第152話 死の砂漠

寂滅じゃくめつ高原を抜け、山の中腹にある宿場で一晩過ごした僕たちは、山を下ってオアシス都市を目指していた。


山肌が露出した山道を下り終わると草原にたどり着いた。


その先には乾燥した砂と岩の大地が広がっていて、さらに進むと死の砂漠に接しているオアシス都市アサギネズに到着した。


アサギネズの街は高台の上に建物が建てられていて、その周りを城壁が囲んでいた。


その街の姿は巨大な一つのお城の様だった。


そして、街の周りにだけ緑が茂っていた。


死の砂漠を囲む山脈から流れてくる雪解け水のおかげで、乾燥した土地にもかかわらず地下水が豊富なのだそうだ。


城壁を越え中に入ると、緑色の屋根をした茶色いレンガ造りの建物が街並みを形成していた。


「セイジ様。この街はドライフルーツが特産なんですよ。特に干しブドウが有名なんです。雪解け水を使ってブドウなどを栽培して、砂漠の風で乾燥させているそうですよ」


ユキヒョウ獣人のお姫様であるヘンリエッタさんが教えてくれた。


「へえ。砂漠の風ですか。何かいいですね。ここを出発する時に買ってみます」


「ぜひそうしてください」


僕たちは無秩序に建てられた建物によって出来た曲がりくねった細い道を通って、冒険者ギルドに向かった。


すると突然広い道に出くわした。


「この道は職人街ですね。生活必需品を作っています」


「なるほど」


見ると金属製品や木工製品や衣料品などが売られていた。


人通りは多かったが何やら不穏な空気が街に流れていた。


「何かあったんでしょうか」


お姫様に聞いてみた。


「そうですねえ。城壁の衛兵の数も多かったですよね。心当たりはありますが、憶測を話しても仕方がありません。冒険者ギルドに行けば確かなことがわかるかもしれませんね」


「そうですね」



僕たちは冒険者ギルドに到着した。


中に入るとお姫様が、ここまで護衛してくれた冒険者たちに感謝の言葉を述べた。


「冒険者の皆様、ここまでの護衛有難うございました。おかげさまで無事にたどり着くことが出来ました」


「おう。結構大変だったな。あんたの近侍きんじがいなかったらヤバかったぞ」


「はい。でも彼一人では四六時中私たちを守ることは出来ませんので」


「まあ、そうかもな。このあと砂漠を越えるんだろ。気を付けてな。幸運を祈ってるぜ」


「はい。ありがとうございます。皆様もお元気で」


「ああ。じゃあな」


イザークさんたちとはそこで別れた。


お姫様たちは受付に向かうことにした。


「セイジ様。私たちは情報収集をして参りますので待っていてください」


「わかりました」


僕は掲示板に向かうことにした。


掲示板に貼られている依頼書を眺める。


(どれどれ。砂漠の外周にあるオアシス都市をめぐる護衛依頼が多いな。砂漠の基本的な討伐依頼と言えば毒トカゲやサソリの魔獣になるのか。南にある湖での討伐依頼もある。他にも燃えるアンデッドやラクダのスケルトンに乗った骸骨ってのもいるのか。ん? 骨龍? 砂漠に龍がいるのか。説明が書いてある。『ヘビのように細長い巨大な骨の姿をした龍。死の砂漠を泳いでいる。死の砂漠で最恐。遭遇しないように細心の注意を払え。出会ったら動かないこと。戦いを挑まなければ襲われることはない。地中を泳ぐ音がする』。骨龍か。できれば見て見たいな。遠くから)


別の掲示板も見てみる。


(ダンジョン情報の掲示板か。お。死の砂漠の中央にダンジョンがあるのか。『常に砂嵐で覆われていて簡単に近付けない。たまに晴れる。古代魔法文明時代のオアシス都市だったのではないかと言われている廃墟の都市。4狂と呼ばれる魔獣たちが封印されている』。古代文明都市の遺跡か)


するとお姫様たちがやってきた。


お姫様たちは暗い表情をしていた。


「どうしました?」


「大変です。セイジ様。この街から北にある、二つ先のオアシス都市が遊牧民連合国スヴアルトに占拠されたようです」


「ええっ。大事件ですね」


「はい。それでですね。セイジ様のために地理を説明しますと、まず死の砂漠を領土とするこの国の名はビンロウ・ロジーグといいます。死の砂漠は北の嵯峨鼠さがねず山脈と南の濡羽ぬれば山脈に挟まれた盆地にあります。ここから東に向かう交易路は、砂漠を避けるように北の嵯峨鼠さがねず山脈の南側を通る嵯峨鼠さがねず行路と南の濡羽ぬれば山脈の北側を通る濡羽ぬれば行路があります。通常であれば私たちユキヒョウ獣人の国へは嵯峨鼠さがねず行路を通って嵯峨鼠さがねず山脈に向かうのです。私の国はそこにあります」


