辺境王の苦難
新藤広釈
第1話 異世界人
王!
王よ!
ヨーゼフは小さく唸りながら目を覚ました。
どうやら玉座で眠っていたらしく、首が痛む。
「王よ! これを!」
部下が膝をつき掲げてきた。
どうやら剣のようだ。
「銀の剣?」
それを受け取り、剣とは呼べぬ軽さに驚いた。
「離せ! 離せよ! チクショウ!」
扉から兵士に捕まれた少年が入ってきた。
ずいぶん小奇麗な恰好で、肌の色から同じ種ではないようだ。
「なんだ?」
「はっ! この者がアイドリルに剣を手にして侵入しておりましたので!」
「それは俺の剣だ! 返せ!」
「王の御前であるぞ!」
少年は地面に頭を押し付けられ、動きを止められる。
「ふむ・・・」
精霊の綿毛に黒狼の皮で包んだクッションで尻は柔らかいが、威厳を示すために真っ直ぐに伸びた背もたれが非常に座り心地が悪い。
「アーボネを呼べ。それまで少年、少し話をしようではないか」
「こんなことをしてただじゃすまないからな!」
部下は顔を青くし、次に顔を赤くしながら少年に暴力を振るい始めた。ヨーゼフはそれを止めもせず眺めていた。
油断はしていない。
痩せ細っていようとも魔術で国を亡ぼすほどの力を有する場合もある。神の祝福により、不老不死となっている者もいる。何か、隠された力があるかもしれない。
「手を止めろ。少年よ、口の利き方は気を付けろ」
「わ、わかった」
腕に蛇神ベニスの入れ墨をした兵士は不満げに手を離すと、少年はいきなり駆けだした。
そして銀の剣に向かい、手を伸ばした。
ヨーゼフは少年の顔を殴りつけた。
「ほう」
頭が潰れるほどの拳であったつもりであったが、少年は地面に倒れ込み大量の鼻血を流しながら地面に転がり込む。
「ひぃ・・・なんで、なんでこんなことするんだよぉ・・・」
いきなり泣き始めた。
貴族か豪商の子で、大事に育てられ殴られたこともないほど大切に育てられた、そのような我儘さに打たれ弱さだ。よほどいい生活をしてきたのだろう。
年齢は10代の後半のように見えるが、戦争に出た事もないようだ。
「綺麗な服だ、どこで購入した」
「ゆ、ユニクロだよ! どこだっていいだろ!」
「ユニクロ? 聞いたことのない国だな」
見たこともない、美しい繊維で作られた服だ。上着は見たこともない光沢で輝き、雪の日でも暖かそうだ。その見事さ、王族ですら身にまとえない緻密さだ。
だからと言って、どこぞの王族が身に着けるような服ではない。
これは、市民が着る服だ。族や王族ならば派手に着飾るものだ。
「貴様、未来から来たのだろう」
「はっ!?」
「小奇麗な姿、未来では自由に湯が使えるのだろう。肌からして栄養が不足しているようには見えぬ。だからと言って、貴族と違い礼儀作法がなっていない。この剣も未来の剣か?」
鼻血を拭いながら、少年は動揺が隠せないようだ。
「な、なんだよ、モブのくせに、なんでわかるんだよ・・・」
と呟いている。
「名を何と申す? 我が名はヨーゼフ。ベネト、この国の王である」
「嘉田正樹、です」
知性ある対応に、先ほどの無礼な態度が収まった。
ヨーゼフは鼻で笑う。どうやらこの少年は、王であるこの俺が野蛮人と同等と思っていたようだ。
確かに、そのような国は多い・・・先ほど押さえつけていた兵も、決して文化的とは呼べぬ男ではある。
「カダマサキか。ふむ、姓があるのか?」
「え? あ、その、嘉田が苗字で、正樹が名前です」
血まみれになりながら、ぼそぼそと答えた。
せっかくの美しい服が台無しだ。
「ふむ、姓があるのか。なぜある?」
「何故って・・・その、普通あるし・・・」
「ふむふむ、普通なのか。素晴らしいな」
王族ならまだしも、民に姓名など必要ない。
