第113話 精霊使い

僕がローザさんに巨人族の街に行くと告げると、ローザさんは露骨ろこつ不快ふかいそうな顔をした。


「は?逃げるつもり?あんたは私の召使いなのよ?それに私からは逃げられないわよ。その指のこと忘れたの?」


「逃げるつもりはありませんよ。興味本位の偵察ていさつみたいなものです」


「偵察?ん~。偵察ねえ」


悪魔の少女ローザさんがどうしたものかと考え込んでいると、エルフのエディさんが話にはいってきた。


「私たちが同行しようか?あんたの護衛はもういいんだろ?巨人族領の街にエルフの居住地があるし、そこにそいつを案内しよう」


「そうね。だったらいいわ。セイジ、しっかり偵察して来なさい。エルフたちはどこまで行くの?」


「ブラムよ」


「そう。じゃあそこまで行ってきなさい。大きな街よ」


「巨人族の街ですか。楽しみです」


「そこは巨人族がこの島に襲来した時、私たちの祖先の国の王都だった街よ。巨人族の街はその街の地下にあるの」


「そういえば、巨人族は地下に住んでいるんでしたね」


「魔人国の王都にも巨人族が住んでいた地下施設が残ってるわよ」


「え。そうなんですか。気付きませんでした」


「それから、巨人族の街の地上の建物は、巨人族によって魔法陣に利用されているわ」


「魔法陣の街ですか?」


「ええ。巨石魔法陣と同じよ」


「なるほど」


「地下に魔力を流し込んだり、防衛のための魔法陣が組み込まれているわ」


「僕が街に入っても大丈夫ですかね」


「エルフと一緒なら大丈夫じゃないかしら」


「そうなんですか?」


僕はエルフさんたちを見た。


「大丈夫だ。ブラムの地上の街は、ほぼ無人だが数十人のエルフが駐在している。我々と一緒に行動していれば巨人族に襲われることはないだろう。それに街の結界は悪魔や魔人の魔力に反応する仕組みだ。お前は人間なだからおそらく平気だ」


「そうなんですね。安心しました」


するとローザさんが何かをひらめいた表情をした。


「そうだ。昔の王都に行くんだったら、ついでに廃墟の王城に行ってきてもらおうかしら」


「王城ですか。いいですけど、何をすればいいんですか?」


「宝物室にある王家の証を取って来て」


「はあ。王家の証ですか」


「王冠と剣と王笏おうしゃくと運命の石よ。それがあれば父上が王になる正当性が増すってわけよ」


「そうなんですか」


「父上の戴冠式たいかんしきにあんたも来なさいよね」


「え」


「え。じゃないわ」


「はあ」


「待ってるわよ」


ローザさんは砦に向かって黒妖犬と共に帰っていった。


僕と『赤毛の娘』のエルフたちは、ギュンターさんたちを追いかけた。




巨人族のギュンターさんは、僕たちに気付いて待ってくれていた。


「どうした。まだ何か用があるのか?」


「いえ。巨人族の街に行くことになりまして」


「そうか。途中までならともに行こう」


「ありがとうございます」


僕と巨人族のギュンターさんと総勢8名になったエルフさん達で、巨人族の街ブラムに向かうことになった。


ギュンターさんを先頭に森の中を進んでいたが、8人のエルフに僕は囲まれていた。


(逃げたりしないんだけどなあ)


休憩中、巨人族のギュンターさんにいろいろ聞いてみた。


「どうやって海を渡って隣の島に行くんですか?魔法ですか?」


「そもそも我々巨人族は体の外部に向かって魔法を行使できない。魔力を身体強化に使っているのでな。体内の魔力がなくなると巨体を維持できなくなる。だから巨石魔法陣を用いて魔法を使っている」


「そうなんですか」


「海を渡る方法は簡単だ。巨石魔法で海にくいを出現させ、その上を歩いて渡るんだ」


「海に杭ですか。豪快ですね」


「がっはっは。そうだな。たまに走って渡っているときに、足を踏み外して海に落ちる奴もいるがな」


「え。大丈夫なんですか?海の魔獣がいるのでは」


「魔獣は食糧だよ。クラーケンはうまいぞ?がっはっは」


「そうですか。さっきの話の続きですが、サイクロプスさんはなぜ大陸にいたのでしょうか」


「まだ俺も若かったので戦いに参加していなかったんだが、聞いた話によると罠にかかって転移魔法で大陸に飛ばされたらしい。彼らは強かったので魔力の薄い大地ならば倒せると思ったのだろう」


「そうですか。封印されている巨人の王ってどんな人だったんですか?」


「巨人族同士の争いで戦いに負けて封印されてしまった王のことか。その王はうろこの巨人族出身でな。体中が黄金の鱗で覆われていて黄金の王と呼ばれていた。鱗に魔力を込めると極寒ごっかんの光を放つ能力を持っていた。始祖に近い巨人族ほど不死性が強くてな。黄金の王をバラバラにしても死なず、その能力が解除されることもなかった。そのせいでこの島が凍り付いてしまってな。環境を元に戻すために、巨石魔法陣を用いて黄金の王を地下深くに封印したのだ」


