第7話 異物

僕が目を覚ますと、天井付近に浮いている光の玉が見えた。


ここは異世界転移用の部屋か。


いつの間にか寝ていたようだ。


まだ異世界にいる。夢じゃなかったのか。


「目が覚めたかの」


小さな椅子に座っている少女から声を掛けられた。


「はい」


あれ?なんだか体がだるい。


寝すぎたのかな。一体どれくらい寝ていたのだろうか。


たしか獣人のメイドさん達を見たような気がしたけど・・・。


僕はとりあえず立ち上がる。


「おぬしが寝ている間に服を着替えさせてもらったぞ。

前の服装では目立つからのう」


「はあ」


自分の服装を見ると何かの皮で出来た服を着ていた。


「皮の服?ですか?」


新品なのか皮の匂いがすごい。


「そうじゃ。皮の鎧じゃ。一般的な冒険者の格好じゃの」


「冒険者!?」


「うむ。おぬしが想像する通りの冒険者がこの世界には存在しておる。

しかし、おぬしがこの世界で何をするかは自分で探すがよい」


「はい」


冒険者か。なんだかワクワクする響きだな。


「じゃが。何の身分もないのは不安じゃろう」


「そうですね」


「そこでじゃ。とりあえず冒険者の身分を作っておいた」


「そうなんですか。ありがとうございます」


「おぬしの足元にリュックがあろう」


見渡すと僕の後ろにおしゃれな皮のリュックがあった。


「これですか」


僕はリュックを手に取った。


「うむ。その中に冒険者ギルドカードや超能力の入門書などが入っておる。それと旅に必要なものも見繕っておいた。わしからの餞別じゃ」


「旅に必要な物ですか。ありがとうございます」


「うむ。超能力とそれを使ってこの世界を生き抜いてみよ」


「はい。え!?」


あれ?もしかして、すぐに追い出されるの?

ひとりで異世界を生き抜くの?無理じゃないですかね。

この家にしばらく居候させてもらえないんですか?


混乱している僕をまったく気にすることなく、彼女は話を続ける。


「そうじゃった。おぬしの名前を考えておいたぞい」


異世界に一人放り出されてしまうのか。ん?今なんて言いました?


「はい?え?名前ですか?」


「うむ。おぬしの名前はこの世界では馴染みがない上に、

この世界の者にとっては発音が難しい。互いに苦労すると思うてのう」


「はあ。そうなんですか。それで名前というのは?」


「セイジ。じゃ」


「せいじ・・・」


「その名で冒険者ギルドカードに登録されておる。どうじゃ。恰好よかろう。わしが考えたのじゃ」


「はあ。そうですね・・・」


全然異世界っぽくないけど・・・まあいいか。


「何か質問はあるかの」


「えっと。それでは、いわゆる剣と魔法の世界みたいですが、レベルとかステータスとかあるんでしょうか」


「そういう仕組みはないのう」


「そうですか。では空間収納の魔法とか収納アイテムはありますか?」


「うむ。そういった魔法や魔道具は存在するぞ」


「おお。もしかしてこのリュックは・・・」


「ただのリュックじゃ」


・・・。


気を取り直していこう。


ここは異世界の剣と魔法の世界。


ならば聞いておかないといけないことがある。


「そうですか。話は変わるんですが魔王とかいるのでしょうか」


「ぬ?魔王か。おるといえばおるがの。おぬしが考えているような邪悪の権化という存在ではないのう。魔族という種の王というだけじゃ。人間の国の王と同じじゃ。野望は誰でも持っておる」


「そうなんですね」


よかった。魔王に世界が脅かされているとかじゃなかった。


「なんじゃ。おぬし勇者にでも憧れておるのか?」


「いえ。そういうことじゃないです」


「そうかの」


彼女が微笑ましく僕を見ている。


違うんです。


「では最後に。この世界に神様的な存在はいますか?」


「・・・さての。いまのところそういった存在は、見たことも聞いたこともないのう」


「そうですか」


人知を超えた超常的存在はいないのか。


「ただ、今現在の世界を創造したものは実在しておる」


「え!?」


「この世界の成り立ちについては この世界に生きるものから聞くがよい」


「はい」


世界を創造したものって神様的な存在じゃないのかな?


でも彼女は神様的な存在はいないって言ってたしなあ。


どういうことだろう?


「さて質問は以上かの。この屋敷を出たらおぬしは自由じゃ。

わしがおぬしに与えた力を使えば早々死ぬことはなかろう。

街を見つけたらそこで生きる方法を見つけるのじゃ」


「はい。いろいろありがとうございました」


「うむ。達者での。メイドが部屋の外におるから玄関まで案内してもらうがよかろう」


「メイド!?」


なぜか体が震える。


「別のメイドじゃ安心せい」


僕が緑の扉を開け部屋の外に出ると、薄暗い広い廊下があった。


「セイジ様。玄関までご案内いたします」


ケモミミ獣人の美人メイドさんがそこにいた。


「あ。はい。お願いします」


僕はメイドさんに先導されて玄関に向かう。


自然とメイドさんの頭部に目が行く。


あの耳、何の動物の獣人さんなのだろうか。猫っぽいけど。


次に僕は動くものに目を奪われる。


メイドさんの腰のあたりから尻尾が出ていた。


尻尾が長くて美しいな。


それにしても、姿勢が良くて歩く姿が格好いいメイドさんだな。


僕たちは長い廊下を歩き、ようやく玄関にたどり着いた。


その間、僕たちは誰にも出会うことはなかった。


会話をすることもなかった・・・。


屋敷の中が、ものすごく静かなせいだな。


メイドさんが扉を開けてくれた。


「ありがとうございました」


「いえ。ご武運をお祈り申し上げます」


メイドさんに見送られ、僕は屋敷を出た。








異世界転移部屋で一人になった姫は、カップに入ったあたたかい飲み物を優雅に飲んでいた。


「ふむ。思わぬ拾い物をしたのう。この世界の異物か。ただ世界に飲み込まれるのか、それとも、あらがって見せるのか」


姫は椅子から立ち上がり出口に向かう。


「さて。余興はこれくらいにして、わしも成すべきことを成さんとな。他の者に先を越されるわけにはいかぬ」


誰もいなくなった部屋は、再び暗闇に包まれた。


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