第26話 塩川医院着




 僕らは、5時半過ぎに塩川医院に到着した。


 オグちゃんの運転するマイクロバスと、しゅーへーちゃんの運転する8人乗りミニバン、そして僕の運転するRV車だ。

 マイクロバスには保育園以上の子が乗っていて、8人乗りミニバンには乳幼児4人とその世話をする中学生2人、僕のRV車には岩沼有希ちゃんと、お世話係で僕の同級生の大川君に乗って来てもらった。


 ベビーベッドなどの荷物はマイクロバスに積んでいたので、僕らはそれらを降ろして塩川医院に運び入れようとしていたところ、塩川医院の診療所入口から女の子が3人出て来た。

 妹のめぐと、友達のあやちゃんと、初めて見る子だ。


 「おにいちゃん、オグちゃん、ベッドは診療所の待合室に入れて! けっこう赤ん坊だけでも大勢だから。早くしないと旅疲れした赤ん坊が落ち着けないよ」


 僕とオグちゃんは、めぐに急かされながらベビーベッドをマイクロバスから運びだす。

 あやちゃんと、初めて見る子は、乳児たちのところに行く。

 8人乗りミニバンに乗って来た乳児たちがむずがり出したのを、その子とあやちゃんは次々にあやしていく。


 「みんな、お腹、すいてる、みたい。めぐ、ミルク、用意して」


 「わかった、プリちゃん。ねえ、ミルクとか哺乳瓶はどこ?」


 めぐは北部から来た子にそう言って尋ねると、ベビー用品の入ったバッグを幾つも抱えて塩川医院の中に走っていく。

 入る前に立ち止まって、


 「お兄ちゃん、オグちゃん、ぼーっとしてないで早く中にベッド運んで! 後ろの人たちつっかえてるじゃない!」


 振り向きざまに僕たちを一喝いっかつしためぐは塩川医院の中に入った。


 僕らの後ろで待っていたしゅーへーちゃんも、やれやれ、みたいな表情とジェスチャーをしていた。



 


 僕らが塩川医院の待合室にベビーベッドを運び入れると、あやちゃんとプリちゃんと呼ばれた子と、北部の小学校高学年の女の子たちが乳児を連れて来てベビーベッドに寝かせた。一人一人の名前を確認して、ベッドに寝かせていく。

 何だか凄く手慣れてる感じだ。

 岩沼有希ちゃんも、僕たちが運んで来たベビーベッドに寝かされる。

 激しく泣かれていた時と、こうしてすやすや眠っている時とでは、全く違う。

 天使のような寝顔だ。 


 塩川医院の中は、20人以上の乳児たちが診察室の一部と待合室に並べられたベビーベッドに寝かされている。

 そこでお世話をしている子たちも15,6人はいた。


 そのなかに亜美さんもいたが、亜美さんは小学校高学年の子にあやし方を教えられて、恐る恐るといった感じで何となくぎこちない。


 やがて、めぐがミルクの入った哺乳瓶ほにゅうびんを20本くらいプラスチックのコンテナトレーに乗せて運んで来た。


 「お兄ちゃん、お世話してるみんなに哺乳瓶ほにゅうびん渡したげて!」


 めぐにアゴで使われ、僕は女の子たちに人肌に温められたミルクの入った哺乳瓶ほにゅうびんを渡して回る。

 みんな「ありがとう」と言ってくれるので、なんだか照れる。

 亜美さんも「ちびっ子、良く戻ったわね、ご苦労さま」と言って哺乳瓶ほにゅうびんを受け取った。


 「めぐ、よくこんなに乳児のお世話してくれる子たちに集まってもえらえたね」

 

 僕がめぐにそうたずねると、めぐは「あやちゃんとプリちゃんのおかげだよ」と何となく胸を張って言う。


 「プリちゃんって? 東部の飲み屋街っていってたけど、その子?」


 「そうだよ。プリちゃんは志田プリシャって名前。お母さんがタイ人で、こっちの人と結婚したのよ。まあ色々事情はあって、小さい子の面倒はずっと見てたから慣れてるみたい。プリちゃんの知り合いの子たちにも来てもらったから、本当に助かったって亜美さんも言ってた。プリちゃんのこと思い出してくれたあやちゃんに、後で感謝しといてね」


