第31話 銃を撃つ




 眩しいくらいの照明がついたその部屋は射撃練習場だった。


 射撃ブースというのか、5か所透明な板で囲われたスペースがあって、その10m程先に黒い人型をした的がある。


「翔太も、撃ち方は知っといた方がいい。簡単だから」


 そう言ってタダシくんは真ん中のブースに入って、備え付けの耳当てを付けると、右手で構えた拳銃に左手を添え、両手でしっかりと握り、撃鉄を起こす。


「日本の警察の拳銃って、リボルバータイプだから誰でも撃てるんだ。翔太、耳を塞いだ方がいいぞ」とタダシくんがかなり大声で言った。


 僕が両手で耳を塞ぐと同時に


 バアァンッッッ


 タダシくんが引き金を引いたらしく物凄い轟音が射撃練習場に響き、その音は手で耳を塞いでいても僕の鼓膜を激しく揺らした。

 急いで両手で両耳を覆ったから、手に持っていたペンライトと拳銃を落としたが、その落ちた音もかき消されるくらいの轟音だった。


「もう少し耳を塞いでてくれ」


 タダシくんがまた大声で叫んだのでまた急いで耳を塞ぐ。


 バアァンッッッ


 バアァンッッッ


 バアァンッッッ


 と2秒間隔くらいで3回轟音が響いた。


 さすがに2回目だとそこまで驚かなかったけれど、少し耳がジンジンする。


 タダシくんが耳当てを取ったので、僕も手を耳から離した。

 タダシくんは、弾倉を開けて、空になった薬莢を取り出そうとして「熱っ」と言って左手を離した。


「タダシくん、心臓に良くないよ……本当にびっくりした。耳がジンジンするよ」


 僕がそう言うと、タダシくんは「ごめん。でも実際見てみないとわからないだろ」と平気な顔で言う。


「やっぱり僕を通用口まで迎えに来る前に試し撃ちしてたの」


「そうだよ。この銃は弾丸が5発入るけど、1発は翔太を迎えに行く前に、ここで撃って確かめてみたんだ」


 タダシくんの好奇心というか探求心というか、行動力が凄すぎる。

 怖いくらいだ。


「翔太も撃ってみて」


「いや、僕はいいよ、撃ちたくない」


 僕も好奇心はある。けど、何だか怖気づいてしまった。

 さっきタダシくんが拳銃を撃った轟音が、僕の心を挫いてしまったのだ。


「翔太、いいから撃ってみてくれ」


 タダシくんが、ひどく真面目な顔で僕の側まで来て、僕が落とした拳銃を拾って僕に差し出して言う。


「翔太、これは決して翔太を共犯者にしようと僕が思っているからとか、そんな理由じゃないんだ。

 拳銃ってどんなものか、撃って体験してみないと、誰かに撃たれた時の対処法とかもわからないからなんだ。頼む」


 タダシくんが僕の目を真っ直ぐ見る真剣な表情。

 タダシくんは本気でそう思っている。


「……わかった。体験してみるよ」


 僕はタダシくんから拳銃を受け取ると、タダシくんが撃っていた隣のブースに入った。

 耳当てを付ける。外の音は遮断されて殆ど聞こえなくなる。

 僕はタダシくんと同じように右手でグリップを持って左手で撃鉄を起こして、左手を右手の上から被せて両手で拳銃を握った。

 だけど、拳銃って、こんな掌にすっぽりと収まりそうな小ささなのに、ずっしりと重く感じる。気のせいなのかな。

 銃口の上部に付いている照星を、人型の的の真ん中に合わせる。

 これで引き金を引けば……


 引き金を引いた瞬間、耳当て越しのダーンという鈍い音と共に、僕の手の中の拳銃が凄い勢いで僕の顔に向かって跳ね上がろうとした。

 添えていた左手で、どうにかそれを抑えた感じだった。


 弾丸の行方なんか、確認している余裕はなかった。

 間違いなく言えるのは、的には当たらなかったってことだけ。


 僕は一瞬驚きで放心状態になったけど、はっと気づいて耳当てを外した。

 僕を見てタダシくんが大声で言う。


「どうだ翔太、初めて撃ったって当たらないだろ」


「……こんなに反動があるなんて、思わなかったよ」


 僕の率直な感想はそれだった。

 もしカッコつけて片手撃ちなんてしていたら、握っていた手ごと拳銃が顔面に当たって怪我していたかも知れない。


「だろう。つまり、初めて拳銃握った奴が目標を正確に射撃するなんてことは無理なんだ。僕たち中学生くらいの筋力だったら、よほど上半身を鍛えてる奴とかでも絶対に狙いどおりなんて撃てない」


 タダシくんは真剣な顔を崩さずに言う。


「それを体験して知っているのと、全く知らないのとじゃ、拳銃を持った奴と向き合った時に気の持ちようが違うと思うんだ。

 拳銃なんて危ないものを向けられたら終わりだ、って思うのと、運が悪くない限りほとんど当たらないと思うのとじゃ、咄嗟の時に対処する選択肢が浮かぶか浮かばないかの違いになって出ると思う」