民に姓名が必要な理由は・・・そうか、税を取り損なわぬためか。
今のこの国では、とても民をすべて管理するなど無理だ。
「マサキよ、それでお前はどこから来た?」
「言ったってわかんねぇよ・・・」
「貴様っ! まだ殴られ足りぬようだな!」
「ひっ!」
「待て、わからんことを前提に言ってみよ」
マサキは震えながら、ボソボソと説明し始めた。
「異世界から、来たんだよ。異世界転生だよ・・・」
ヨーゼフはなるほどと頷いた。
「お前は別の世界から来たということか?」
再びマサキは驚愕する。
「異世界転生、わかるのか?」
「要するに神の世界、魔の世界、精霊世界、ソウル世界など、パラレルワールドと似たような概念なのだろう?」
とうとう彼は絶句した。
ヨーゼフは気分よく笑った。
「そう間違ってはいないようだな。私も国の王をしているのでね、それなりに学んでいるのだよ」
魔術師アーボネがのんびりとやってきた。
「王よ、お呼びでしょうか?」
知性はあるが、なんとも陰鬱な老人だ。
質の悪いローブを身にまとい、首から呪術的な首飾りを無数につけている。伸ばし放題の髭、顔は浅黒く皺だらけだが、髪や髭に白髪は見えず、見た目と違って若いのかもしれない。
アーボネは血まみれの少年に目を向け、興味深げに長い髭を擦る。
「この者が持つ剣だ、どう思う?」
「おお、銀の剣」
人を射抜く目が少年を睨みつける。
「この者に返すがよろしいかと」
「理由を聞こう」
「黄金の剣は力と繁栄の証。まさに王に相応しき剣、奪わねば真なる王に国は滅びましょう」
黄金はあらゆる魔力を無限に吸い込む物質。
剣にすれば最強の剣となるであろう。
「銀の剣は穢れを払い、正義を下す剣。王ヨーゼフ、あなたが正しく国を繁栄させたいと望むのであれば、この剣は彼の元に返すべきかと」
銀は邪神に魅入られ命無き肉体へと変わってしまった者たちに対し、大きな力を発する。
「ふむ・・・マサキよ、この剣の鞘はどこだ?」
「ない、よ」
なるほど、これほど目立つ剣を抜き身で歩いていたのか。
それは捕まるだろう。
「立て、マサキ」
彼は意味も分からず背筋を曲げながら立ち上がった。
「膝を付け」
「え?」
「膝をつくのだ」
不満そうだが、命令に従い膝をついた。
「異世界よりの使者カダマサキよ。これより貴公を名誉騎士、聖騎士と任命する! その曇りなき剣を、思うがままに振るうがいい! ベネトの王、ヨーゼフが祝福する!」
おおっ!
今までマサキを押さえつけていた兵が驚きの声を上げた。有りえぬほどの大出世に彼らは羨望の眼差しでマサキを見た。
まぁ、聖騎士など物語の中にしか出てこない役職だ。貴族になるわけでもなし、物語の勇者が生まれたところで国からすれば痛くもかゆくもない。知性の有るアーボネは下らぬ言葉遊びをと、不快そうだが。
刀身を持ち、握りを差し出すと、マサキは恭しく受け取った。
すると、急に剣が輝き始めた。
少年の服は血の汚れが消え、食べカスで汚れていたヨーゼフのシャツも綺麗な灰色に変わっていく。
「な、なんて言えばいいかわからないけど、頑張ります!」
マサキは感極まったように剣を授かった。
内心、ヨーゼフは肝を冷やしていた。
力のない子供、おもちゃのような剣。癇癪を起して切りかかってきても倒せる自信があったのだが・・・
「う、うむ。励めよ」
まさか剣を握ると力を発揮するとは思いもしなかった。もしかしたら切り殺されていたかもしれない。
民は王を慕う、か。
改め、良い王でなくてはならぬなと冷汗を流した。
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