第62話 地下迷宮と侍

領都マーキュリアスまで帰ってきた僕は、緊急魔獣討伐依頼の結果を報告するために冒険者ギルドに向かった。


受付で、冒険者パーティー『女神』が白の大地に向かったので僕が代理で来たことを伝え、女神が倒した魔獣たちの討伐証明部位と魔石を提出した。


すると、冒険者ギルドの2階からホーステイルのメンバーが下りてきた。


「やっぱりいたっす」


犬獣人のイレーナの元気な声が聞こえてきた。


「おかえりっす」「おかえりなさいですぅ」

「よお」「・・・っす・・・」


「ただいま。今帰ってきたよ」


僕たちはギルド内にある軽食屋のテ-ブルに腰かけた。


「どうだったっすか。いっぱい倒したっすか」


「残念ながら僕は倒してないよ。第1級パーティーの女神と運よく合流してね。女神はとてつもなく強かったよ。僕ももっと強くならないとね」


「そうだったすか。私も会いたかったっす」


「セイジさんも戦ったんですぅ?」


「うん。女神のルナさんにボスとソロで戦えって言われてね」


「え。それで戦ったんすか」


「うん。一方的に攻撃したけど倒すまでには至らなかったよ。僕は無傷だったけど」


「なんだかよくわかんないっすけど、セイジさんもさすがっす」

「・・・っす・・・」


「あの白い玉は使ったんですぅ?」


「使わなかった。それ以外は魔狼の時と戦い方は一緒だったね」


「何で使わなかったっすか?あれ恰好いいっすよね」


「使う前に女神さんが来てくれたんだ。それに魔剣と白い玉の効果的な攻撃方法か新しい魔道具の武器を買わないと今のままじゃ駄目みたいなんだ」


「なるほどっす。セイジさんもいろいろ考えているっすね」

「・・・っすね・・・」


「それで君たちは僕がいない間、依頼はどうだったの?」


「それがアルケド王国にあるダンジョンについて調べてたら行けませんでしたぁ」


「そうなんだ。早く帰ってきちゃったからね。せっかくだから調べたダンジョンについて教えてくれる?」


「はい。ここ領都マーキュリアス近くに地下ダンジョンがありましたぁ。古代魔法文明の遺跡ですぅ」


「おお、古代遺跡か」(言葉の響きが格好いいな)


「はい。1000年以上前の遺跡だそうですぅ。当時この地を治めていた人物に関係した建物だと言われていますぅ。石でできた迷宮だそうですぅ」


「へえ」


「歴史があるだけあって高難易度ダンジョンですぅ」


「深いの?」


「そこまで深くないようですが広いですぅ。ですので問題は食糧ですねぇ」


「ああ。ずっと潜ることになるのか。大容量の魔道具の袋がないときつそうだね」


「そうですねぇ。浅い場所ならいけますけどぉ。それから王国南部ですが『サイクロプスの六洞窟』という未攻略ダンジョンがありましたぁ」


「おお。サイクロプス!未攻略か。強そうだもんね」

(女神のルナさんが言ってたやつだ)


「それもそうなんですが、なぜか依り代が見つかってないそうですぅ」


「へえ。最奥までたどり着けてないんだ」


「その近くにダンジョンではないですが『南方五湖』という場所がありまして小型竜が棲息せいそくしていますぅ」


「へぇ、小型竜か」


「はい。眷属の竜人もいますぅ。資料によるとその湖は呪われているみたいなんですぅ」


「え。呪われてるんだ」


「はい。小型竜を捕獲に行った冒険者がたびたび行方不明になるそうですぅ」


「小型竜に殺されたんじゃなくて行方不明なんだ。小型竜の素材目当てで行くのかな」


「はい。超高級素材ですぅ。そして南部のダンジョンと言えば『魔術師の島』ですぅ。湖に浮かぶ島にとある偉大な魔術師が研究のために作った古城がダンジョン化したんですぅ。その魔術師が書き上げた魔導書が依り代になっているのではと言われていますぅ。ここもまだ誰も最奥までたどり着いていません」


「ウェンディー楽しそうだね」


「はいぃ。魔術に携わる者としてぜひ行ってみたいですぅ。王都近くだとウイロウ領南部の鉱山にある『鉄の森』ダンジョンですねぇ。魔女伝説が有名ですぅ。鉱山では銀、銅、魔銀、魔銅などが産出されてますねぇ」


