第42話 『終わり』に近づくはじまり

 呼吸が出来ず、意識が遠のく最中、フレデリカは目を見開く。

 何が起きているのかフレデリカには理解出来なかった。

 そして、何が起こっているのか理解すると同時に、正気を取り戻した。


「んん~!!ぅんッんッ!!」

 自身の唇に、アフロディナの唇が重なっていた。

 それだけではない、ねっとりとフレデリカの舌にアフロディナの舌が絡まっている。

「〜っんん!?っん!!…ぅん!?」

 必死に抗おうと手で突き放そうにも、首を振ろうにも、自身の影に縛られ身動がとれない。

 辛うじて瞳を動かして見えたのは、頬を紅潮させて荒い息を漏らすサロメと頭を押さえるセラフィマ、そして、静かに殺気を放つヒルメの姿。


「んっ…!!」

 長い接吻から解放されたフレデリカは艶めかしい吐息と共に膝から崩れ落ちた。

「契約完了だ。」

 淡々とそう告げ、フレデリカを見下ろすアフロディナに、フレデリカは怒りに震えそれまでの恐怖心も消し飛び、

「なにが契約完了よっ!!この変態っ!!」

 顔を真っ赤にし、涙目で怒鳴る。

「は、初めてだったのに…何にてくれてんのよっ!!」

 そう怒り心頭に泣きじゃくるフレデリカにアフロディナは彼女の胸を見、大きく溜息を吐いて言った。

「私だってお前の様な貧相な小娘に興味は無い。」

 

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 フレデリカはアフロディナの視線に気付き、恐る恐る自身の胸に手を当てた。

「…っ!?無い!!私の胸が無い!?」

 ヒルメより伝授されたサロメ制作の豊胸魔法によって創られた胸が無くなり、フレデリカ本来の姿に戻っていた。

「元から無いですよね~。」

 おっとりと笑いながら言うヒルメに、フレデリカとサロメが殺気を向けた。


「私の前で偽ることは許さん。」

 そう呟きながらモゾモゾとハンモックに戻るアフロディナ。

「「返せっ!!私の胸を返せっ!!」」

 フレデリカとサロメが泣きながら叫ぶ。

「無いものは返せないわよ。そもそも偽りなんだし。」

 冷淡に告げるセラフィマ。


 たゆんと揺れる三人と持たざる二人。

「刈り取ってやるっ!!」

「許さないんだからっ!!」

 サロメとフレデリカ、犬猿の仲の姉妹弟子が初めて共闘した瞬間だった。



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「どうすりゃいいんですかねぇ…」

 フレデリカの暴走(未遂)と突如現れた始祖を名乗る女により、状況が理解の及ぶところではないと悟った試験官アダンは、頭を抱える。

「どうもこうもあるまい。魔法協会の会長…いや、魔法の始祖アフロディナ様のお達しなのだからな…」

 そう答えるジェルマンも頭を抱えている。

「始祖様ですか…御伽噺か神話でしか聞いたことの無い御方にランフの将来を任せていいもんですかねぇ…」

 睨む様に溜息混じりに言うアダン。そんなアダンにジェルマンは自虐的な笑みを浮かべて答える。


 嘗て弟子として指導したアダン。

 故に、田舎からパンパールにやって来て、酒と女遊び、ギャンブルに溺れ、それが生き甲斐などうしようもない不良魔法使いだった彼が、誰よりも祖国ランフを思い、愛して行動していることをジェルマンは知っている。

「儂は所詮大魔導士止まりのクソジジイ…力も時間も足りん。じゃが、あの方ならフレデリカを導いて下さる。」

「つまり、あの姉さんが本物で本当の始祖様だと?」

 だが、そう返すアダンは疑念を払えない。

 

