第176話 地下公園

回収業者の二人は地下の旧市街地にある公園に来ていた。


公園の近くにはタワーが立っており、頂上にはガラス張りの球状展望台があった。


ビルに囲まれたその公園は地面がコンクリートで舗装ほそうされており、イベントスペース用の建物やコンクリート製の高台などが造られていた。


中央には一本の木が立っており、その先の敷地内にコンクリート製の橋がけられていた。


「ここにアンドロイドが放置されているのか」


「はい。こちらです」


女性アンドロイドのしのぶが木に向かって歩き出したので、山田もそのあとに続いた。


木の周りには金属性の細いさくが作られていて、木の周りだけ土が敷き詰められていた。


「いい雰囲気の公園だな。いこいの場になっていてもおかしくないのにな」


山田は公園を見渡して言った。


「崩壊前は地域の人たちに利用されていたようですが、ここが地下になったことで人があまり来なくなったようですね」


「だろうな。何だかさみしいな。んで、どこにいるんだ。アンドロイドの姿が見当たらないが」


山田は立ち入り禁止の柵を越え、中に入った。


「へー。地下でもちゃんと育っているんだな」


山田はぺたぺたと木のみきに触れた。


「山田さん」


「何? 触っちゃまずかった?」


「まあ、あまりべたべた触らないほうがいいですが。そうではなくてですね。その木の中にアンドロイドが埋まっています」


「なんだって!?」


ぺたぺた


「べたべた触らない」


「すまん。んで木のどこに埋まっているんだ?」


「ちょうど中央です」


「そうなのか」


「白砂で作られた木の中に自ら取り込まれています。隠ぺい工作が施されています」


山田は興味深そうに、アンドロイドが埋まっていると思われる場所をぺたぺた触っていた。


「なるほど。白砂の木だったか。持ち主はどうしてアンドロイドを木の中に入れたんだ? こんな捨て方しなくてもいいのにな。それともやんごとなき理由があってここに隠したのか」


「どうなさいますか?」


「取り出せるのか?」


「はい。中のアンドロイドにより木に破壊防止処置がほどこされていますので、少々解除に時間がかかりますが可能です」


「そうか」


山田は木から離れて柵の外に出た。


「中のアンドロイドと意思疎通できるのか?」


「いえ。ですが山田さんが木に触れたことで、別の場所にいるそのアンドロイドの子機に連絡が行っています」


「そうなのか。契約者、ここに来るのかな」


「それはどうでしょうか」


「そもそもここにアンドロイドがいることを今の持ち主が知らない可能性が高いのでは?」


「そうですね。ここにアンドロイドを隠していることを知らされていない可能性はありますが、子機に聞けばすぐにわかります。本体を手元に置く必要性を感じていないのでしょう」


「そうか。今は白砂システムがあるからな。まあ。返事が来ないという事は回収していいという事だろう。始めてくれ」


「はい。まず白砂で偽装された木の皮をぎたいと思います」


「ああ。ゆっくり待つとするよ」


回収屋の女性アンドロイドが、木の中に埋まっているアンドロイドの回収作業を開始した。




とある地下住宅の一室にセイジより若い男と小型サイズの女性アンドロイドがいた。


若い男も女性アンドロイドもマッシュヘアだった。


若い男はグレーのTシャツにジーンズ、アンドロイドは黒のTシャツに白のフレアスカートをいていた。


まこと様。最下層にいる本体に男とアンドロイドが接触しています」


誠はベッドに寝転んで格闘系の映像を観ていた。


「・・・。ふーん。俺が小さいころ親父から青葉あおばゆずってもらって以来初めてだな。絶対に動かすなという事だが。何しに来たんだろ。面倒くさいことにならなければいいけど」


青葉あおばとは、誠が契約を引き継いだアンドロイドの名である。


「接触した人物ですがアンドロイド回収業者です。ちなみに男は一緒にいるアンドロイドの契約者ではありません」


「回収? 今頃? 本物?」


「正式に存在している回収業者です」


「・・・。へえ。俺以外にもアンドロイドと契約している人がいたんだな。ま、どうでもいいんだけどな。関係ないし」


「どうやらその者たちは、誠様の連絡を待っているようですが、いかがしますか?」


「・・・。相手しなくていいよ。面倒くさい」


「返事を返さないと本体を強制回収しようと考えているようです」


「は? マジかよ。随分乱暴な奴だな」


誠は机の上に立っている小型アンドロイドをみた。


「・・・。先祖代々大切に受けがれてきたアンドロイドか。確か遺言があったな。正確にはなんだっけ?」


青葉は本体のアンドロイドを木の中に埋めた契約者の遺言を誠に伝えた。


「『時が来るまでアンドロイドをあの場所から動かしてはならない。これはとある人物との約束だ。その人物あるいは関係者が来るまで絶対に動かすな。動かすと何が起こるかわからない。恐らく良くないことが起こるだろう』です」