「そうだったんですね」


「巨人族は様々な種族があって、単眼や二つ目や複眼だったり、体に火属性など様々な属性を宿したりしている巨人もいる。俺は見ての通り二つ目で、属性は土だ」


「なるほど」


「どの種族にも共通しているのは、鍛冶能力が高く魔道具を武器に戦う点だな」


「そうなんですね」

(サイクロプスさんもそうだったな)


しばらく行くとギュンターさんが立ち止まった。


「ここでお別れだ。俺は西に向かい島に渡る」


「はい。ここまでありがとうございました」


「ああ。じゃあな」


「さようなら」


「エルフども。この人間は俺の客人だ。丁重ていちょうあつかうんだぞ」


「・・・。わかった」


一瞬の間があったが、赤毛の娘のエディさんが了承してくれた。




僕たちは巨人族のギュンターさんと別れ、エルフさんたちと共に巨人族の街に向かった。


歩いているときエディさんに話しかけてみた。


「なんでエルフさんと巨人族は仲がいいんですか?」


「仲は良くないぞ。交易しているだけだ。そもそも始まりの巨人は風の精霊と人間の間から生まれた存在だ。風の精霊を使役するエルフの方が格上なんだよ」


「えっ。巨人族は風の精霊と人間の間に生まれたんですか!?」


「そうだ。知らなかったのか?ちなみに風の精霊と言っても色々な種類がいるから、様々な属性を持った巨人が生まれる可能性がある」


「なるほど。そういえば泉の精霊と人間の間に生まれた人は竜っぽかったですね」


「へえ。まあそんなもんだ」


僕はエルフさんたちに囲まれながら森の中を歩いていた。


「交易してるって言ってましたが、エルフさんは巨人族や魔人国から何を買っているのですか?」


「鉄などの鉱石、魔石や魔道具だな。私たちの国とは魔力属性が違うからな」


「そうですね。食糧しょくりょうとかもですか?」


「食糧は買わないな。魔獣肉なんて食べ物じゃない。あんたもそうだろ」


「そうですね」


「逆にエルフの国からは、木炭や食糧、農産物を売ってる。あと魔石や器などの伝統工芸品だな」


「そうですか。僕もいつかエルフの国に行ってみたいですね」


「何言ってんだ。不法侵入したくせに」


「そうよ。仕事が終わったらあんたは嫌でもエルフの国に行けるわよ。牢屋に住むことになるけどね」


エマさんが乱入してきた。


「え。だから人違いですよ」


「はいはい。エルフの国で話を聞くわ」


(はあ。駄目だ。どうにかしないと牢屋行きだ。それにしても、またそっくりさんか。もしかして僕にそっくりなゴーレムがエルフの国に行ったのかな。だとすると魔女さんに壊されちゃったから僕の無実が証明できないや)


しばらく森の中を歩いたところで休憩に入った。


『赤毛の娘』のエルフさんたちを残して、他のエルフさんたちが周囲の偵察にいった。


偵察から帰ってきたエルフさんは枯れ木を持っていた。


「あんた、焚火たきび起こせる?」


「はい」


僕は発火を発動し、手早く焚火を起こした。


相変わらず僕に対するエルフさんの監視が厳しい。


もはやどうしようもないので、そのことはあきらめて精霊魔法について教えをうことにした。


そこで僕はエルフ戦士団『赤毛の娘』のリーダーであるエディさんに、精霊魔法について聞いてみた。


「エディさん。精霊魔法について教えてもらっていいですか?」


「ああ、いいぞ。あんたも一応精霊を仲間にしてるわけだしな。あんたが理解できるかどうかわからないけど」


「がんばります」


エディさんが周りを見渡したり、焚火の炎を見たりした。


「この島の精霊って扱いづらいんだよな」


「そうなんですか」


「基本的なことから教えてやる。二度と言わないからしっかり聞いておけ」


「はい」


「いいか?精霊魔法は、身近な自然の中に生きている精霊を見つけることから始まる。そして共に生活していくなかで意思の疎通そつうはかり、精霊の扱い方を覚えていく。その精霊を思い通りに使役したり、精霊の魔法を行使するのが精霊魔法だ。お前も霊体に気に入られたら霊体の魔法を使えるようになるかもな」


「霊体の魔法ですか」

(濃霧の魔法が使えるようになるのかな)


「では基本の4大属性を教えてやろう」


「お願いします」


「火属性、水属性、風属性、土属性。この世界には、それぞれの属性を持った精霊が存在している」


「他の属性にも精霊はいるんですよね」


「ああ。あらゆるものに精霊は宿る。誰かが勝手に属性を決めて分類しただけだからな」


「そうなんですか」


「では、それぞれの属性の代表的な精霊を説明してやろう」


「はい」


「火属性の精霊といえばサラマンダーだな。火の中や火属性の物質の中に生まれ、成長する火のトカゲだ」


「なるほど」


するとエディさんがネックレスを取り出し、赤い魔石を手のひらに置いた。


「たとえば、これは火属性の魔石なんだが、この中にサラマンダーがいる。サラちゃん、こいつに姿を見せてあげて」


見ると魔石の中で何やら動いていた。


「このサラマンダーは火属性魔獣の体内で生まれたってことですか?」


「そうじゃない。魔石に移したんだ。持ち運ぶためにな」


「そうでしたか」


「エルフの国の隣国に火属性の大地があってな。少し前はそこにたくさんのサラマンダーが棲息せいそくしていたんだが、その国が白の大地の魔獣たちに滅ぼされちまって、サラマンダーを手に入れにくくなったんだよ」


