第140話 マンティコア
地下都市に出来たダンジョンの依り代である巨石は、焚火や僕の発火に照らされて妖しく光っていた。
巨石は大きさが約1mで緑色の立方体だ。
僕は巨石の少し手前で立ち止まり、休憩をしている冒険者パーティー『レッド インセンス』のみなさんに質問をした。
「そもそもこの石は何なんですか?」
「さあな。この地下国家はずいぶん昔に滅ぼされちまったから、何もわかんねえってよ」
リーダーのカレルさんが答えてくれた。
「そうなんですか」
(サイコメトリーをしてみたかったけど、魔銀の義手で触っても駄目なんだろうな)
しばらく依り代の巨石を観察してみたが、表面はツルツルで何の手掛かりもなかった。
僕は依り代の巨石の観光を終え、彼らの所に戻った。
「皆さんは最初はここに何しに来られていたんですか?」
僕はリーダーのカレルさんに聞いてみた。
「魔獣や守護獣退治。ついでに魔道具探しだな」
「そうなんですか。定期的に守護獣を退治されているんですか?」
「ああ。そうだな。いつも俺達じゃないぞ。みんな頃合いを見て倒しに来ている」
「そうなんですね」
「守護獣になりたての弱い奴を倒しても魔石が小さいからな。でも大きくなるのを待っていたら他の冒険者たちに先を越されちまうんだよ」
「なるほど。色々あるんですね。ところで気になっていたんですが、先ほど戦われていた時に使った魔法について聞いてもいいですか? 目と腕のタトゥー魔法陣が光ったのが見えたんですが。秘密なら言わなくてもいいのですが」
「ああ。教えてもいいぞ。タトゥー魔法陣を知っている奴なら見ただけでわかるからな」
「そうなんですか」
「目の周りにあるタトゥーは動体視力を上げる魔法で、腕は身体強化だな」
「なるほど。ありがとうございます。僕はタトゥー魔法陣を全く知らないんですけど、詠唱とかはないんですか?」
「ああ。ないぞ。魔力を流すだけだ。コツはいるがな」
「そうなんですね。そういえば、さっき死の大地の冒険者かと僕に言ってましたけど、死の大地に行ったことあるんですか?」
「ん?ああ。すぐそこの隣の国だけだけどな。死の大地と呼ばれているが、すべてがアンデッドで
「そうなんですね。想像と違いました」
「そうだな。まあ、死者の国に行く途中には、『
「へえ。何だか大変そうですね。そういえば南にも砂漠ありますよね。そちらはどんな国なんですか?」
「ああ。南にある国は砂漠と乾燥地帯が半々な感じだな。そこは遊牧民と農耕民とがオアシスを中心に生活しているな。キャラバンの護衛依頼で行ったことがある」
「なるほど」
「セイジはどちらかに行く予定なのか?」
「はい。東に行く予定です」
「そうか。死の大地にか。途中まではそこまで危険じゃないと思うが、あまり無理すんなよ」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃ、俺たちはこいつを連れてダンジョンの外に出るが、セイジたちはどうすんだ?」
「え~っと。そうですね」
そこに静かにしていたユーフェミアさんが突如話に入ってきた。
「セイジ様はマンティコア退治に向かわれます」
「え」
「ほう。あれをヤルのか。いずれ俺たちがヤリたかったんだがな。お前に先を譲ろう」
「え。あ、はい」
「倒せなくても骨は拾ってやるから安心しろ。マンティコアは地下都市地上部の東側の谷にある、巨大な岩山の中の教会跡地にいることが多いぞ。行ってみるといい」
「はい。ありがとうございます」
「お前ら、帰るぞ。準備しろ」
「おう」」「はい」
冒険者パーティー『レッド インセンス』のみなさんが荷物をまとめ、帰り支度を始めた。
「じゃあな。救援ありがとな」
「はい。お気をつけて」
『レッド インセンス』のみなさんが、気絶している男を
僕たちは冒険者たちとは反対側に進み、地上を目指すことにした。
地上に出て岩山だらけの廃墟の街を東に向かって行くと、巨大な大岩が見えてきた。
その大岩にも穴が掘られ、窓や入り口が造られていた。
「ここかな」
大岩の空洞の中に入っていくと、そこには見事に成形された部屋があり、綺麗に整えられた壁に見事な彫刻が掘られていて、更には動物などの絵が描かれていた。
天井を見ると丸く造形されていた。
「広い空間ですね。一体どうやって掘ったんですかね」
「そうでございますね。長い時間をかけて造られたのでしょう」
壁際には石柱が作られていて、奥の部屋に続く通路もあった。
「奥に行きましょうか」
「はい」
部屋は明かり窓のおかげで明るかった。
奥の部屋も広く、石で造られた巨大な台座が置かれたあった。
その上に巨大な魔獣が
「バキッ。ゴキッ。ゴキッ。ごくん」
僕は思ってもみない状況に出くわし、息を
魔獣は僕たちが入ってきたことに気付くと食事を中断し、ゆっくりと台座から降り立った。
(あれがマンティコア・・・)
ガキンッ
マンティコアが台座から降りた時に、歯型が付いた剣の
(剣を食べてたのか。鉄が好物なのかな)
マンテイコアは冒険者ギルドの受付さんに聞いた通りの姿をしていた。
マンティコアはゆっくりとコウモリのような翼をはためかせ、サソリの尻尾の先をこちらに向けた。
赤い毛のライオンの胴体から伸びる太い足には、大きく鋭い爪が生えていた。
ライオンのたてがみに囲まれたシワシワの人間の顔は、ニヤニヤ笑っていた。
(歳でシワシワなのか、それとも生まれつきなのか)
ビュッ
次の瞬間、マンティコアの尻尾から僕に向かって
ガガッ
棘は結界にぶつかって
(危なかった。結界の展開が間に合ってよかった)
結界に紫色の液体が掛かっていた。
(毒ですか。人間の顔だけど会話できるのかな)
僕はマンティコアに話しかけてみた。
「こんにちは」
「ヴォオオオッ」
「っ!?」
マンティコアの口から放たれた重低音の
あまりの爆音に僕は恐怖で身がすくんだ。
すると室内で嵐が巻き起こった。
(魔法!?)