「つまり占拠されたオアシス都市を通らないといけないんですか。という事はこのような事態を想定していたから死の砂漠を通ることにしていたのですね」


「ええ。私たちがセイジ様と出会ったアイズミー王国に向かう時に、すでに両国の小競り合いが頻発ひんぱつするなど、その兆候がありましたのでこうなるのではないかと思っていました。何事もなければ交易路を通ることにしたのですが、最悪を想定してセイジ様には砂漠を越えるとあらかじめ言っておりました。私たちの国がどうなっているのかも心配です」


「急いでユキヒョウ獣人の国に戻らないといけませんね」


「はい。もし我が国が襲われていたとしても、国のみんなと幻獣様が何とかしてくれているはずです」


「そうですね。スヴアルト国ってどんな国なんですか?」


嵯峨鼠さがねず山脈の北に広がる広大な草原に住む、複数の遊牧民が一つにまとまった国ですね。その中のどこかの部族がオアシス都市に攻めてきたのでしょう」


「そうですか。これからどうしますか?」


「予定通り死の砂漠を越えて国に帰ります。セイジ様。引き続き護衛していただけますか? 」


「もちろんですよ」


「ありがとうございます。砂漠の案内人の依頼は出しておきましたので、受けてくれる方を待ちましょう」


「わかりました」


僕たちは宿屋に行き案内人を待つことにした。



次の日、冒険者ギルドに行き受付の向かうと、受付で案内人の依頼を受けてくれる冒険者パーティーが現れたと教えてくれた。


「運よく砂漠の案内人が見つかりました。明日の朝出発です」


「わかりました」




さらに次の日の朝、僕たちは冒険者ギルドで砂漠の案内人と対面した。


案内人は5人いて、全員にケモミミがえていた。


「俺たちが砂漠の案内人の冒険者だ。目的地はオアシス都市ゴーフンか。運が悪かったな。スヴアルト国が北路のオアシス都市を占領してしまうなんてな。しばらくこの街で様子を見たほうが賢いと思うんだが、わざわざそんな危険な進路を進むってことは、急ぎの用なのか。まあ、俺たちは金がもらえればいいんだが。もう一度聞く。死の砂漠を越えるんだな」


リーダーらしきおじさんがお姫様をにらんだ。


「はい」


お姫様はおじさんの眼を見てしっかりと返事をした。


「そうか。ならいい。何かしら事情があるんだろ。詮索せんさくはしない。だが死の砂漠は気まぐれだ。流砂や砂嵐がひどかったらまともに進めないぞ」


「それでかまいません」


「わかった。では、自己紹介をしよう。俺が冒険者パーティー『クイックサンド』のリーダーであるスナネコ獣人のスタンだ」


スタンさんは長身で細見のおじさんで、薄茶色の髪の毛をしてゆったりとした服を着ていた。


「ハイエナ獣人のハワードだ。よろしく」


こげ茶色の髪でいかつい小柄なおじさんだ。


「フェネック獣人のフィオよ。よろしくね」


フェネック獣人のお姉さんは、白髪で長い耳の形をした触毛がびていた。


「ミーアキャット獣人のミミです。よろしくお願いします」


茶髪で小柄な女性で目がクリクリしていた。


「プロングホーン獣人のフアンだ。よろしく」


見た目は普通のおじさんだ。


薄茶髪の頭に細長くとがった触毛が生えていた。


(プロングホーンってどんな動物なんだろ。まあいいか)