「ウイロウ領か。そこも行ってみたいな。魔女が気になる」


「冒険者なら一度は行ってみたいダンジョンと言えば、もちろん国王領にある王国最大最深のダンジョン『竜王の庭園』ですねぇ。現在30階層まで調査が進んでいて、王国最強のパーティー『レッドビーク』が攻略に挑んでいることでも有名ですねぇ」


「なるほどねえ。面白そうなダンジョンや遺跡がいっぱいあるんだね。これからどうしようか」


「どこかに行く前に、私はマーキュリアス魔術師ギルドにいきたいですぅ」


「何か魔法を購入したいの?」


「はい。新たな火属性の魔法と姿隠しの魔法と水属性魔法の『水盾』を考えてますぅ」


「いいね。防御魔法か」


「そうですぅ。いつまでもみんなに守ってもらってばかりではいけませんからぁ」


「姿隠しの魔法は魔道具か魔法か悩みどころですぅ」


「そうだね。あ、そうだ。第4級のお祝いに欲しい魔道具を買ってあげるよ。豪華な食事もね」


「うれしいですぅ」「やったっす」「・・・ありがとう」「・・・奇跡・・・」


ホーステイルのメンバーが抱き合って喜んでいた。


すぐに魔術師ギルドと魔道具屋にいくことにした。


ウェンディーは魔術師ギルドで火属性魔法『狐火』と水属性魔法『水盾』を購入し、魔道具屋で姿隠しの魔道具を買った。


一方、獣人組は魔道具屋で何を買うかずっと悩んでいた。


候補は身体強化の魔道具と結界の魔道具と獣人用の隠ぺいの魔道具だ。


獣人用の隠ぺいの魔道具は、髪飾りで頭のケモミミである触毛を隠したり、腰の装飾品で尻尾を隠すことが出来る仕様だ。


魔道具で獣人の特徴的な部分を消すことで、人と区別がつきにくくなる。


「私たちもそうしたほうがいいっすかね」


「そのままでいいんじゃない?変えたかったら変えてもいいし」


「そうっすか。絡まれたりとか面倒くさいことが多いんで、魔道具つけて隠している獣人もいるってパトリシアさんが言ってたっす」


「なるほどね。そういうこともあるのか」


結局さんざん悩んだ末、エイミーは身体強化の魔道具。


イレーナは結界の魔道具。


ヒナはウェンディーと同じ姿隠しの魔道具を買った。


エイミーの身体強化の効果時間は30秒だ。筋力増強の効果がある。


イレーナの結界の魔道具は、一番安いものだったので結界の強度が低く範囲も2畳程度と狭いが、長時間維持できるので虫よけには十分だ。


ヒナの姿隠しの魔道具の効果時間は30秒。


安物しか買ってあげられなくてごめんよ。


それにしてもヒナは姿隠しか。立派な暗殺者になれそうだ。



買い物をしていたらすっかり日が暮れてしまった。


宿屋に行く前に料理屋でお祝いの食事会にすることにした。


ホーステイルのメンバーはよだれをたらしそうなほどに興奮していた。


「肉、肉、肉っす」「・・・っすっすっす・・・」


「わかったから落ち着いて。じゃあ豚肉料理と白パンとシチューでいいかな?」


「最高っすーっ」「ありがとうござぁいますぅ」「いただく」「・・・奇跡・・・」


料理が出てきたらみんなは食べることに夢中だった。


一段落いちだんらくしたところで今後についての話になった。


「せっかくみんながダンジョンについて調べてくれてたんで、マーキュリアスでダンジョンに行ってみようか」


「はい」」」」



翌朝、ダンジョンに向けて出発した。


行先は領都近くにある古代魔法文明の遺跡だ。


ホーステイルのメンバーは未攻略のダンジョンに入ったことがなかった。


一度経験した方がいいだろう。



そのダンジョンは領都近くの村の地下にある。


村の下にダンジョンが出来たのではなく、ダンジョンの上に村が出来たのだそうだ。


冒険者の村だ。


そのダンジョンは古代遺跡の地下迷宮で今の所、地下5階まで確認されている。