強い風で撒きあがった砂が目に入ってきた。
「くっ」(びっくりして結界が解けちゃったよ)
僕は急いでテレポートで空中に移動した。
ドンッ
何とか目を開けて音がした方向を見ると、僕がいた場所にマンティコアがいた。
(危なかった。襲い掛かって来てたのか)
ユーフェミアさんもすでに別の所に移動していて、
僕は地上に降り立ち、僕の周りに浮いている3本の魔剣をマンティコアに向けて射出した。
ガガガッ
しかし、マンティコアの硬い毛に弾かれてしまった。
(えええっ。魔剣が刺さらないのか)
マンティコアが再びサソリの尻尾から毒の棘を飛ばしてきた。
カンカンカンッ
物理結界が弾き返す。
(発火)
僕がマンティコアに向かって発火を飛ばしたが、暴風が吹き荒れマンティコアから
(ありゃ。発火が届かない。テレポート)
僕はマンティコアの真横に転移して、横っ腹を魔銀の義手で思いっきり殴った。
どすっ
すぐさま僕に目掛けてサソリの尻尾が迫ってきた。
ビュン
僕はテレポートで何とか回避した。
マンティコアは何もなかったようにのそりのそりと僕に近づいてきた。
(殴っても駄目ですか。鉄を食べてるだけはありますね)
「ヴォオオオオッ」
マンテイコアが再び咆哮し、僕に飛び掛かってきた。
僕はテレポートでマンティコアの側面に移動して体に触れた。
(電撃っ)
バチッ
室内が一瞬だけ明るくなり、マンティコアの体がびくりと震えた。
一瞬の間をおいて、僕に向かって「ビュン」とサソリの尻尾が
(うおっ)
バキッ。ドスッ
「ぐあっ」
結界が破壊され、僕はサソリの尻尾に思いっきり吹っ飛ばされてしまった。
僕は急いで立ち上がり、マンティコアを見た。
しかし、マンティコアの追撃はなかった。
マンティコアがゆっくり動き出した。
(電撃は少しの間だけ効くようですね)
マンティコアは注意深く僕の様子を
(電気を怖がっているようだけど、どうやって倒したらいいんだろ)
「ヴォオオオッ」
マンティコアが咆哮し、室内に暴風が吹き荒れた。
僕はすぐさま結界を展開し風を防いだ。
マンティコアが高く飛び上がり、僕に襲い掛かってくる。
バキッ
太い爪がいとも簡単に結界を破壊し、僕に迫ってきた。
(テレポートッ)
僕はテレポートで回避し、マンティコアから距離を取った。
(あれをやってみようかな)
僕は小さな結界を空中に作った。
(これで何とかなればいいけど)
僕はこぶし大ほどの小さな結界の中に発火を20発ほど込めてみた。
(これくらいでいいかな。ここで結界が圧力で壊れちゃったら怖いし。いや。もう何発か追加してみよう)
僕は新たに10発ほど小さな結界の中で発火を発動した。
ミシッ
結界が
(怖い。もうこれくらいでいいか)
僕は発火が詰まった結界にそっと触れ、マンティコアの傍にテレポートさせた。
(結界解除)
ッドオオオオオオオオオンッ
爆発した。
僕は自分が引き起こした爆風に飛ばされ、壁に激突した。
「ぐへっ」
僕は急いでリュックからポーションを取り出し、飲んで回復をした。
マンティコアを見ると、全身が真っ黒になりフラフラとよろめいていた。
(すごい生命力だな。あっ。ユーフェミアさんは?)