「私は依頼主であるヘンリエッタです。そして彼女が侍女のヒルダ。彼が近侍きんじのセイジ。砂漠に不慣れな私たちですがゴーフンの街までよろしくお願いします」


「ああ。任せてくれ。では出発だ。ラクダは準備してある」


ラクダに荷物を乗せ、街の外に向かった。


「嬢ちゃんたちは死の砂漠は初めてかい?」


「ええ。以前この街に来た時は砂漠の北部外周のオアシス都市を通ってきました」


「普通はそうだよな」


「はい。私たちは北の山脈に住んでいるのですが、砂漠の内部に入るのは初めてですね」


「へえ。もしかしてユキヒョウ獣人かい? 幻の獣人と言われている」


「はい。幻ではありませんよ」 


「はっはっは。わかってるよ。それにしても珍しい獣人に出会ったもんだ。強くて有名だが滅多に姿を現さないよな」


「はい。山の頂上付近に国がありますから、滅多に山を下りてくることはありませんので」


「そうかい。兄ちゃんは人間のようだが地元の人間か?」


「え。いえ。僕は初めてここに来ました」


「そうなのか」


案内人の冒険者たちにひきいられた一行は、死の砂漠に足を踏み入れた。


目の前にはどこまでも続く砂丘が広がっていた。




行けども行けども見渡す限り砂と岩しかない。


しばらくして僕たちは砂の上で休憩をすることになった。


リーダーのスワンさんがみんなに声を掛けた。


「休憩だ。今のうちに水分補給をしろ。そもそものどが渇く前に飲むんだぞ。ゆっくり飲めよ。魔道具があるからって一気に飲むな」


僕たちは砂の上に座り、それぞれ水を飲んだり保存食を食べたりした。


僕はリーダーのスナネコ獣人のスワンさんと雑談をしていた。


「スワンさん。4狂ってご存じですか?」


「ああ。話しに聞いた程度だがな。なんでも4狂の奴らは元々死者の国にあった国で暴れていたそうだ。しかしその国がアンデッドのせいで崩壊した後、どういう理由かしらえねえが、この国に来て死の砂漠周辺のオアシス都市を襲い始めたそうだ。そんで冒険者たちに倒さた。そいつらは不死身なもんで古代魔法文明の遺跡に封印されたんだとよ」


「へえ。そうなんですね。不死身なんですね」


「その頃の遺跡は砂嵐で覆われていなかったんだがな。年々ひどくなっていって、最近じゃ滅多に近寄れなくなったんだよ」


「ダンジョンが成長しているってことですか?」


「そうだな。昔はただの遺跡だったから牢獄代わりに、オアシス都市の犯罪者を閉じ込めたりしてたんだ。共同の監獄だな。あとは4狂のような不死身の魔獣とかな」


「へえ。そんな過去があったんですね」


「今回の砂漠越えのルートはそのダンジョンの近くは通らないぞ」


「そうなんですか」


「ただでさえ危険なのにわざわざダンジョンには近寄らないさ。遠回りだし」


「そうですね」


「そろそろ出発だ」


「はい」




砂漠を進んでいると、日が高く昇ってきて砂漠の気温が上がってきたので、長い休憩を取りながら移動をすることになった。


日差しを避けるため、テントを張って休憩をしている。


「しばらく動かないから飯を食っておけ」


リーダーのスタンさんの大声が聞こえてきた。


侍女のヒルダさんが水の魔道具を取り出し、お姫様に水を用意していた。


僕はひょうたんを取り出し、ポーションを一口飲んだ。


太陽が少し傾いてきたので、僕たちは移動を再開した。


日が完全に落ち周囲が闇に包まれ、今度は逆に急激に冷えてきた。


僕たちは野営をすることになった。


見張りの夜番は『クイックサンド』の皆さんがやってくれるという事なので、僕たちは寝る準備に入った。


「僕はテントの外でポーション風呂に入って来ますね。体に着いた砂を洗い流したいので」


「え? ポーション風呂ですか?」


お姫様たちはびっくりした顔をしていた。


「はい。ポーションを温めて入るんですよ。やってみますね」


僕はポーションを大量に出し発火で熱した。


「まあ。すごいですね。その中に入るんですか」


「はい。お二人も入りますか? 温まりますよ。僕は外に出てますから」


「はい。ぜひお願いします。ヒルダも入るでしょ」


「はい」


「わかりました。もう一つ作りますね」


「いえ。ひとつで結構ですよ」


「そうですか。ではここに浮かせていますので、ごゆっくり」


「はい。ありがとうございます」

「感謝する」


僕はテントの外に出た。


(めちゃくちゃ寒い)


真っ暗で砂しかない世界が広がっていた。


空を見ると満点の星が色とりどりに輝いていた。


僕はポーション風呂を作り、服を脱いでポーション球を頭から移動させた。


(あ~。あたたか~い)


しばらくポーション風呂を堪能たんのうした。


(ふぅ。いいお湯でした)