「うん、確かに狙ったところに当たる気がしないよ。凄いんだねお巡りさんって。タダシくんはどうなの、的に弾当たった?」


「いや、5発撃って1発だけ的の端っこに当たっただけだ。難しい。

 翔太、残り4発、撃って練習していいぞ。もう後は、三郷町に戻ったら拳銃撃つ練習なんてできないからな」


「確かにね。こんなに音がうるさいんじゃ、山で撃ったってきっと響くもんね」


「まあ、ここは密閉された空間だし、射撃ブースでも音が反射するしでかなり音が大きいのは確かだな。外なら多分、運動会の空砲くらいの音だと思う」


「それでも大きいよ」


「でも、逆に、三郷交番から拳銃を持って行った誰かが発砲してもわかりやすいってことでもある。悪いことだけじゃない」


 確かに、と思った。

 拳銃を持ち去った誰か。

 誰かはわからないけど、発砲したらよほどみんなが深く眠っている時間とかじゃないと聞こえるだろう。


 僕は、どうせなら残り4発、撃って練習してみようかと思い、再度ブースに入る。

 耳当てを付けようとする直前に「その銃、後ろの撃鉄を引かないで、ただ引き金を引くだけでも撃鉄が上って撃てるらしい。一度それも試してみてくれ」とタダシくんが教えてくれた。


 耳当てを付けて、タダシくんが教えてくれた撃ち方を試してみることにする。

 さっきと同じように右手でグリップを握り人差し指を引き金にかけ、左手を右手の上から握る。

 照準を的に合わせ引き金を……さっきより全然重い。

 思い切り人差し指を拳を作るようにギュッと力を入れて握るとようやく引き金が引けて耳当て越しにダーンという発射音と同時に両手に反動がズシッと来るが、今度は右手に思い切り力が入っていたので拳銃が跳ね上がるようなことは無かった。

 そして今度は右手に力が入り過ぎて銃口が下を向きすぎたのか、的の手前の床に弾が当たったのが見えた。


 こっちの方が、全然狙うどころじゃない。


 僕はまた撃鉄を起こして撃ってみた。

 今度は最初に撃ったみたいに拳銃が跳ね上がろうとするのを左手で抑える感じだった。

 狙いよりも全然左上の方に弾は飛んで行ったみたいだったけど、反動の感じは何となくわかってきた。


 4発目、撃鉄を起こして照星を見て、的をよく狙う。

 引き金を軽く絞ると、的の左横へ飛んだみたいだった。


 5発目、最後だ。

 撃鉄を起こして、落ち着いて、跳ね上がる反動も少し計算に入れて、照星で人型の的のやや下側、腰の辺りを狙って……引き金を……


 ダーン                 ピッ


 何とか当たった。


 人だったら胴体じゃなく肩の辺りだけど。

 ちょっとだけ達成感がある。でももう拳銃なんて撃つことは無いだろうと思う。


 僕が耳当てを外すと、タダシくんが誉める。


「すごいじゃないか、翔太。初めて撃って的に当たるなんて大したもんだ」


「タダシくんだって、当ててるじゃない。あ、あと引き金だけ引く撃ち方って、撃鉄起こして撃つのより全然狙いが外れるもんなんだね」


「撃鉄起こすより引き金を引く力が要るから、仕方ない。警官でも命中精度が下がるらしいからな。

 さて、そろそろ行こう。3時を回ってけっこう経つ。あと1時間ちょっとでうっすら日が昇り出すからな。誰かに見られると面倒だ」


 タダシくんはそういうと、射撃練習場の照明のスイッチのところに行った。


「翔太、先に出てくれ」


 僕は先に射撃練習場を出た。






 僕らは地下1階のでっかい布袋2つに入った拳銃や無線機を1階の通用口まで運んだ。2m弱の大きさの袋は、とても一人では担げないのでタダシくんと僕とで前後を持って運び、二往復した。

 それから、五竜警察署の中をもう一度手分けして、砂になった警官がいたらその砂の中から拳銃を持ち出すために各部屋をペンライトを手に探し回った。


 通信室で2人、警官だった砂山を見つけた他は僕の回った所では見つからなかった。

 タダシくんの方も見つからなかったらしい。

 タダシくんは結局、僕を通用口に呼びに来る前に、殆ど目星を付けたものを見つけてでっかい布袋に入れていたらしかった。

 猟友会名簿というか狩猟免許と銃所持許可者のファイルも、生活安全課の書棚にあったらしい。


「だったら別に僕を呼ばなくてよかったじゃない」


 何か殆ど一人で片付けてしまったタダシくんに、僕は少し呆れてそう言ったら「いや、こんな重たい袋を一人で運ぶのはさすがに大変だからな。翔太が来てくれて助かったよ」とタダシくんは言う。


「こんなでっかい袋、よくあったね」


「……納体袋だよ」とタダシくんは答えた。


 納体袋。体を納める袋。

 意味するところが解かった僕はその後無言で、無線機を入れた納体袋をタダシくんと一緒にプリウスの後部座席に入れた。

 拳銃と銃弾を入れた納体袋も、無線機を入れた納体袋の上に積んだ。


 作業が終わった後、僕は先にプリウスの助手席に乗って、通用口に鍵をかけるタダシくんを待った。


 鍵を掛け終わったタダシくんはそっとプリウスのドアを閉めると「これで三郷町に戻るけど、翔太、翔太の家に拳銃は隠して置かせといて欲しい」と言ってプリウスを発進させた。


 時刻は、3時52分だった。






※無粋なことを書くようですが、現実では所轄の警察署内に射撃練習場はありません。

フィクションとしてお楽しみ下さい。








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中学生惑星 桁くとん @ketakutonn

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