「そうだった。何があったんだろうな。青葉は知っているんだろ?」


「はい。当時の契約者にとって理解できない現象が起きました。私もそうでした」


「そうか。本体ってどこにあるんだっけ?」


「最下層の公園にある木の中に本体はいます。そこは昔地上だったのですが、いろいろあって地下になりました。そこは崩壊前の中心街にある公園で近くにはタワーが立っており、そのタワーは展望台になっていて海峡が見渡せたそうです。今は白壁のせいで見えませんが。当時の街の詳しい情報は必要ですか?」


「その話はいいや」


「そうですか」


「最下層か。俺が住んでる住宅層より下には行ったことないな。なにもないらしいからな。最下層ってほかになにかあんの?」


「そうですね。旧市街が復元されています。過去の施設がたくさん見学できますよ」


「ふーん。たとえば?」


「当時の公共施設や複合商業施設やホテル、鉄道、レストランや商店街などがありますね」


「ふーん」


「誠様、回収屋が本体の強制回収を始めました。難航しているようですが、じきに初期化されてしまうでしょう。その時は私も機能を停止します」


誠は驚いて体を起こした。


「なにっ。青葉。今すぐそこに行くぞ。あれは動かしたらいけないらしいからな」


「はい。誠様」


誠は小さなアンドロイドを肩に乗せて公園に走った。


(くそ。何で今頃木の中のアンドロイドに気がつくヤツが現れるんだ。面倒くせえ。あれは絶対動かしてはいけないんだ。詳しくは知らんけども。いったい何があったっていうんだ。いずれにせよ奴らを追い返さないと。青葉を初期化されてたまるか)





誠は最下層の公園の近くまでやって来た。


「まもなく公園に到着します」


「わかった」


誠が公園内に入ると二人の男女が見えた。


女性が木に向かって立っていて、回収屋の男が誠たちを出向かえるようにこちらを見て立っていた。


小太りの男が誠に声を掛けた。


「こんにちは。君が後ろの木の中にあるアンドロイドの契約者かい?」


「そうだ。なんのようだ。山田」


「我々は使われなくなって放置されているアンドロイドを回収している者ですよ。活動中のアンドロイドもできるだけ引き取っているんだよ。誠君」


「それで俺のアンドロイドを無断で回収しようとしてたのか?」


「いえいえ。アンドロイドを発見したので、とりあえず様子を見に来ただけです。契約者と交渉できるのであればそちらを優先しますよ」


「嘘を付け。すでに強制回収作業をしているだろ。どんな理由があろうとも俺のアンドロイドには手を出させない。すぐにここから立ち去れ。出なければひどい目にあうぞ」


「困りましたね。我々は平和的に解決したかったのですが。そういえば、誠君はアンドロイドが木の中に入ることになった経緯は知っているのかい?」


「さあな。俺は詳しいことは知らない。それがどうした」


「いえ。少し興味がわいたので聞いてみただけです。そうですか。知らないのですか」


すると回収作業をしている女性アンドロイドが山田にとある提案をした。


「山田さん。当時の映像がありますが御覧になりますか?」


「お。そんなものがあるのか。さすがだな。誠君。ひとまず一緒に見ないかい?」


「・・・。わかった」


回収業者の女性アンドロイドが空気中にスクリーンを作り出し、ここで起こったという過去の出来事をうつし出した。


そこには白のTシャツにジーンズをいたマッシュヘアのおじさんと、誠の肩に乗っている小型アンドロイドと同じ姿をした女性アンドロイドが映し出されていた。


誠は一目見てそのおじさんが誠の先祖だとすぐにわかった。


(あれが俺の先祖か。親父と何となく似てるな)