 僕がめぐからそうした話を聞いていると、亜美さんがこちらに来た。


 「ちびっ子、たわしは?」


 「またマイクロバスに戻って、荷物降ろしてると思いますけど」


 「ちょっと案内して。恵美ちゃん、ちびっ子借りるね」


 「いいですよ。お兄ちゃん、亜美さんの邪魔にならないようにしてよ」


 余計な一言を言って、めぐは飲み終わった哺乳瓶ほにゅうびんを回収しに離れた。

 

 


 

 

 僕と亜美さんがマイクロバスの所まで行くと、北部から持ってきたベビー用品の残りなどはあらかた降ろし終えたところだった。


 「たわし、中の乳児と兄妹の子っている?」


 「えーっと、二人保育園児で年上って子がいたかな」


 「その子たち、ちょっとこっちにおいで」


 亜美さんが手招きすると、保育園児二人がおずおずと亜美さんの側まで近寄る。


 「大変だったと思うけど、二人とも、よく頑張ったわね」


 そう言って亜美さんはかがんで二人に目線を合わせて、二人の頭をでる。


 「……しばらく、皆でこっちで生活しないといけなくなったの。それでね、二人はこれからどこで過ごしたいのか聞こうと思ってね。赤ん坊は誰かお世話する人が必要だから、みんなここでしばらく過ごすんだけど、ちょっと大きくなって自分のことできる子たちも一緒だと、ここも狭いんだ。だからできたら君たちは中学校で、他の保育園の子と一緒に過ごしてもらいたいの。でも、きょうだいとどうしても離れたくないんだったら、ここにいてくれてもいい。ただ、いろいろとお兄さんお姉さんのお手伝い、してもらうようになるけど……

 どっちがいい?」


 そう頭をでながら二人に優しくたずねる。


 「まきとはなれたくない……」「ぼくもたっくんとはなれるのいやだ……」


 「そう……わかったわ。なら、ここで弟、妹と一緒に過ごしましょう。でも、二人ともお兄さんなんだから、弟、妹たちに笑われないように、しっかりしなきゃだめよ。いい? 約束」


 そう言って亜美さんは小さい二人と指切りをした。


 「年上の子で、ここで赤ん坊のお世話したいって子はいるかな?」


 そう亜美さんがたずねると、中学生の女の子2人と、小学校高学年の女の子2人が手を挙げた。


 「うん、じゃあ4人、この子たちを連れて中へ入って。池田恵美ちゃんか上野綾ちゃんか、志田プリシャちゃんにどうしたらいいか聞いて指示に従って。すぐ何かしろとは言われないと思うけどね、とりあえず何か食べて一休みして」


 亜美さんがそう伝えると、中学生の子らも保育園児の子の手を引いて塩川医院の中に入った。


 「それで、残った子たちは三郷中学の空き教室に布団とか集めてあるから、そこで休むようになるわ。ご飯も三郷中学に用意されてる。じゃあたわし、タダシと私も一度三郷中学に行くから乗っけてって。あと、水谷秀平って子は誰?」

 

 「僕だけど」しゅーへーちゃんがそう言って返事をする。


 「アンタ、谷中ちゃん心配してたんだからね。谷中ちゃん一人に色々やらせて何処どこほっつき歩いてたのよ。生徒会の副会長ならしゃんとしなさいよ」


 「だって会長の竹本もいるじゃないか」


 「アンタ、あのボンがそんな使える子だと思ってるの?」


 「いやまさか。でも人間、突然緊急事態で覚醒かくせいしたりすることあるかもでしょ」


 「……ないとは言わないけど、それって相当レアケースじゃない? 普段の積み重ねしかイザって時には出ないわよ」


 「うん、違いない。オグみたいにね」


 しゅーへーちゃんにそう言われて、オグちゃんはまた変な照れた表情になる。


 「たわしはたわしなりにいい材質のもの使ってたってことよね。まあいいわ、水谷秀平くん、あんたも三郷中学に来てもらうわよ。これから今後のことについて話をするみたいだから。谷中ちゃん一人にしょわせたらダメだからね。

 ちびっ子、アンタはタダシ呼んで来たらしばらくここで待ってなさい。T・Tって奴が来るから、一緒に買い出し行ってきて」


 「買い出しって、お金はどうするの?」


 「あ・と・ば・ら・い……よ! ただし、物品の単価と個数は必ず確認して持ち出したって紙に書いて置いてくるのよ、忘れないでね」

 





 

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