第27話 買い出し




 僕は亜美さんやオグちゃんタダシくんたちが三郷みさと中学に行った後、残された荷物を塩川医院の中に運び入れ、T・Tことタカちゃんこと高橋隆行くんが来るのを外の駐車場で待っていた。

 夕方6時を回っても、まだ外は日が残って明るい。でも段々と夕闇ゆうやみが迫って来ていた。


 「お兄ちゃん」


 不意にめぐがそう呼びかけたので振り向くと、めぐはラップで包んだ大き目のおにぎりを二つと、お椀に入ったみそ汁をトレーに乗せて僕に差し出した。


 「何か食べとかないと、倒れて他の人に迷惑かけちゃうよ」


 普段ほとんど僕としゃべらなかっためぐからすると、優しい言葉のつもりなんだろうな、と思う。

 

 「ありがとう、めぐ」


 僕はそう言ってトレーからおにぎりを一つ取り、ラップをがしておにぎりにかじりついた。

 中の具は、みそとかつおぶしを混ぜただ。

 おばあちゃんがよく握ってくれていた懐かしい味。


 「このおにぎり、めぐが握ったの?」


 僕はおにぎりを頬張りながらそうめぐにたずねた。


 「そうだよ。……おばあちゃんがよく握ってくれてたからね」


 「懐かしいなあ。か、あとは手にみそ付けて握ったみそおにぎりとかね」


 「おなか減ったって言うと、だいたいそれだったね」


 「あとはきゅうりにみそ塗って食べろとかね」


 「うん……おばあちゃん、みそ好きだったよね」


 僕は、無意識に左手で胸のシャツの下に下げた小物入れをギュッと握った。

 僕のその仕草を見ためぐが僕に聞く。


 「お兄ちゃん、おばあちゃんが作ってくれた小物入れ、引っ張り出してきたの?」

 

 「うん……おばあちゃん、父さん、母さんの残した砂を入れてあるんだ」


 僕の言葉を聞いためぐは少しの間黙っていたが、意を決したようにまた口を開いた。


 「……本当に、お父さんもお母さんも、おばあちゃんも砂になっちゃった……ってことなんだね……」


 「……そうみたいだよ……16歳以上の人はみんな……世界中で……砂になったらしいよ」


 「……プリちゃん家行った時さ、プリちゃんもすごく動揺してたんだ……弟や妹たちとアパートの部屋に鍵かけて閉じこもっててね……プリちゃん、お母さんの兄妹がタイにいるみたいでさ、タイの伯父おじさん叔母おばさんところにSNS通じて連絡したみたいなんだけど、伯父さん叔母さんの子供、従弟いとこの子たちが出て半狂乱はんきょうらんだったんだって……人間を砂にする悪霊ピーが出た、って言ってたってね……」


 「タイの人たちだと悪霊あくりょうの仕業になるんだね……」


 「……プリちゃんにはそんなことないって言ったけど……何でこんなことになっちゃったのかな」

 

 めぐらしくもなく、弱気な言葉を口にする。

 もっとも、大人が皆砂になって消えるなんてことになってしまったんだから、不安やおそれをいだかない子なんて誰一人いないだろう。

 だからめぐをからかったりするなんてことは出来る訳がない。


 「これさ、めぐに貸しとくよ」


 僕は胸にかけた小物入れを首から外し、めぐに差し出した。


 「気休めかもだけど、父さん母さんたちが一緒にいてくれるような気になって、ちょっと安心できるよ」


 めぐは、おにぎりの乗ったトレーを下に置き、僕の差し出した小物入れを受け取る。

 そして、小物入れの中から素早くジップロックに入った砂を抜き取りポケットに入れると、小物入れをつまんで僕に返した。


 「中の砂だけ受け取っとく。小物入れ、お兄ちゃんの汗でベタベタ!」


 そう言うとめぐは中に戻ってしまった。

 ……確かに一日中動き回ったから汗かいたけども。

 ひどい。

 鼻をつまみながらじゃなかっただけ、まだいいのかな……

 

 僕は、わびしく小物入れをポケットにしまい、おにぎりを何度もみしめて味わいながら食べた。

 