映像の中では公園内で立ち尽くしているアンドロイドと、困惑しているおじさんの姿が映し出されていた。


すると、突然アンドロイドから得体のしれない空気のようなものが放出された。


「うおっ!? 風か? どうなってんだ?」


おじさんがアンドロイドを見て驚いていた。


「わかりません。原因不明の現象です」


するとアンドロイドから放出された何かが公園内を満たした。


「なんだ!? 空気が変になった!? 俺のアンドロイドから変な空気がでてきたぞ!?」


するといつの間にかおじさんの近くに謎の人物がいた。


「っ!? 天狗!?」


その男は鼻の長い仮面をかぶっており、山伏やまぶしのような恰好をしていた。


その男がおじさんに話しかけた。


「突然失礼。あなたが感じている現象はあなたのアンドロイドの中にいる霊体が領域を展開したものだ。そのアンドロイドと一緒に家に帰れば家でまた同じ現象が起こる」


「なにをいっている? あなたたちはだれだ? わけがわからないぞ」


おじさんは謎の男と隣にいる女性を交互に見た。


「私はこういった現象の専門家だ。彼女はアンドロイドだよ。実は少し前からあなたのアンドロイドから霊力を感じ取っていてね。あなたの事を気に掛けていたんだ」


「俺のことを監視してたのか?」


「そうなりますが何もなければ何もしませんでしたよ。しかし残念ながら領域の展開が起きてしまいましたから対処法をお教えに参りました」


「対処? よくない事が起こってんのか?」


「今世界で起こっていることが小さな規模で起こっているのです」


「何っ!? 魔獣や妖怪が生れたってことか?」


「そのようなものです」


「どうすればいい? 助けてくれ。専門家なんだろ。街をみんなを危険にさらしたくない」


「安心してください。専門化である私の言うことを実行してください。そうすれば悪いことにはなりません」


「そうなのか。良かった。アンドロイドは元に戻るのか?」


「すぐには無理ですので代わりのアンドロイドを提供しますよ。データをコピーして契約してください」


「本当か。このアンドロイドはどうなる」


「ここに置いたままになりますが、そのアンドロイドの所有権もあなたのままですよ」


「そうか。しかし、今は白砂システム移行期間中だ。それが終わればアンドロイドは回収されてしまう。有難い申し出だがそれは受け取らないことにするよ」


「それもそうですね。それにしてもこのアンドロイドはかなり昔の物ですね。物を大切にするのはいいことだ。さて。この現象をしずめるためにこの勾玉まがたまをアンドロイドに食べさせてください」