「なら、私の決定を覆し、あの小娘…メヌエール・ド・サン・フレデリカを不合格にするか?」

 そんな声にアダンとジェルマンが振り向く。

「私は別に構わん。お前たちが私よりも強く、『最果て』の先を知るというのであればな。」

 フレデリカを連れ去った銀髪の女がそう言うと同時に、アダンの脳内に無数のイメージが駆け巡る。

 どのイメージも、全て自分が想像出来る範疇を超えた力とその行使。

 仮に自分がその場に存在していたなら、跡形もなく消失していると分かる。そんな状態で女の言葉を思い返すと、恐怖を通り越し、発狂した様な笑いが不思議と起こる。

 この存在よりも強い?そんなものは存在しない。国一つとか、大陸一つとか、そういう次元じゃない。

 世界…全てを滅ぼす…いや違う…全てを『終わらせる』。


 そんな全ての『終わり』を司る『始まり』。

 勝つとか負けるという次元ではない、そもそも存在する場所が違う。

 死からも、老いからも解き放たれ、全盛期のまま成長し続け頂きを超え、その遥か先の先に辿り着き、更に進化を続ける『終わり』の無い『始まり』。

 その自由さと不自由さをアダンには理解出来ない。

 しかし、分かることは一つある。

 自分なら耐えられない。耐えられなくとも生き続けなければならない。

 そんな世界に生きるその人に、アダンは自然と膝を付き、頭を地面に擦り付けた。


「異論がなければ、数日、小娘を私が預かる。一級魔導士となる日に返してやる。そこから一年は小娘の好きにさせろ。一年後、再び私が預かる。」

 淡々という女に、アダンとジェルマンは深々と頭を下げる。

 それを見て女は瞼を閉じ、木の葉を一つ落として姿を消す。


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「アダンよ…一年だ…フレデリカを頼む。」

 そう悲しみと喜びを混じえた声でジェルマンは木の葉を手に取る。

「実在しているとは驚きですよ…何万年…いや、いつから生きてるんですかねぇ?あの姉さんは。歳が近けりゃ、命懸けで口説いてますよ。」

 青い顔で笑うアダン。

 もはや疑うことが出来なくなっていた。

 いや、疑うことを彼の脳が拒絶していた。

 

 あれが始祖でなく偽物であるなら、何が本物か分からない。

 全ての根幹を消失させる力を前に、アダンは震え恐怖した。



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「黙れ、そして動くな。」

 血気盛んに襲いかかるフレデリカとサロメの動きが止まる。

 いや、止められた。

 サロメは全身を自身の影に縛られて。 フレデリカは金縛りにあったように全身が突如動かなくなって。


「小娘、一級魔導士は合格だ。安心して弟子候補として過ごせ。」

 ハンモックに揺られながら頭をトントンと叩いて言うアフロディナ。

 ギチギチと影に縛られ、苦悶の声を漏らしながら恍惚の表情を浮かべるサロメを無視し、フレデリカは怒鳴る。

「一級魔導士合格?そんな当たり前のことはどうでもいいのよ!!アンタ、私になにしたのよ!!」

 魔法も魔力も感じられないのに動きを封じられた。

 その不可解な現象にフレデリカは納得がいかなかった。

「セラフィマ…ヒルメでもいい。小娘の舌を見せてやれ。」

 ハンモックの上から鏡を放り投げるアフロディナ。

「お師匠様の御命令ですので、私が行いますね~。」

 光の速さで鏡を掴み取り、そう宣言するヒルメに、セラフィマは小さく舌打ちしヒルメの手の氷を溶した。


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「フレデリカちゃん〜、あ~んして下さい〜。」

 そう言って口を開く様に促すヒルメ。

「死ね!!クソババアッ!!」

 そんなヒルメの先、アフロディナに向け唾を吐くフレデリカ。

「お師匠様に何してんだクソガキ?…殺すぞ。」

 一瞬で喉元に突き付けられた刃と耳元で囁かれるヒルメの殺気の籠もった言葉。

 サロメの暴行よりも強い恐怖がフレデリカを襲った。


「舌を出せ、我が犬。」

 そんなヒルメの殺気を掻き消す様に、ハンモックの上から気怠そうに命令が下る。

 その言葉と同時に、自身の意思など関係なく、反抗しようと強制に犬の様に舌が出る。

「ヒルメ、見せてやれ。」

 そんなフレデリカの顔をヒルメの持つ鏡が映す。


ひゃにひょ!?なによ!?ひょれっ!!これっ!!

 鏡に映った自分の舌にフレデリカは口を開けたまま絶叫する。

 

 フレデリカは、舌に刻まれた見たこともない刻印を刻んだアフロディナを睨んだ。




 


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