


 すると、花頼さんがやってきて

「お疲れ様です」

 と言って冷たいお茶を入れたマグカップを渡してくれた。


「あ、ありがとう」

 と僕は言って、冷たいお茶をゴクゴクと飲み干した。


「つ、冷たくて美味しいね!」

 と僕が花頼さんを見て言うと、花頼さんはニッコリと笑って

「良かったです」

 と言って僕が手にしていたマグカップを受け取って、また給湯室の方に行ってカップを洗ってくれている。


 ああ・・・、花頼さんがお嫁さんだったら、自宅でもこんな感じなのかなぁ・・・


 と僕は思いながら、花頼さんの姿を見ていた。


 すると、社長が後ろから

「お~い、帆地槍。今日の仕事が終わったんなら、もう帰っていいぞ~」

 と言ってきた。


「あ、は、はい! 注文書を下の階に持って行ったら終わりです!」

 と僕は社長の方を振り向いて言った。


「おう、そうか。今日も熱いし、注文書を渡してもう帰れよ~」

 と社長が言ってくれた。


「あ、はい!」

 と僕は言って、カバンから注文書を取り出し、クリアファイルに挟んだ。

 すると今度は花頼さんが

「あ、帆地槍さん。私も下に用事があるので、注文書預かります」

 と声を掛けてくれた。


 僕はまた振り向いて

「あ、あの、ありがとう」

 と言って、注文書のファイルを花頼さんに渡した。


「じゃあ、あの、お疲れ様でした」

 と僕は言って、タイムカードに打刻した。


 僕が部屋を出ると、花頼さんも一緒に部屋を出て、エレベーターのボタンを押した。


 チーンと音がしてエレベーターの扉が開き、僕がエレベーターに乗ると、花頼さんも乗り込んできた。


 すぐにエレベーターの扉が閉まる。


 僕は1階のボタンを押したけど、花頼さんは4階のボタンを押さなかった。


 エレベーターが動き出して、僕は

「あ、あれ? 4階は・・・」

 と言ってるうちにエレベーターは4階を通り過ぎてしまった。


「帆地槍さん、明日からお休みですよね? もし予定が無ければ、どこかで会いませんか?」

 と言ってきた。


 え? え? 


 僕は少し混乱したみたいで、狭いエレベーターの中で花頼さんのいい匂いがして、何が何だか分からなくなった。


「あ、はい! 会います!」

 と僕は言って、花頼さんの顔を見た。


「ありがとうございます。じゃあ、今夜にでも帆地槍さんのスマホにメールを送りますね」

 と花頼さんが言った時に、チーンと音がしてエレベーターが1階に着いて扉が開いた。


 僕がエレベーターを降りて振り返ると、花頼さんはエレベーターに乗ったまま、ニコっと笑って僕に手を振ってくれた。


 僕はとっさに手を振ろうとしたけど、エレベーターの扉はもう閉まっていたのだった・・・

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