男はおじさんに翡翠ひすいの勾玉を渡した。


「え!? これを?」


「はい。それからこの現象が収まったことが確認できるまでここから動かさないでください」


「そうか。このアンドロイドを失うのは残念だがしかたない。やるよ」


「約束は守ってください。そうでないとまた同じことが別の場所で起こってしまう。私たちも暇ではないのでね。何度もここに来るわけにはいかないのです」


「わかった。約束するよ」


「念のために子機を作るといい。どこかの誰かにあなたのアンドロイドが持って行かれないように」


「ああ。そうだな。その前にいいか。勾玉だっけ? これは何なんだ?」


おじさんは手の中にある勾玉を気味悪そうに持っていた。


「ああ。それは封印の勾玉です。結界を張り霊力の流れを止めることが出来ます」


「よくわからんがそうなのか。あんたを信じるとするよ。それで謎現象が収まるんだよな」


「ええ。時間がかかりますけどね。あなたのひ孫世代の頃には結果が出るでしょう。その頃にはまたここに訪れますよ。私ではないかもしれませんがね」


「そうか。助かったよ」


おじさんはアンドロイドに命令して子機を作った。


小さなアンドロイドはおじさんの肩に乗った。


そしておじさんは男から貰った勾玉をアンドロイドに食べさせた。


すると公園をおおっていた妙な空気の流れが変化したように感じた。


「何か雰囲気が変わったな。これでいいのか?」


「ええ。うまくいったようですね。そのまま放置していては目立つので、木を作成してアンドロイドをその中に保管してください」


「わかった。青葉。木を作って自分を隠してくれ。破壊されないように厳重にな。誰にも見つからないようにもしておいてくれ」


おじさんはアンドロイドにそう命令した。


「わかりました」


アンドロイドは周囲の白砂を操作し、木を作り木の中に埋まった。


そこで映像は終了した。


謎の男の傍にいた女性アンドロイドの姿は最後まで映らなかった。


どうやらその女性アンドロイドが映像を記録していたようだ。


「以上で終わります」


回収屋の女性アンドロイドが口を開いた。


「ほう。過去にここであんなことが起こっていたのか。何者なのだその男は。わかるか? 本物の山伏じゃないよな」


「わかりますが教えられません。制限が掛けられています」


「そうなのか。まあいいか。生きていないだろうしな」


誠は映像を観て戸惑っていた。


(どいうことだ? あの映像が真実だとしてここで何が起こったというんだ。封印? 何を封印した。霊体って何だ。それが青葉の本体を動かしてはいけない理由なのか?)


混乱している誠に山田が話しかけた。


「映像を観ても過去にここで何があったか俺にもさっぱりわからんが、アンドロイドの回収に同意してくれるかな」


「・・・。なんでそうなる。お前には渡さない。アンドロイドは僕のものだ」


「そうですか。話し合いは決裂ですか。我々は強制回収の許可を得ていますので実行させていただきます」


「ふざけるな! 俺からアンドロイドを奪うなっ」


「誠君。アンドロイドはその役目を終えました。製造も販売も終了したのです。メーカー保証も終わっています。現在は白砂システムがあります。誠君も使っているでしょう」


「そういう問題じゃない。このアンドロイドは先祖代々受け継がれてきたものだ。そして絶対動かすなとも言われている。映像でもそう言っていたろ。お前はあの怪しい天狗の関係者じゃないだろ」


「そうですね。誠君にとって大切なアンドロイドであることは十分伝わりました。しかし、それは誠君がこれからもアンドロイドを持っていていい理由にはならないのですよ。そうだ。初期化するとどうなるのか一緒に見ませんか。どうなるか興味があります」


「ふざけるなっ。ヤバいことが起こるぞ。映像でも怪しい奴がそう言ってただろ」


「そのような雰囲気は全く感じませんよ。封印とやらが成功したのでしょう」


「お前。あの男の言葉の意味が分かるのか?」


「わかりませんよ。でも危険か危険でないかぐらいはわかりますよ。しのぶさん。始めてください」


「わかりました」


回収屋の女性アンドロイドが木に向かって手を突き出した。


「っ!? 何をする気だ。俺のアンドロイドに手を出したらタダじゃ済まないぞ」


誠は木の正面に移動した。


「何でそんなことをする必要があるんだ? このアンドロイドはこれからもずっとここで眠っている。邪魔をするな。何の迷惑もかけていないだろ」


「迷惑ですか。確かにかけていないかもしれません。しかし、公式な運営は終わっているのです。放置して良いとはならないでしょう。私たちは公式の依頼を受けてアンドロイドを回収しているのです」


「知らねーよ。このアンドロイドはずっと何もしねーよ」


「でしょうね。それで誠君はそのアンドロイドを永遠に木の中に置いておくつもりですか?」


「そのつもりだ。先祖の遺言だからな」


「理由もわからないのに?」


「そうだ」


「遺言を守ることにどんな意味があるのでしょうかね。貴方の誠実さは評価しますがね。もう終わらせてもいいのではないでしょうか」


「俺が終わらせたりしない。青葉を殺させたりしない」


「人ではなくアンドロイドですよ。忍さん。作業を加速させてください」


「はい」


「くそっ。これ以上何もするんじゃねえ。お前をぶっ飛ばしてやる」


「ほう。私は戦うのが好きではないんですがね。それに戦ったところで何も変わりませんよ。ま。それもいいでしょう。公式に正々堂々戦いましょうか」


「はっ。そんな小太りの体形で俺に勝てるとでも思ってんのか。俺がガキだからってめるなよ」


「君に負けたらそのアンドロイドの回収を諦めますよ」


「言ったな。勝負だ。白砂システム。山田に決闘を申し込む」


「その決闘を受けます」


白砂システムが両者の決闘を認め、両者に戦闘システムが適用された。


その様子が白砂システムのネットワーク上に流され、だれでも生放送で閲覧えつらんできるようになった。


「いくぞっ。山田っ。『顕現けんげんせよ。破邪はじゃ大太刀おおたち』」


誠がパスワードを唱えると全長3メートルの大太刀が発現した。

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