テントに戻ろうとしたところ誰かの叫び声が聞こえてきた。


「敵襲ーっ」


僕は急いでテントに戻り、テントの中に居るお姫様たちに声を掛けた。


「魔獣が来たみたいです」


「はい。今出ます」


水に濡れ火照ほてった二人が出てきた。


僕はポーション球を砂漠に捨てた。


「なんだかもったいないですね」


「そうですね。とりあえずみんなの所に向かいましょう」


「はい」


僕たちは『クイックサンド』の皆さんの所に向かった。


『クイックサンド』の皆さんの所に着くと、手に曲刀を持って戦闘態勢に入っていた。


「来たか。見ろ」


暗闇の砂漠を見ると全身が燃えているスケルトンが5体近づいて来ていた。


僕はリーダーのスタンさんに聞いた。


「何ですか、あれは?」


「ファイアスケルトンだ」


「燃えてますけど、放っておいたら自滅しないんですか?」


「どうだろうな。あれは体温が高いってだけだそうだぞ。いずれ燃え尽きるかもしれんが、それは今じゃない」


「なるほど」


「あれくらいは何とかなる。お前たちはここでじっとしていろ」


「はい」


冒険者パーティー『クイックサンド』とファイアスケルトンの戦いが始まった。


『クイックサンド』の皆さんは曲刀からメイスなどの鈍器に持ち替えていた。


ファイアスケルトンは動きは鈍いが、近寄ると炎の熱気でダメージを受けているようだった。


「セイジ様っ」


後ろにいたお姫様の切羽詰まった声が聞こえてきた。


「どうしました?」


後ろを振り返ると、僕たちの所に別のファイアスケルトンの群れが近づいて来ていた。


『クイックサンド』の皆さんはまだ戦っている。


「僕が行きます。お二人はここに。何かあったら大声を出してください」


「はい」


ファイアスケルトンにテントなどを燃やされる前に、僕はテレポートでファイアスケルトンたちの前に移動した。


(さて、どうしよう。ただのスケルトンなら念動波でいいかな。炎は効かないだろうし)


ファイアスケルトンたちが両手をあげ僕に掴みかかろうと接近してきた。


僕は下がって距離を取った。


ズサッ


砂を踏む音が聞こえて来た。


(砂か)


砂漠には無限の砂がある。


僕は砂に手を触れた。


(物体操作)


僕は操作できる限界までの砂を操り、ポーション球より小さい直径30cmほどの砂の塊を作り上げた。


(むんっ)


僕は砂の塊をファイアスケルトンに向けて発射した。


ドシャッ


ファイアスケルトンは、避ける動作を取ることもなく、まともに砂の塊を食らって吹っ飛んで行った。


ファイアスケルトンは骨の一部が砕け、砂の上でもがいていた。


僕は地面に倒れたファイアスケルトンに砂の塊を上から叩きつけた。


ズドンッ


ファイアスケルトンはまだしぶとく動いていた。


(魔力がこもってないから砂の衝撃だけじゃ無理なのかな。そうだ。レオナさん。スケルトンにポーション掛けたらどうなりますか?)


僕は幽霊のレオナさんに助言を求めた。


(ん~? 何にもならないと思うよ~。生きてないから回復しようがないも~ん。それに全身をポーションに沈めても熱は収まらないんじゃないかな~。魔力の熱だろうし~)


(そうですよね。ありがとうございます)


(は~い)


(大量の砂でファイアスケルトンを埋めてみよう。動きを封じることは出来るかも)


僕は砂の塊を量産して、倒れているファイアスケルトンを砂で完全に埋めた。


しかし、もぞもぞと砂の中からい出てきた。


(ありゃ。砂じゃ駄目か)


すると『クイックサンド』のリーダーの声が聞こえてきた。


「今行くぞー」


(向こうは終わったみたいだ。よかった。よし。砂柱っ)


僕はファイアスケルトンたちの足元の砂を水柱のように噴射し、ファイアスケルトンたちを宙に吹っ飛ばした。


ドスッ。ドスッ。ドスッ。ドスッ。ドスッ。


空からファイアスケルトンが次々降ってきて、地面にたたきつけられていった。


「何だ今の魔法は。土属性か? まあいい。おめえら止めを刺せ」


「おおっ」」」」


『クイックサンド』のみんなが倒れているファイアスケルトンに襲い掛かり、次々頭を砕いていった。


(ああ。頭を砕くのか。今度は野球ボール大の砂の塊にして高速でぶつけてみようかな)


スナネコ獣人のスタンさんが近寄ってきた。


「お前強いんだな。ユキヒョウ獣人のお嬢ちゃんの近侍きんじなだけあるぜ。俺たちの手のおえない時はお前も戦ってもらうぞ」


「はい。わかりました」


すると『クイックサンド』の皆さんが、ファイアスケルトンの砕けた骨を金属の棒を使って拾い集めていた。


「骨は素材なんですか?」


「いや。焚火たきび松明たいまつ代わりになるんだ。まあ、活動を停止したファイアスケルトンの骨は、すぐに魔力が尽きて火が消えちまうけどな」


「なるほど。便利ですね」

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