6階以降は調査中だ。


各階層は広く下にいくほど魔獣が強力らしい。


広いダンジョンで問題になるのが食料問題だ。


迷宮ダンジョンには食べるものが生えていない。


そもそも魔獣は食べられない。水は流れているらしい。


そこで必要なのが大容量の魔道具の袋だ。


僕たちは持っていないので、浅い階層だけ探索してみることにした。



ダンジョンの村に向かう。その村の名はエバーグリーン。


領都から伸びる森のトンネルを抜けたところに突然現れた村は、森を切り開いた時に伐採したと思われるたくさんの木の丸太で作られた豪快な柵で囲まれていた。


冒険者のために出来た村に農地や民家はないようだ。


村にある店は武器屋や防具屋、道具屋など冒険者に必要な物しか取り扱っていない。


ダンジョンは『樹海の迷宮』と呼ばれている。


さっそく村の冒険者ギルドでダンジョンの情報と地図を購入した。


いよいよ僕たちはダンジョンに向かう。


ダンジョンの入り口は石造りの建物の中にあった。


「へえ。こんな風になってるんだね」


建物は頑丈そうだったが、壁には四角い窓みたいな穴がいくつもあけられていた。


入り口には重厚な扉が設置され衛兵が門番をしていた。


建物に入ろうとしたら入場料を取れた。


そういうものか。村に入るときも取られたのにな。


「さて気合入れて行こうか」


階段を下りダンジョンに入るとそこは石の壁の通路が遠くまで伸びていた。


ダンジョンの領域に入ったことで、あの感覚が体を包んだ。


「ダンジョンだね。感じた?魔力」


「はい。明らかにかわりましたね。これがダンジョンですかぁ」

「すごいっすね。水の中に入ったかと思ったっす」

「ああ。武者震いしてきた」

「・・・へい・・・魔力が濃い・・・」


地下なのに通路は明るかった。


地面や天井の一部が等間隔で淡く光っている。


「古代魔法文明の技術なのか、ダンジョンの影響なのか。どっちなんだろうね」


「この光る石は持って帰られないっすか」


イレーナが床の光る石を触っていた。


「以前持ち帰ろうとした人がいたらしいんですけど、石をはがした瞬間、光が消えたそうですぅ」


「そうっすか。残念っす」



ウェンディーがダンジョン情報を読み上げてくれた。


「ダンジョンの属性は特にはありませんねぇ。ダンジョンには様々なスライムが棲息していて天井や壁の隙間からにじみ出て来るそうですぅ。赤、紫、青スライムですね。それぞれ火、呪、水属性を持ってますぅ。地下2階以降はスケルトン、魔道人形、植物系魔獣、ゴースト、魔ネズミ、巨大魔トカゲなどですかねぇ。今回は行きませんから遭遇しないかもですぅ」


「スライムか。そういえば戦ったことないなあ」


「このダンジョンの特徴としては天井が高く部屋がたくさんあることですねぇ。まだ見つかってない隠し部屋や隠し通路があると言われていますぅ。隠し部屋に魔獣部屋もあるそうでそこから魔獣がダンジョンにあふれ出てくるみたいですぅ。トラップもあるそうですがそんなに凶悪ではないようですぅ。何といっても魔道具が豊富だそうですぅ」


「おお。いいね。でも地下一階じゃあんまり期待できないか」


「ダンジョンには大きな吹き抜けの空間があるそうですぅ。下のいくつかの階層を貫いているそうですぅ」


「セイジさんなら一気に下にいけるっすね」


「そうだね。でも普通に下に行けるんでしょ?」


「はいですぅ。浮遊魔法を使える人にとっては近道ですねぇ」



僕が先頭を歩いていると天井の隙間から、青スライムがにゅるりと落ちてきた。


もちろん結界で防ぐ。


すると後方からウェンディーの魔法の詠唱が聞こえた。


あかねさす、狐火っ」


ウェンディーの杖から火の玉が連射され、結界表面が炎で包まれた。


(あつい、熱いよウェンディー)