 僕がおにぎり2個とみそ汁を平らげて人心地ひとごこち着いた頃、タカちゃんが軽トラでやってきた。

 もう薄暮はくぼだからヘッドライトをつけている。


 「翔太、もうこのまま出発でいいかあ?」


 タカちゃんは軽トラから降りずにそう僕に声をかける。


 「いいけど、タカちゃんはもう夕飯は食べたの?」


 「ああ、食べたぜ! 昼のカレーの残りをな! 二日目カレーが最高だけど、半日カレーもいい味だったぜ」


 「隣に乗ればいい?」


 「いや、翔太も軽トラ運転できるんだろ? そこの軽トラで俺に着いてきてくれよ!」


 僕はオグちゃんの軽トラに乗って、タカちゃんの運転する軽トラについていくことになった。

 人によって車の運転って違う。

 タカちゃんは、直線はドラッグレースみたいにブッ飛ばす。カーブは思い切りブレーキを踏んで減速しゆっくり曲がる。

 タカちゃんの運転を見ていると、オグちゃんは丁寧に運転してたんだって改めて思った。


 5分程度でチェーン店の大型ドラッグストアの駐車場に到着した。

 ドラッグストアは外の看板のライトこそついていなかったけど、駐車場の街灯が煌々と点き、店内の照明も眩しいくらいに明るく輝いている。

 タカちゃんは、ドラッグストアの入口に軽トラを付け、停める。

 僕もその横に軽トラを停めた。


 「翔太、何か亜美さんに言付ことづかってるのか?」


 「いや、タカちゃんと一緒に買い出し行ってくれとだけ」


 「そっか。俺は今日一日物資調達班ってことで、色んな所に『買い出し』に回ってたからな。俺の真似してくれりゃいいぜ」


 タカちゃんがそう言ってドラッグストアの中に入っていく。

 ドラッグストアの分厚いガラス扉は、誰かが割ったのか沢山のガラス片となって床に散らばり、大きな石が傍らに転がっている。


 「翔太、ガラス避けといたけど転ぶなよ。まだ細かいガラス片が散らばってるだろうからな」


 先に入ったタカちゃんが、足で床のガラス片を端によけながらそう言う。

 僕もタカちゃんに続いて店内に入る。

 

 「店内が明るいとかえって人来ねえな。誰かいるのかと思ったが」


 タカちゃんは、大きいカートをカートプールから引き出し、2つを僕に渡し、自分も2つ押して店内の目的地に行く。


 「何を『買う』の?」


 「そりゃオグや翔太が頑張って連れて来た赤ん坊たちのモノに決まってるだろ」


 そう言ってタカちゃんは、奥のベビー用品コーナーに行き、まずは棚に置いてある粉ミルクを片っ端からカートに詰め込み始めた。


 「翔太もそこらの哺乳瓶ほにゅうびんとか、ベビーパウダーとか、とにかく乗っけてくれ。乗っけてから数を数える」


 タカちゃんがそう言いながら物凄い速さでカートに商品を入れていく。

 僕もタカちゃんにならってカートに商品を入れる。


 その時、僕たち以外の足音が店内でひびいた。

 僕たちが入ってきたので警戒し、身を潜めていたんだろう。

 僕らの足音が奥の方で止まったので、逃げるチャンスだと思ったのか。

 足音のする入口の方に目を向けると、小さい人影が緑の買い物カゴを持って入口に走って逃げようとするのが見えた。


 「おい!」


 タカちゃんが大声で叫ぶ。

 センターバックCBのタカちゃんの大声は、試合の時のコーチングの声が相手ゴール前でも聞き取れるくらいに大きい。

 BGMがかかっておらず静かな店内に、タカちゃんの大声はひびき渡った。

 タカちゃんの大声に、その人影はビクッと足を止めた。


 「こんな時だ、モノ持ってくなとは言わねえ! でも、せめて世界が元に戻った時、自分に恥ずかしくねえようにしようぜ! レジん所の紙に名前と持ってったモノの個数、書いとけ! いいな!」

 

 小さな人影は、おずおずとレジに近寄り何か書き出し、書き終わるとまた逃げるように走って外に出て行った。


 「タカちゃん、知ってる子?」


 「いや、全然知らねえ。でも、残った子供全員が中学や小学校に集まったって訳じゃねえからな。自分ちで腹減らして、何か食うモン漁りに来る奴だって、けっこういるぜ」

 

 タカちゃんはまた商品をカートに積みながらそう言う。


 「特に東部はそんな奴多いな。南部はけっこう小学生も協力してほとんどの奴を一旦小学校に集めたみてーだけどな。東部はとりあえず保育園児やら赤ん坊やら、保護必要な子は保護したみてーだけど、小学生や中学生で好きに動いてるやつ、けっこういるな」


 「略奪りゃくだつ、みたいなことしてるの?」


 「そこまでヒャッハー状態にはなってねえよ。まだ。モノ持ってく奴らもちょこっと万引きってところだ。でも日数経てばどうなるかわかんねーな。

 俺達はそうならないように谷中のゆうちゃんや亜美さんが、持ってきた物を紙に書いてわかるようにしとけって言ってんだよ。シャカイセーを保つ努力しとかないと歯止め効かなくなるんだってよ。

 さて翔太、このカートとこのカート、軽トラまで運んで行って中身積んできてくれ。略奪りゃくだつ野郎が来ても、さすがにベビー用品は持ってかねーだろうから安心しな」


 僕はタカちゃんにそう言われ、カートに積んだ荷物を軽トラまで運んだ。




 



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