「そうなんですか」


「だからエルフの国では、ずっと火をき続けている場所を作って、サラマンダーを育てているんだよ。そして生まれたサラマンダーを火属性魔石に移して、さらに成長させているのさ。ちなみに私は実力が認められてサラマンダーを国から譲り受けたのさ」


「そうなんですね」


「精霊は何もしなくても魔力を吸収して成長するけど、自分の魔力を精霊に与えることで信頼関係を築くことが出来る。そうした方が成長も早い」


「へえ。家族みたいなものなんですね」


「そうだな。でも霊体のように人と会話したり高い知性を持つことはないけどな」


「どうしてなんですか?」


「ある程度の魔力量と長い時間が必要になる。たくさん生まれる精霊の中から限られた精霊だけが霊体になることができる」


「魔力を多く持った精霊だけが霊体になれるってことですか」


「そうだ。しかし、うつわを持たずに生まれた精霊は霊体になることはない。なぜなら精霊は魔力で出来ているが、器に入っていない状態で保持できる魔力量には限界がある。霊体は依り代の器があるおかげで限界以上の魔力を持てるという事だ。生まれた場所によって精霊か霊体かの運命が変わる。霊体は安定した特別な器で生まれた精霊ということだ。もちろん依り代の器にも魔力量の差があるがな」


「依り代を壊されたら霊体はどうなるんですか?」


「器を壊されて外に出た霊体は、精霊が持てる魔力量の限界になるまで、魔力を外部に放出することになる。それでも精霊の最上位の魔力量を有しているがな」


「なるほど」


「巨人族との交易でエルフが何を売るかの話をしたよな」


「はい」


「じつは精霊が生み出すものも売り物になる」


「生み出すもの?」


「サラマンダーが成長すると脱皮だっぴをする。燃えないその皮は素材としてとても価値があるんだ」


「脱皮するんですね」


「それは魔道具制作に情熱を掛ける巨人族にとって、垂涎すいぜんまとだとさ」


「そんなに貴重な物なんですか」


「ああ。この火属性の魔石にいるのは脱皮前の幼体だ。脱皮したら巨人族に高く売りつけてやる予定だ」


「精霊に幼体があるんですね」


「ああ。ある程度魔力が溜まって体が大きくなると幼体だ。もうそろそろ脱皮するかもな」


「おお。見ることは出来るんですか?」


「あんたに見せるわけないだろ」


「え。そうですか。残念です」


「サラマンダーの脱皮は、霊体が定期的に排出する魔力の塊と似たようなものだな」


「ああ。そうなんですね」


「あんた知ってたのか。人間は知らないと思ってた。そういえばあんた霊体を連れてるんだったな」


「はい。最近知ったんですけど」


「そうか。次は水属性の精霊ウンディーネだ。美しい女性の姿をしていて、綺麗な水のある場所にいる。エルフの国では珍しくないな。精霊使いの初心者のほとんどが仲間にする精霊だな」


「そうなんですね」


「そして風属性の精霊シルフ。女性の姿をしていればシルフィードだ。この子は綺麗な風が常に吹いている場所にいる。トンボのような羽を持っているぞ。さっきも話したが、このシルフやシルフィードと人間の間に生まれるのが巨人族だ」


「不思議ですね」


「そうだな。お互いの魔力がそうさせるのかもな」


「魔力ですか」


「例えば、あちらの島で人間と精霊が交配しこの世界に最初に生まれた巨人、始祖の巨人は人間では考えられないような魔力を持っていた。精霊と同じく魔力の塊といっていい。そして始祖の巨人がさらに人と交配し、代を重ねると、魔力量が減り肉体の割合が増していった。今の巨人族の大部分がそうなっている。もはや精霊とはいえないな」


「魔力の塊という事は悪魔の心臓みたいなものですか」


「そうだな。封印されている巨人の王もいずれ魔力が尽きれば消滅する」


「そうなんですね」


「話がそれたな。最後に土属性の精霊ノーム。一般的な見た目は身長が約20cmの小人こびとの姿をしている。環境によって髪の毛の色や肌の色が変わるけど、基本的には白髪だな。なぜか帽子と服を着ているな。まあ、こんなものか。あとは樹木の精霊とか色々いるけどな。少しは理解できたか?」


「はい。ありがとうございます。勉強になりました」


「さあ。巨人の街プラムに行くぞ。もう少しだ」


「はい」


僕たちは再び森の中を進んでいった。


すると森を抜けた先に城壁に囲まれた巨大な街が現れた。


そして、その先の大きな岩山の上に建つ要塞のような城が見えた。


「あれが巨人の街プラムだ」

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