僕はテレポートで移動した。


結界がなくなり地面に落ちた青スライムがみるみる小さくなっていく。


「おお。新魔法かっこいいっす」「・・・っす・・・」


イレーナとヒナの眼がキラキラしている。


「買ったばかりの火属性魔法を試してみましたぁ」


ウェンディーは楽しそうである。


「いいね。かなり威力ありそうだ。でも出来るだけ人に魔法を向けちゃいけないよ。僕じゃなかったら死んじゃうかもしれないからね」


「はいぃ。すいませんですぅ。気を付けますぅ」




しばらく狭い通路を歩いていくと石の円柱が複数立つ広い空間に出た。


そこには壁で区切られたいくつもの小部屋があったが特に何もなかった。


「なんにもないっすね」


「そうだねえ。探索され尽くしてるんだろうね」



ダンジョンでは複数の冒険者たちと出会った。


地下一階層ということもあって、それほどピリピリはしていない。


ホーステイルのみんなが、すれ違ったり少し離れた場所にいた冒険者たちに挨拶あいさつをしていた。


「みんなえらいね。挨拶出来て」


「基本っす。それにブルーローズの人たちにダンジョンでの心得を教えてもらったっす」


「ああ。パトリシアさんたちか」


「冒険者に襲われることもあるんで、勘違いされないようにこちらから声をかけるんす」


「いらぬ誤解や争いを避けるためですぅ」


「なるほどねえ。それにしても冒険者が襲って来るのか」


「盗賊みたいなもんっすね」


「冒険者を襲うとすぐ冒険者ギルドにばれますんで盗賊も同然ですぅ」


「冒険者ギルド会員から除名されちゃうのか」



僕とホーステイルが適当にダンジョンを探索していると、突然後ろから声をかけられた。


「よろしいか?」


振り返ると『侍』がいた。


いや、ここは異世界だ。侍っぽい恰好をした人だろう。


生地も着物っぽい服も僕が知っている物と微妙に違う。


そもそも僕は本物の侍を見たことがないけど。


そのおじさんは赤髪でポニーテイルだった。


それがしは侍なのだが」


侍だった。いや、自動翻訳が僕に合わせてくれただけだろう。


「はい」


「実はかたなを探していてな」


刀。・・・この世界にも刀と呼ばれる剣を作る鍛冶職人がいたのか。


「妖刀なんだが噂でもいい。何か知らないか?」


「妖刀ですか。いえ、全く知らないです。刀という物も見たことありません」


「そうであるか。ここでもなかったか」


僕の言葉を聞いたお侍さんはあごに手を当て考え始めた。


お侍さんを改めて見てみるとダンジョンに居るにも関わらず何も持っていない。


防具も装備してないし。


この人も女神のルナさんと一緒で無手なのだろうか。


するとお侍さんが「某の昔話を聞いてはくれぬか」と言い出し、突然一人芝居を始めた。


「くっ。油断したぜ。最初から本気を出していれば俺がお前を倒していたのに」

「何を言っている。本気を出さずに負けた時点でおぬしの実力が知れる」

「何だと!今から本気を出してやる。覚悟しろ」

「その必要はない。おぬしが狙う我が主はすでに安全な場所に移動しているころだ。もはや某がおぬしの相手をする必要はない」

「ふざけるな!」

するとその男は、先ほどとは打って変わってすさまじい速さと威力で襲い掛かってきた。

「どうだ!手も足も出まい。これが本気を出した俺の実力だ!」

「なるほど。防御で手一杯だ。本気を出してなかったというのは嘘じゃないようだな」

「わかったら死ね!」

「それはできぬ。某はすでに勝っている」

「なんだと。今にも死にそうではないか。見苦しいぞ」

「能力解放」

「ぐはっ。なん・・だと」

男の全身から血があふれ出した。

「最初に手を合わせた時点ですでに決着は着いていたのだ。おぬしが最初から本気を出していれば、どうなったかわからんがな」

バタッ。男が地面に倒れた。

「・・・くそっ・・いつのまに・・・」

「来世があるか知らぬが、次の人生では最初から本気を出すことをお勧めする」


ナレーションを含め一人三役を演じきったお侍さんが満足げに言った。


「と、言うことなんだ」


(どういうことですか)


「それで妖刀の話はどこでつながっているんですか」


「ああ。それがしがその男と戦ったときに持っていたのがその妖刀なのだが、主君から借り受けていたものでな。その後主君に返却したのだが、ある時盗賊に盗まれてしまってな。某が盗賊どものアジトを壊滅させたのだが、妖刀が行方知れずなのでござる」


(ござる!突然ござるって言い出した)


「なるほど。それで妖刀を探して旅をしていると」


「そのとおり。妖刀の香りに引き付けられてここに来たのでござるが・・・」


お侍さんは僕の腰に吊るされている魔剣を見た。


「そんな趣味の悪い鞘ではないのでござる」


「・・・でしょうね」


「邪魔したでござるな。それらしい妖刀を見つけたら冒険者ギルドに届けてほしいでござる。もちろん情報だけでもいいでござるよ。報酬は弾むでござるゆえ」


「はい」


「ではさらばでござる」


侍っぽい人は颯爽さっそうとダンジョンの奥に消えて行った。


一人でダンジョンを探索するのだろうか。


無手で。


なんだか気をがれた僕とホーステイルは、探索をやめ領都に帰ることにした。

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