急いで部屋中を見渡すと、ユーフェミアさんは壁際で優雅に
室内に
(よかった無事だった。風の結界かな。追撃しないと)
僕はマンティコアに向かって毒入り発火を射出した。
マンティコアは発火を避けることが出来ずに毒の炎に包まれた。
マンテイコアはゆっくりと地面に倒れ伏した。
「お見事でございます。セイジ様」
「ありがとうございます」
「それしてもものすごい威力の爆発魔法でございましたね。風属性結界の発動が間に合わなかったら、お洋服が台無しになるところでございました」
「すみません。あんなことになるとは思わなくて。ユーフェミアさんに怪我がなくてよかったです」
「私のことは気にしないでくださいまし。マンティコアの解体はいかがなさいますか?」
「はい。少し待っててください」
僕はマンティコアから魔石を回収した。
マンティコアの魔石は薄紫色をしていた。
「風属性魔力と邪属性魔力の混合魔石のようでございますね」
「そうなんですね。ではブラッシュの街に戻りましょうか」
「いえ。このまま次の街に行きましょう」
「え。そうですか。わかりました」
「次の街は火山の麓で巨大な塩湖の
「そうなんですね。街の名前は何と言うんですか?」
「ラジカルレッドでございます」
僕たちは岩山で囲まれた地下都市を離れ東に向かった。
山々に囲まれ、草木があまり生えていない、なだらかに登っている荒野を進んでいくと巨大な湖が見えてきた。
「この湖は生物が少なくて、コイなど数種類しか生息していないようでございますよ」
「へえ。そうなんですね」
「湖にはヌシがいまして、体長は15~20mで茶褐色の体をした細長い魔獣の魚がいるそうでございます。ただあまり姿を現さないそうでございますよ」
「へえ。大きいですね」
「討伐依頼は出ていませんが、珍しいので捕獲依頼が出てございます。セイジ様、ご興味がございまして?」
「え。いえ。静かに暮らしているのなら倒す必要はないと思います」
「そうでございますね。セイジ様ならそうおっしゃると思いました」
ユーフェミアさんが正面を見た。
湖の遥か向こうに雪化粧をした山脈が見える。
「湖の対岸に目的の街がございます」
「わかりました。湖を越えていきますか?それとも回っていきますか?」
「そうでございますね。湖を越えてまいりましょう」
「わかりました」
僕たちは空を飛んで湖を渡ることにした。
巨大な湖の上を進んでいると前方に島が見えてきた。
島には城壁に囲まれた、とんがり屋根の茶色い石造りの建物が建っていた。
「あれは貴族の別荘か何かですか?」
「いえ。何とか教の建物でございます」
「なるほど」
石で出来た建物の壁には、動物などのレリーフがたくさん掘られていた。
僕たちはそのまま島を通り過ぎ、陸地を目指した。
しばらく進むとようやく対岸が見えてきた。
「陸地が見えてきましたね。それにしても大きい湖でしたね。帝国一大きいだけあります」
「そうでございますね。私も湖を横断したのは初めてでございましたけど、楽しかったございますよ」
「僕も楽しかったです。あ。あれが街ですかね」
湖の少し先の荒野に城壁に囲まれた街が見えてきた。
「はい。あれがラジカルレッドの街でございます」
街のさらに先には、岩がむき出しの丘の上に無骨な城が建っているのが見えた。
「城がありますね。領主の城ですか」
「そうでございます」
湖を渡り終え、街の近くで僕たちは地面に降り立った。
城門を通り街の中に入った。
ラジカルレッドの街は石造りの建物で埋め尽くされていた。
「セイジ様。お食事になさいますか?」
「はい。そうですね」
「では、料理屋に向かいましょう」
「お願いします」
僕たちは早速料理屋に入った。
ユーフェミアさんが注文してくれた料理は、お肉と数種類の野菜と豆などを煮込んだシンプルな料理だった。
「食べながら聞いてくださいまし。周囲の状況を説明いたします。この街の東、高原地帯の先が火山地帯でございます。木が生えておりません。そして山頂部は氷河におおわれております」
「なるほど」
「南には聖なる山と呼ばれている場所がございます」
「へえ」
「その山の麓の森に魔力が豊富な泉がございまして、どうやらそこにペガサスがいたようでございますね」
「え。マゼンタ王国にきた、スカーレット帝国の人間が乗っていたペガサスですか」
「そうでございます。その泉の水を飲みに来たところを
「なるほど」
「今後の予定ですが、セイジ様が死の大地に向かうという事でございますので、人がいない東ではなく、南に向かいたいと思います。いかがでございましょうか」
「はい。構いません」
「では。聖なる森の麓にある街に向かう事に致しましょう」
「はい」
(この街では依頼をしなくていいのか)
「そうそう。南の街では働いていただきとうございますので、この街ではゆっくり休んでくださいまし」
「はい」
(ですよね)
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